旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

夏の残像 THE BACK HORN

こんないい恋ぜんぜんしてなさすぎる…。

テレビで私は人生を揺るがす大恋愛してたイメージのある皆さんゴメンなさいというぐらいの勢いで。


傷つくことも虚しさもそのせいで涙するとしても、「自分の気持ちと誰かに真剣に向き合うこと」の結果なのだなと気づいた今。(もちろんインドへ行ったアノ時は120%そんな感じでしたけど完全に忘れるよね大人になって色々残念なことが起きるとさ)


今まで傷ついて人生に支障が出るのが嫌すぎて恋愛とか金輪際したくなかったけども、(私的には仕事が常に優先)


切なさとか張り裂けそうとか、

そういう苦しさが

「自分の真実の心で誰かを想うこと」

羨ましく感じてきたかもしれない。


ほんとうの気持ちとか

ほんとうの考えとか

この世界の本当の現実って

科学論文の世界でもめちゃくちゃ難しくて、

科学者も「自分が見たい結果」を論文に反映してることはとっても多いというのが最近痛感してること。


ほんとうのこと

ほんとうのことだけをいうこと

自分のほんとうだけを生きること


難しすぎるし嘘ばっかついていつからか
嘘なのかほんとなのかよくわかんなくなるって
ほんとうによくあるけども 

サイエンティストとしても、

お医者さんとしても、

占い師としても、
真実を話すというのは 

っていうか人間として一番大事すね。

勉強の合間に

勉強がはかどらない理由:

これがどうこれから先と繋がってるかわからない。


でも今自分がここにこうやっているのは、去年私が頑張ってここに居座ったからだし、
今もここからどこかへと繋がっているはずなのですけど、それがたまに信じ難い気がしてくるというか、
やっぱり目の前に人がいる現場の方が飽きやすい私にはいいのかもしれない・・・。


これから先どう繋がりたいかを考えることは、
仕事の為にも、起業するにしても、博士課程行くとかでも一番大事なので
勉強の代わりに考えるw

合気道の達人の技を見て感動した!文化が生み出した素晴らしい宝物はこれからも伝わっていってほしい。私のカラリパヤットゥの師匠は、経営が厳しくなって道場を閉じて、
「これから20年後には、カラリパヤットゥなんてなくなるぞ」と言ってたけど、
合気道がアメリカでも学べるように、誰かが努力していかないといけないんだなって当たり前の事だけど最近深くそう思った。

私が守りたい伝統は沢山ある。

まずはアガスティアナーディ。アガスティアナーディは数千年続いている伝統でこれから先もたくさんの人を救うと思うし、私も私の周りもみんなナーディに、人生を救われている。
だけど、現実は、ナーディリーダー自身が「9割がた偽物だよ」というほどにすたれていて、
さらにいえば、私が見た時は、彼らの健康状態はとても悪かったし、今でも悪い。それに貧しい。
これからもこのナーディは、時代がどんなに変わっても、普遍的に人々を救っていくだろう。
どうやってこの人たちを守っていけるのだろうかということを、 インドの国の人間じゃない人が考えていかないといけないということは、今の大学院での国際医療システム比較の授業で痛感してる。先進国の感覚じゃないと見えないシステムの問題点っていっぱいあるって気付かされたからだ。

 カラリパヤットゥのような、古武術。私はカラリについては素人すぎますが、でもカラリの師匠のような心、そして、やっぱり今私が行ってる合気道とかもみんな満身創痍なので、カラリのように、医術と隣り合わせになっている武術ってめちゃくちゃ大事というか、医術と武術って離しちゃ危険じゃんと思う。人の体を助けることもできる武術。そして、その心は、受け継がれていってほしいと思う。個人的にだけど。

もちろん私のシッダ医学なんて、もう滅びた古代文明の遺産レベルなわけで・・・
未だに頑張って生き延びてはいるけど、これから先の見通しはかなり怪しいなと思ったし
だからこそ私はアメリカでちゃんとしたリサーチ方法を学んで、しっかりと医学の良さをこれから先に伝わるカタチで残していきたいと思ってるからこそ今年は臨床研究とかの授業とってるわけで。
シッダが広まる必要性は全くないと私は思ってるけど、
マルマを使った視力回復エクササイズとか、お金かからないで世界的問題の近視救えるかもしれないし
そういう意味で、今の時代の問題にとって、有用性があると思っている。
もちろん、シッダの科学もめちゃくちゃ使えるし。

私が思ってきたのは、
これからは今までどおりのやり方じゃダメなんだろうなということと、
(それはインドの伝統の守り方が新しくないとダメという意味と、
私の生き方というか、やり方も、インドでのやり方ではなくアメリカを取り入れたやり方じゃないと生きてけないという意味も両方)

伝統はその国にとどまらなくても、他の場所で生きていけばいいんだ!ってーこと。
仏陀の教えがインドでは広まらなかったように、
遺伝子みるとみんな人間は雑種なように、
グローバライゼーションの時代だし、
どこかでその命が生きていればいいというか。そんなイメージが私にはある。

そのためには、
私には今までのやり方ではなくて、いろんな人の助けや意見が必要になってくる気がしてる。

そして何よりも私自身が、守ってきたいものの良さをわかっていないといけないんだなと。
でもいつも私は、みんなに気付かされているのでこれはなかなか課題だなと思う。


うわめっちゃ独り言日記じゃんね。
まあこのブログって元々日記なんですけどね・・・。

えーっと次はみなさんにとって有用な話をしたいです。


とりあえず、

伝統が生き生きと生きていけるような形ってどんな形なのか。
ナーディの伝統を新しく守っていくってどういうことなのか。
それと公衆衛生とかが結びつくって一体全体どういうことなのだろうか・・・・・・・・・

もう卒業間近になってるけど今更熟考してみます。 

やりたいこととやれること

これからやりたいこと:

・演劇テクニックを使ったスピーチ技術の講習参加(1日3時間!!)
・合気道💞 ⬅️ Aiki-aikido & Koki-aikido両方あるけど私は医者のマスターの方がツボなので続けたい。
・起業セミナー、起業カウンセリングになるべく100%参加
・授業プロジェクトと修士論文・・・
・就活????????? 婚活の前に就活でしょうな

つまり授業とか修士論文は、やることの一部的な感じ。

最初の1年目は、インドからのPTSDに苦しみすぎて、ほとんど動けなかったのが
本当に悔やまれすぎるぐらい、ブラウンにはいろんな環境があります。
起業については2世紀の歴史がある訳で、
カウンセリングも基金も弁護士も相談できます(無料)

演劇テクニック使ったスピーチ技術も無料。
とりあえずなんでもそういう系は無料。(か安い)

先週は3日間もランチセミナーに行ったため、無料で超美味しいご飯食べてきました←こっちが目的かな。昨日の起業セミナーとか、セコイ私はどうせ余るサンドイッチ箱を先に2箱抑えて家に持って帰りましたw←こんなことを堂々と発表。

こじんまりと小さいくせに、探せばなんでもあるブラウン。。。
マジで一年間インドのトラウマに苦しみすぎたことが悔やまれすぎます(涙)
あとちょっとしか居られないのに〜〜〜〜〜〜〜〜〜

私の出願書類のパーソナルステートメントの内容と、当時自分が願ってたことを書いてみます。
これは、出願時の私の「夢のまた夢」でした。
まさかそれができるとは思っていませんでした。
1年前には、「夢高く持ちすぎかな?」とまで思ってました。

でも今は、それがどんどん叶っていってる・・・焦ります。

・インドには研究方法が甘っちょろいっていうか嘘ばっかのため、ちゃんとしたリサーチ方法を学びたい(そしてインドに持って帰る)
▶️授業はほぼ研究法と修士論文もあるしリサーチ方法は十分学べる。
しかも授業プロジェクトでインド政府に提出できるようなメモ作成もできる。

・統合医療、代替医療のエビデンスを作るガイドライン作成をしたい
▶️これは私の「運」でしたが、
今は生活を治療にするためのエビデンスガイドライン作りのリサーチグループでインターンさせてもらってます。ほぼ私は役に立ってない、「入れてもらっている」「させてもらっている」程度ですが・・・
しかも超あこがれたイエールのカッツ博士と・・・😨

▶️最近、教授に、代替医療の臨床・パブリックヘルス研究のための国際ガイドラインをWHOとかで作ってみたらどうかと言われました。確かに・・・!!!
臨床実験の授業も役立っています。

・ネットワークが欲しい
これは、なかなか叶ってない気がしますが、カッツ博士のインターンや、その他のイベント参加などで地道に作るものですね。
コラボレーションリサーチをしたいというのが夢でした。できるかな?
一応今もアメリカのシッダ団体とコラボり中です。

・代替医療などを使った、糖尿病とアルツハイマーの治療法見つけたい。
ちょっとニュアンスはこんな風じゃなかったんですが、でも一応なぜかまぐれなのかなんなのか、
糖尿とアルツハイマーの修士論文に当たりましたです。



そして、自分的に大事な、
・リア充生活をする。
インドで失われた美しい20代を取り戻すために、少しでも自分が「楽しい」と感じられることをするためにもアメリカのキャンパスライフが適正だと思っていました。

▶️インドで寿命が縮みすぎ、20代失われすぎ、トラウマに苦しみすぎて1年はきつかったけど、1年経った今やっと、修士の後半になってやっとこさ、興味を持つものにはどんどんトライするということができるようになってきました。
そうなってくるとブラウンは最高に良い環境なんだなと思えるし。普通に生活ができた皆さんがほんっと羨ましい・・・・・・・・・・・・・・・



そして、一番のキャリアゴールである、

・世界中の誰でもが統合医療を受けられるようにしたい

というような夢見がちすぎることをほざいてましたが、これも普通に全然不可能ではない。
ブラウンの環境があれば無理じゃないかもしれない。

そんな感じで、本当に去年には夢としか思わなかった、
できるとは自分でも思ってなかった、
夢見すぎだろ、目標高すぎだろと思っていたことがどんどん現実に可能になってきています。

本当に成長するって楽しいなあ。
そしてちゃんと成長したいなあ。

今の私は去年のトラウマから苦しみまくっている時期が無駄に思えて仕方ありませんが、
いつかこの経験も「あってよかったぜ」と思えるようになりたいです。。。。




 

去年の今頃は、「やっていることが先に結びついている気がしないのでモチベーションを保ちづらい」と思っていました。
そんな自分に今の私は言ってあげたいです。
「まだまだではあるけど、どんどん夢は叶っていくから」と。 

やっていること



公衆衛生って何やるわけ?
私も思ってましたよここ来るまでというかここ来てからも。

今は、




シッダ知識を使った近視予防エクササイズの臨床実験のプロポーザル作成

デング熱のシッダ医学薬がどれだけデング熱患者を実際に減らしているかリサーチ



とかやってます。
授業のプロジェクトで。
でもこれ実際に提出したりとか実用することもできる感じです。
超実践型授業。無駄など一切なし。
そして今までの蓄積がしっかりと活かされる。


 私の力は人と発想が違うこと。
でも最近頭がこちこちだなと思うことも多い。

心と技術。
ハートと頭脳。
頭脳の比重が大きくなりすぎてて 
バランスが難しい気がして来てるけど
両方がないといいものは作れない
もっともっとぐにゃんぐにゃんになって
でも骨格はしっかりと。 

物語医療(ストーリーテリングメディシン)


物語には力がある。

私たちは、違いから苦しむ。
別離から苦しむ。
何かと離れていることに苦しむ。
孤独に苦しむ。
病気ー自然から引き離されることに苦しむ。


人間らしさ 
つながり
わたしとわたしのつながり
わたしとあなたとのつながり
わたしたちのつながり

それらを一つにまとめる力が
ストーリーテリングにはあった。

みんなで見つめ合って歌うこと
みんなでストーリーを共有すること
その瞬間を楽しむこと

それには上も下もダメな自分も何にも関係なくて
そっくりそのまま このまんま あるがままでいい
みんながみんな そのまんまでいいんじゃん!

そういう風に 
愛から
そして想像から
癒す力が
ストーリーテリングにはあった。

「想像とは、研究の最高形態で、知識よりも重要である。
なぜなら
想像力には世界を取り巻く力があるが、
知識には限界があるからだ。」

アインシュタインの言葉。

想像によって
物語によって
ものがたられることによって
私たちは時空を超える どこにだって行ける 
想像は希望なのだ!

ネイティブアメリカン最強💘
これを医療にどうやって使っていけばいいんだろう。使っていくんだろうなって思うけど。

 

追記。

彼女(https://web.uri.edu/writing-conference/valerie-tutson/)を見て、
外国人が違う文化を身につけてものにするのは可能だということを学んだ気がする。
わたしも全然違う世界にいる気がするけどシッダを目指して。 

ちょっとブラウン公衆衛生話。

今日ちょっと知ったのですが、

今年度のPhDには200人の応募者があり、
シートは4人だったようです。
そのうちの何人かはMPHにいけたのかもしれないですが、
博士課程はやっぱり超難関みたい。
どこもそんなんなんだろうな・・・。

まあ私はうちの学部の博士課程出願しても受からないと思うんで出願しないですけど。
 

にんげんが好き

レ・ミゼラブルのミュージカルを、
学生当日半額で観に行った。
(ちなみに徒歩で行けるんですよ劇場。ブラウン近辺はモールもあるし劇場もあるしなんでも徒歩で行けます)

なんか英語聞き取れなかったのに、
めちゃくちゃ泣いた。

小さい舞台の上で、いろんな生命が歌い、生きていた。
みんな生きてた。その人にしか歩めない人生を。

歌に込められた一つ一つの想い
舞台の上の人たちの、一人一人の悩み、葛藤、小さな喜び、そして理由。
凝縮された人生が舞台で生ききっていて、
それに泣いた(会場号泣+スタンディングオベーション)
  
私たちは、みんな、ひとりひとり、思いを抱えて、生きている。
その真実に触れられるから
私は芸術がすき
ミュージカルがすき
にんげんがすき 

個性は自然に生きてくる

ご無沙汰しすぎています。
何かブログな気分にならないんですよね最近。。。すみません。
日々の発見は、かなり専門的なものなのであんまり面白くないし・・・。

そんな今日あったこと。

私:「授業の医療システムデータ分析の提案なんですけど
私は日本をやりたいんですけど・・・」

教授: 「えーー」
(とは言ってないが最終的にはこんな感じ。日本は平均寿命が世界一なので、どっちかというと素晴らしい医療システムのお手本なんですよ!!!皆さん!日本の皆保険制度すげえっすよね!)

教授:「君は代替医療のことをやったほうがいいよー ほら、インドの代替医療のシステムは、他の国と違ってちゃんと医者として免許が貰える訳で、ちゃんとしてるってプレゼンで言ってたじゃん!」

私:「うーん でも 日本・・・・ まあ、確かに、インドは代替医療ではとても先駆的だし、世界のお手本になるべきシステムだと思ってます」

教授:「そうだよそうだよ。これは、政府に提出するメモを作るための分析だから、ほらインドすごいでしょ(またはダメでしょ)っていうことをみんなに見せられるわけだよ」
(それを出せるほどのデータが存在しているのかは謎だがその場合はそれを言えばいいし)

と、なぜか妙に代替医療を推してくる教授。
私は日本が良かったのに!!!!!!!!!なぜか代替医療の方向性へシフト。

臨床実験のクラスでは、
しっかりと診断のプロセスのガイドラインを作れば、
別に、ヴァータ・ピッタ・カパ別に治療を変えて実験もできると判明。
・・・「代替医療は個人個人に合わせて治療するから元来の科学的メゾッドでは研究できない」ってなんで思ってたんだろうか。普通にちゃんとやればできるかもしれないんじゃん!!
私たち代替医療の人間には素晴らしすぎるニュースです。
私が、ここに来たから、わかること。
なんか他のところにいたら(例えばシッダ大学院とか?)にいたら絶対にわからなさそうなことを、
リサーチ一線の人たちにこうやって普通に聞けるとか超ラッキーすぎる。
(代替医療推しの教授は元国連)

修士論文では、自分でも思ってみなかった企画をやっているのですが、
私は植物の学名をちゃんと知っているし、調べてるもの自体を知ってるので、
ちゃんと正しい植物を見つけられるし
(植物の知識にゆかりがないと、わからないからいろいろごっちゃになったりするみたいで、
教授もライブラリアンもごっちゃになっていましたが私は一瞬でどれが正しいか分かる・・・)

もし植物ごっちゃに間違えたらリサーチ自体がおじゃんになるので
もしかすると私居てよかったのかもしれない。もしかすると存在意義があるのかもしれない。もしかしたらそうなのかもしれない。と微妙に思えました。

今までに学んだいろんなことは、
自分の知らない間に活きてくるのかも。
無駄になってることなんて一つもないし、

今日もクラスメイトとルームメイトが目をキラキラさせながらインドの話を聞いていたし。

去年の今頃は、インドでのトラウマ克服に苦しみまくりすぎましたが、
それを、私から切り離すのではなく
じぶんの一部だと
思えるようになってから
そうしたら
気づけば、
私が願わなくても、
無理やり頑張らなくても、
自然にいろんなことが繋がってきている
何一つに 無駄はなく。


言霊?

ご無沙汰しすぎています。

最近の近況&思うこと。


私は、「エビデンスに基づく統合医療研究(しかもアルツハイマー関連)」をすると、
テレビの前でも大見栄を切っていたのですが、本当にそうなるとは思っていませんでした。
しかし、毎日のように、エビデンス〜 統合医療〜 アルツハイマー〜〜〜〜
と唱えているうちに、なぜかそれがどんどん叶い始めるという状況に置かれて、
正直ビビりまくっています。

インドにいた時に憧れの的で単なる夢だった、イエール大学の教授で予防医学と統合医療を先導している、カッツ博士。

彼と来週ミーテイングします。イエールの予防医学センターで。

内容は、

「生活習慣を応用した治療法の効果を調べ、
エビデンスを記録するための新たな研究方法の開発について」


・・・・・カッツ博士は、「本物の健康情報を伝える」運動や、「予防医学」運動を行っていて、
いろんな分野でとても興味が持てる先生です。

えーっと話が長くなるんですが、うちの大学院は、145時間のパブリックヘルス関連のインターンが要求されています。(8時間*1ヶ月)
それを、最初はインド医学を教えている団体でやろうかと思っていたんですが(血友病のリサーチ)
大学から許可がおりず、めちゃくちゃ困ってました。

それとは全く関係なく、超憧れのカッツ博士に、私は勝手に図々しく修士論文のリーダーができないか問い合わせた時に、さらに図々しくもカッツ博士がやっている健康情報運動の内容を日本語に翻訳するとか、何か手伝えないかという話を持ちかけました。

そしたら、追伸で書いたそっちの方にカッツ博士は興味を持ってくれて、
「あっじゃあ、それやるならせっかくだからインターンの枠でダメかなー」という話になり、
「あっじゃあ インターンでやるつもりなら他のプロジェクトに参加しない?」という話になり、

なぜか自分でも一切期待も何もしてないのに、
生活習慣などの薬以外の治療法の介入臨床研究のための研究法設立のプロジェクトに入れてもらうことに・・・!!!!!


「エビデンスに基づく統合医療」と、勝手に自分で唱えていたら知らない間にそれ関連のインターンが舞い降りてきたという感じです。


修士論文については、もう、シッダ医学関連は諦めようと覚悟を決めた瞬間、

脳科学専門研究者(認知症とアルツハイマー専門)で、なぜかインドの薬草を使った風習をちょうど研究プロジェクトとして始めた教授に出会い、一発で修士論文決定したし。


「統合医療エビデンス」「アルツハイマー」普通に実現しつつあるんですけど!!!!!!!

恐ろしすぎます。

そうなるのかどうなのかわからなくてもとりあえず何度もなんども唱えて自分に言い聞かせ、
自分でそう信じ込む、ということって、何よりも大事なのかもしれないと、

最近のクライアントさんの鑑定でもそう思います。

環境は自分で作るー そして覚悟を決めれば、自分さえ決めてれば自然とやってくるものなのかもしれないです。


ちょっと夢(?)がすごいスピードで叶い始めてて怖すぎるんですけどね・・・ 

惡の華(押見修造)

ぎゃああああああなんだこれはあああああああ

私も、ずっともがいてた。あの頃。
思春期のどこにも行き場のないやり場のないあの気持ちを表現した世界。
ここではないどこかへ ここの向こう側へ
常識で塗り固められた自分たちの世界を
私たちはあの頃ずっと、その向こうを探していた。
虚偽で作られたこの街の中から、本質をいつもいつも求めてもがいていた。
そんな頃の記憶を、受け止めることから
本当のことを求めるだけの常識の向こうへといこうとする心と、当たり前のことを当たり前にできる、その両面を併せ持つことで、
私たちは、大人になる。

漫画という媒体を通した芸術作品。

言葉の向こうにある本当のことば
教室の向こうにある本当のがっこう
町を出たその向こうにある本当のまち
生きることを超えたその向こうにある ほんとうの性
ここの向こうにある本当のばしょ
わたしたちは いつも ここを超えた その向こうを見ている
まだみている
わたしたちが、常識を常識として生きるクソムシになっても
惡の華は花粉を撒き散らしてわたしたちの
肉体の中にあるほんとうの魂を自由にしようと
ずっとずっともがいてる
これからももがきつづける
なくなることはないアノ時の記憶

当たり前のことがわからず
大人を嫌がり、成長を拒否したあの時の記憶がある方なら、
きっと共鳴すると思う。
こんなにわかりやすく描いてくれたこの天才漫画家に拍手。

映画を見ているようで、セリフ一つ一つの向こう側にある本心がとても苦しかったし、わかった。

私は、まだまだ向こう側をみている気がしてる。
現実と妄想の境目があまりなかったときのあの頃
もっと率直に生きてたあの頃
こんな歳でも戻れるんだね 10代の感覚に。


押見修造の漫画は、どれも現実なのにファンタジーで
ファンタジーなのに超リアルで、凄い。

この漫画も、体操着を盗んだり、パンツ盗んだり、
普通に現実に起こり得そうなことばかりやっているのに
アホなことばっかりやってるのに

なんでこんなに 非現実的なんだろう
ファンタジーみたいなのに
なんでこんなにリアルなの

マジですごすぎるんですけどこの漫画家…
しかもエンタメ的に面白いし、
女の子可愛いし。

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