旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2006年03月

みんなへ

特に月刊オルタを読んで興味を持ってきてくださった方々へ。
びっくりさせてしまってごめんなさい。
もう消したのだけど、前のブログに書いてあったこと。「遊び人じゃない!」と思われた方もたくさんいると思います。
それに書き方もかなり強かったと思う。ショックだった人もたくさんいると思う。
もしそれでも、オルタに載ってた私の写真が好きできてくださったのなら、
ちょっとだけ、もっとやわらかい言葉で書くから、説明させてください。

このブログ、最近はほとんど更新してないんだけど、数ヶ月前までは
毎日何回も書いたりしてた。

なんでかっていうと、

去年は、身近な人を亡くしたひとたちを
私のできる範囲で元気づけたかったから。
私はとても運がよかった。
彼が亡くなったとき、日本にいた。すぐにバイトをやめられた。
話をきいてくれる友達がいた。心を開ける人たちがほかにもいた。
インドにいけた。インドで死に対する考え方を変えることができた。
2ヶ月で、なんとか彼への執着を、前に進む力に変えることができた。
でも、きっと私みたいに運よく立ち直れる人はなかなかいないと思う。
だからこのブログでそういうひとたちに私がインドで得てきたものを分かち合いたいと思ったの。

だけど、今年はちょっと違う。
国境にすんでゆくうちに、様々な外国を旅するうちに、
いろんな人間に会ううちに、

日本の「常識」ってものが、本当はどんなにあやふやなのか?ってことに気づいた。

仕事、しなきゃいけないの?本当に?
お金、って本当には必要なのだろうか?
それ以外の生き方もあるんじゃないのか?
学校、いかなきゃ、勉強できないの?
「食べるために働く」って言葉、変だよ。食べ物自分でつくれないのかな?
どうして、エスキモーの人たちは
なるべくたくさんの異性に好かれて、好きになることを美徳としているのに
ここではタブーなんだろうか。

「若きウェルテルの悩み」でウェルテルが言ってたみたいに
「知識は誰でも得られるけど、心は僕だけのもの」なのに
どうしてその、私たちが感じていることが大切とされないのだろう?

そして、表面だけで他人を判断できるの?

わたしは、
かなり強い言葉で書いてしまったけど、
2人のひとから同時に好かれて、私も2人をそれぞれ好きだった。
でもそれって、本当に「悪い」ことなのだろうか?
もう1人の人を好きになりかけてたころ、「それはいけない」と思って
自分の気持ちを押さえてた。でもそれって、私にとっていいことなの?
そんな風に、常識が、あなたの本当の気持ちを閉じ込めてしまっていることって
たくさん、ある。

外国にいすぎて、日本人の感覚を忘れたのか、私が前回書いた話は
ずいぶん刺激が強かったかもしれない。
でも、私は、あの記事を通して
「こんなにたくさんモラルから外れているようなことをしているけど
ちゃんと存在して、生きてる。」
ってことをいいたかった。
同時に、みんなの「常識」ってやつが本物なのか考えてほしかった。

でも、書き方があまりにも直接的すぎました。
ごめんなさい。

すべてはかわる

1年前
人生最大の困難と悲しみのどん底にいた

8ヶ月前
周りの環境はすべて英語になった

2年前
信じていたことは
ほとんど嘘になってる、今。

だって
すべて
かわってしまう

もってるものだなんて
全部
簡単に崩れ落ちてしまう
知らないうちに。

でも
わたしがもってるものなんて
いったいなんなんだろう

なんにも思いつかないや
経験以外に

しぜんに

2万年前
ひとは
ただ
ひとだった

男と女だけはあって
でもそれは
ただの違い

政府も
警察も
仕事も
学校も
なんにもほんとうは
なかったの

国籍

もう一人の男はコロンビア生まれの韓国育ち。
スペイン語と英語と韓国語が母国語。

もう国籍とか国とかナショナリティとかって
古いよなぁ

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