旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

殺し屋のジャンカー

はるに、思いがけずであったひとは
殺し屋を昔 職業としていた
だけど大きなめで
ものすごく狂った心をもっていて
それを信じられないほどに紳士的な様子で
とじこめていた
わたしはそれにひかれて
たった数日を
ずっといっしょにいた

ひとをころしても
親をきずつけても
さけをのんでも
あばれても
テレビを2度こわしたって
なんとも思わないそいつが
うらやましくもあったけど
そこが同じ部分なきもした

数年前
好きな人にふられてから
ドラッグにはまった
だけど手紙は
今も大事に
金庫の中
そんなことは
誰にも言っていない

きれいなこころが
とじこめられたへやのなかで
あばれまわっている

まわりのにんげんは
苦笑いをしながら
酒を飲ませてやっていた
酒をのんでも運転はした

傷がついたこころは
鏡で反射した光のように
もしくは
羽が折れても飛び続ける
血だらけのハトみたいなふうに
とんでいこうとしていた
誰も気づいていないのか
気づかないふりをしているだけなのか

朝になったら
なにもなかったように
なんでもわかっている紳士になっていた
その変わりぶりがふしぎで
まわりのにんげんは
相変わらずおそれつつも
苦笑いをして
おさけをだしはじめた

だれもが
はれものにさわるように
苦笑いをして
そばにいた
そいつすらも
じぶんを
はれものにさわるよう
あつかった

ゆめ

ほんと寝た
あんなに眠ったのひさしぶりだ
全部忘れて眠った
起きたあとも夢のようだった。

安心のまほうが
ねむりぐすり。

起きたら、現実に戻って
ホームステイ先(シュリングマン夫妻)
猫飼ってるって◎
めちゃ嬉しい。
さわるものがないと寂しいもんね
さらに奥さん(美人)は日本語勉強してるってさ
家は大学の構内だって
不思議なぐらいいい環境だ。

まるでゆめのよう

忘れてきている日本語をもっと忘れて戻ってこないとね

りゅうのこども

りゅうのこども

彼に会ったのは、そう昔でない、春のことだった。彼はいつもどおりごみをあさり、黒い体を光らせ、生き抜いていた。
鳥を捕まえようとして、すべって転んでいるのを見た。しかし彼はすべった体をくねらせ着地した。

同時に、りゅうのこどもを捕まえてしまった。私はそれを鳥かごに入れて、飼っていた。それは、彼と同じように黒い体で、ごつごつとした皮膚に覆われ、長い髭を蓄えて一声吠えた。それは、この東京の街すべてが凍りついてしまうような泣き声だった。夜景に、響く声は、なぜか頼もしくもあり、私はりゅうを一晩中眺めていた。小さいけれど、きちんと成人の形をしていた。

りゅうのこどもを飼い始めて、そう経ってない頃に、私は1度だけ彼と町を歩いた。彼はそのようなことに慣れておらず、とても緊張していたので、それきり、私は彼と街を歩くのはやめたのだった。ゴミ捨て場に会いに行くことにした。
「どうして塀の上しか歩かないの?」
「だって、楽だし、君みたいに道を歩くと、きっと車に轢かれてしまうんだもの」
私は黙って歩いていた。彼はトンボを見つけ目で追っていた。
「君はいいね。人間は家もあって、暑いと服も脱げるじゃないか」
私は黙っていた。「猫だって毛皮を脱げばいいじゃない。きっと難しいことじゃないよ」
彼は黙って塀の上をすたすたと歩いていた。しっぽをあげて、とても誇らしげに。夏が近づいた太陽の日差しは暑く、私の目を射抜いていた。
「猫、って言わないで」
彼は、気を悪くしたようだった。
「ごめんね」
それきり、私と彼は町を歩くのをやめた。私たちの違いを強く感じる街の景色は、お互いによくなかった。私は猫になりたくて、彼は人間になりたかった。でも、お互いの夢が見事にかなってしまったら、また一緒になれないんだろうと彼はつぶやいていた。
のどが渇いて私は近くの喫茶店に入りたいと言ったけれど、彼は首をふった。彼にぴったりの店は見つからなかったので、私は自動販売機でポカリスエットを買って、ベンチに座った。この街で、人間らしいものは何一つ私たちを癒してはくれなかった。酷い差別が私にしかサービスをしてくれない。代わりにしかし、機械が私たちを迎えてくれた。自動販売機はお金こそ入れれば動いたのだ。タクシーも乗れず、映画館にもいけない。外に開けた公園の中で、私たちは暑い日差しの中、2人でベンチに腰掛けていた。公園の砂場で、子供が遊んでいた。
そういえば今日は大学の講義の日だった。私はポカリスエットの缶をおでこに当てながら暑さをしのいだ。すべての光景がなぜか幻想的だった中、缶の味だけが濃かった。
公園で遊んでいる子供も、いつか老人になり、灰となる。この公園やベンチだって30年後には酸性雨のせいで、目もあてられないほどにぼろぼろになっているはずだ。そんなことをなぜか頭の中で誰かが言った。私は彼の頭をなでた。そんな猫と人間みたいなことするなよ、と彼はつぶやいたけどそうせずにはいられなかったのだ。「いいじゃん、撫でさせて」彼の毛並みを私はやわらかい気持ちでうっとりと撫でた。そのとき日差しはやさしく私たちを照らしているようだった。

りゅうのこどもには、今日の出来事を何も話さずに、水だけを与えて寝る。大体、りゅうがなにを食べるのかはよく分からないのだ。ある人によると、熱を食べるという。ある人によると、人の素敵な思い出を糧にしているという。ある人は、そんなもの危ないから山に手放してほしい、と私に頼み込んだ。私は誰の話も聞く気にはなれず、ただ布団をかぶって寝た。鳥かごの中で、りゅうのことどもは丸くなり、眠り続けているようだった。あの吠え声を聞きたかったが、今日は元気がなさそうだった。

ゴミ捨て場に行くとやはり彼がいた。「こんな生活してたら、いつまでたっても人間になんかなれないじゃない?」彼曰く、人間が残したもの、触れたものを食べることでエネルギーを得て、人間に近づいて行くんだという。「そんなバカなことあるわけないじゃん。生まれたときから猫なんだから」そう言って自分も悲しくなった。私は人間だから猫よりずっと頭がいい。猫になんかなれないことは分かっている。最近、性転換手術が流行っている。女は男になれるけど、猫にはなれないのだ。そもそも、私はどうして猫になりたいのだろうか?

彼は、「今日はいいところに連れてってあげる」と、やわらかい体を翻して走っていった。「何?」私もあわてて息を切らして追いかける。
「捕まえてほしいんだ!」彼は言った。私は息を呑む。私が飼っているりゅうのこどもと似た生き物が、たくさん捨てられていた。段ボールに入って。たぶん10ぴきはいたとおもう。「こんなに飼えるわけないじゃん!うちにもういるのに!」私は、走ってゴミ捨て場に戻った。ゴミ捨て場には、かわいいチューリップの形をしたランプが、まだ使えそうなのに捨ててあった。私はそれを拾うと、家に持って帰った。

もしかしたら、水以外にも色々とあげないといけないのかもしれない。鳥かごの中のりゅうのこどもは灰色になってしまっていた。私は少し焦っていた。飼える!と言い張ったからには、買いこなさなければいけない。私は、「何が欲しいの?」と聞いてみた。しかしやはりりゅうのこどもとは話ができないようだ。とりかごから出して、手に乗せる。すると同時に起き上がった。竜の形がみるみると変わっていった。細長い体におまけのようについていた足が伸び、馬のような形になった。それは、麒麟と呼ばれるような生き物にそっくりに見えたけれど、私は息を呑んだ。

つづく

りゅうのこどもは
ただのみにくいあいのおまけで
それでしかない

ただ 見た目には 大きくふるえ、うなる

元彼氏の元彼女

「わたしはうまれたときからじぶんの女性性に興味がなく
自信もなかった」

だけどあなたはかわいく笑って、誰よりも魅力的に、

うつむいていた

あなたが自分を殺していなかったら
わたしはいつか あなたの親友になりたかった

もう一人 ほんの中のほんものの女の子
かわいいのに じぶんんがきらいで 
周りの人を愛しているのに
じぶんの嫌悪から
やっぱり死んでいった

彼女たちの気持ちがわかるのに
わたしのあたまをぐるぐるまわってしめつけてる
性への劣等感

胸がなくて少年みたい

なことではなく、私がいっつも肩がこっていたり
目が腫れていたり、財布を出すときに緊張したり、
久しぶりの人にはあまり会いたくなかったり、
じぶんの着てる服がきらいで

そんなことを
にくみつづけ

うつむく

ようなことだろう

出発


最近自分のことしか考えられない

ていうか留学まであと1週間ねぇじゃんか
ほんとに行くのか?自分
生きてるのか自分?

まじダメすぎ。

でも誕生日祝いにいろんな方からメールがきて
こんなじぶんでも他人に記憶されてるんだと思って
ちょっと嬉しい今日。

あー考えるのがメンドイ
今日はPARCのシンポジウムでもあった
ODAに関する提言だって
台風でいかなかった

周りのひとたちがみんな出て行った
自信をもって出て行った
きまったんだって
33歳のすてきなデザイナーさんも
同い年の帰国子女の在日韓国人も要領よく
ひとつ上のおっとりした子はもうアメリカでうまくやってる
天然の大学生も留学やめて就職したって

自分だけ何も決まってないからといって焦ってはいけないけれど
それに決めたからってそれが人生じゃないんだけど
もっとまじめに生きないといけない
現実味をもたないと
と思った

いちおう19歳になったということにあたり
まじめに生きよう
と決意しました。

ひとの役に立ちたい。

短期留学でダメな自分を変えたいと思ってる。
視野が狭すぎることとか
だらけ癖とか
叩かれたいこととか
人とうまく関わらないこととか
英語をちゃんと上達させて
自信もつけて
絶対に大学に行ってもうまくやれるんだ、
という気持ちにならないと
4年間も日本を離れる勇気をつけないと
親がそのお金を、苦しみ抜いて出してくれる
日本にいれば、私が働けば、必要のないお金を。

今回の短期留学には
トラベルアシスタンスサービスも含めて
物凄い数の人間が関わっている
私はひとりで行くわけではないのだ。
というかお金なんてほとんど親もちじゃん。
私の出す金なんて、すずめの涙にもならないんだから。

だから絶対、なめてかかっちゃいけない
おとうさんとおかあさん、お金だしてくれてありがとう
(とてもいえないけど)
いそやさん、無償で大学に近いホテルや航空券を頑張ってみつけてくれてありがとう
(とっても助かります)
ひがしでさん、無償で航空券とるの了解してくれてありがとう
(相変わらず目がきらきらしてすてきですね)
ともこさん、いろいろ情報や電話、手続き、心配ありがとう
(早くあいたいです)
シュリング夫妻、安く受け入れてくれてありがとう
(会うの緊張してます)
チベット難民キャンプのファミリー、アメリカ行き喜んでくれてありがとう
(また絶対会いに行きます)
彼、短期留学を経験からオススメしてくれてありがとう
(おかげで決意できたよ)
留学前だからといって会ってくれた友達、
みんな私を忘れずにいてくれてほんとにありがと

加油。ですね。

3年

あなたはわたしを
わたしよりも知っている

あなたはわたしに
とてもやさしい

あなたはわたしを
たいせつにだく

あなたにあって
3年がたつ

あのときわたしは どんぞことたのしさの境界にいて
がっこうにいかなくなって
がっこうをやめて
えいががすきで
おんがくもすきだった

あなたはそのとき いつも正しいことをいった

あなたにあってから
3年間が流れて

えいがはすきで
おんがくもすきだけど
がっこうにいきたくなって
ほかのくににいったりばしょにいったりすることが
何よりもすきになってしまった
かんがえもかわった
昔より なやまなくなってしまった

だけどあなたは いまも正しいことをいう

あなたが正しいことをいわなくなって
いつかわたしがわたしをじぶんでみつけられたら
いままであなたがわたしにしてきたように
あなたをだいて
ごはんをつくって
からだをあらって
世話してあげたい
毎日ネクタイをしめてあげる
ネクタイをする仕事なんてあなたらしくないから
してほしくないけど

わたしをはかれるにんげんは
今のところは あなたしかいない
そう思っていると信じている

いつかちがう日がくることを
ちがうとそうねがっている
ねがっている

誕生日

19になった
でもチベット暦だとすでにはたち。ねんれいなんて、そんなもん

特大の台風が特別にいわってくれています

ベティは足を折った野生の暴れ馬のようだ

爆発しそうなひとがすき
そういうひとってほんとうにやさしいんだから

ベティブルーのベティになって
体温を測って
こどもをなくして
頭を狂わせて自由にしにたい

たまにはスーパーの前の車でお尻をあたためて 
それがとても非日常的に見える光景のようにして

私の本能はわがままなんだろうね
ひとつでも思い通りにならないと
今度は自分の感情が思い通りにならない
殺してしまうかも

からだのおくにすべてを隠して
じょうねつを秘めて
そしてぺこりとおじぎをする
その わきのしたには かくしたよろこび

だけどしまいには鳥かごの中で足を折った暴れ馬のように
駆け出して目をえぐってかなしみに暮れながら
死にたい
うらみながら
鳥かごの外を
にくみながら
入院をして
すべてを放り出して世話をしてもらいたい

不思議な手続き


明日アメリカ大使館にやっとこさビザ取りに行く

こんなに遅くて平気なのか?いや、大丈夫じゃないみたい
渡航までに間に合うのか謎だ
なんでこんなことになってるのかよく考えると
私がだらけすぎなのと、準備が遅すぎた、ての2つかな
どっちも予防策はあったっぽいのに
まぁなんとかなるでしょお、と思ってるところが
未開発国の人間的なわたし(差別用語じゃーないよ
industrializationされた国は嫌だぁぁぁ。
病気を祈りながら治す、温故知新の社会に居たい)

しかしアメリカのビザ手続きはめっちゃ複雑すぎ!
何種類も書類を書きまくらなければならなく、財政証明とかも必要だしさ
まったくもって謎っす
っていうか紙なのに、ただの。私はここにいるのに(笑)
でも、一番大切なのは、書類なのです。どの世界でも。
履歴書が人間性のすべてを語り
テストが人のレベルを決める
戸籍が大事
写真の入った冊子が外国では命の次に大事

でも書類しか見ない世だから
私はヨルダンで取材許可申請書を偽造して
ジャーナリストとしていられた

古い考えがいまだメジャーで
私はやっぱり夢の中には生きていなかったとおもう

イラクのビザを見てなんか言われそうだなぁ・・・
入国してないってのに

政府に反抗するという理由でオーバーステイしてるカナダ人や
ネパールのチベット人の難民パスポートを思い出す

紙とはんこと人間。
でも紙がないと人間は動くことができないんだね。
政府のつごうとか、へんな人を入れたくないとか、そういうことだろうけれども

そしてうまくいえないんだけれども

いっつもこの作業は変だと感じている。
わたしも、チベット人も、ここにいるのに。

バングラデシュのビザって、絶対に滞在するホテルを住所と電話番号まで書かないと申請できないんだけど、
大使館の奥のビザ申請書かく机の横に、とあるホテルのパンフがあった。
それをふつうに書いて出した。もちろん泊まらないけど。
そのパンフはぼろぼろだった。
みんなそうしてるっぽかった。

にんげんとしていきる


ネイティブアメリカンの本を読んだあと、
今井紀明くんからのメールを読んだ。
なぜか妙に繋がった。

今井くんとはタメなんだよね。
タメとは思えないほどにしっかりしてる、
ていうか自分を知ってる、それとも自分を知ろうとしているのか。
あまりに常に若さを武器にして進もうとしているかんじをうけてあせってしまった

でも、フェリス時代の友達が今どうなってるのか
自分は人とあまりに違いすぎるんじゃないのか?
だらだらしすぎじゃないか?
っていうか何もしてねぇじゃん
動いてないと不安になる

そんなことは考えすぎないよに
ちゃんと生きよう
自分の体がおももくままへ

私には あいするものがたくさんある

ネイティブアメリカンの言葉で好きなものがある
「生きるときに、よく生きろ」
今井くんのテーマは「人間の表現」だって

人間愛を大事にして生きたい
言葉にするとバカみたいだけど
私はなんだかんだいって
生きることと、生きている人が大好きだ。
ほんとうに好きだ



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