旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2007年01月

あのひと、とひとり部屋に泣く

もうすぐ二回忌。

最近なぜか、その日が来れば会えるんじゃないかという気がして
楽しみにしている。
でもそんなこと、ないだろうし、
たぶん、私はその日一人
誰も理解してる人も、笑ってくれる人も、
頼れるひともいない
一人寂しい部屋で
友達にするつもりで育ててるサボテンと
泣いて過ごすんだろう
やっぱり馬鹿だった

ひとり、
友達も出来ぬまま、
オレンジの木とサボテンの鉢たちが唯一の心を開ける存在で
息もできぬような日々が続いてる中、
どうやったら呼吸を取り戻せるのかと
ヘッドフォンで歌を聴いた。

そして、
写真が目に入った
目を 合わせられない私
ごめんね。

もっと、シンプルに、
鼓動と身体のリズムを合わせて、
裸で海を泳ぐように生きていきたいのに。
1ヶ月先のことなんて知らずに
いま だけを。
無理なんて知らずに流れる水のように
生きていくつもりだったのに。

そんな私の悪い目は今も夏の予定を追っていて
どんどんわけがわからなくなっていく 気がする

てづくりせんげん

遅ればせながら今年の抱負。

なるべく手作りで!!!

まぁ、大学忙しすぎで無理になるかもしんないけどさ。
あ、クラブ作っちゃうとか?いいかも。

石鹸、シャンプー、化粧水、洗濯用の石鹸、パン、ヨーグルト・・・
そして、できれば、みそ、ファンデーション、マスカラ・・・

なるべく自分で作ってみる!

色々検索してたら意外に簡単で安そうだし。
なんで今まで買ってたんだよ!!

手作り化粧品

エゴ~自我~偽の中心 2 続き!

・・・The ピーズより♪
"ヒトの気分は、ヒトの気分だ 使えねえんだ 付き合えねえんだ 自分自身がアテになるんだ 夢の中で夢をみるんだ"
***

エゴ~自我~偽の中心 By Osho ←「お前の訳やってられん!」ってヒトは原文どうぞ。

"エゴ"とは、必要性だ。社会的必要性なのだ。そしてこれは社会的副産物である。社会とは、あなたの周りにあるすべてを指す。あなたではなく、あなた以外のすべてのものだ。すべて-あなた=社会なのだ。そしてみんなが影響している。学校に行き、先生が、あなたが誰であるかということに影響する。他の子供と友達になり、彼らが、あなたが誰であるかということに影響する。そして少しずつ、すべての人たちがあなたの"エゴ"へ加わってゆく。そしてみんな、社会の問題にならないようにそれを変えようと頑張ったりする。

彼らは、あなたを気にしていない。
彼らは、社会を気にしている。
社会は社会自身を気にし、そしてそれがあるべき姿でもある。

そして人々はあなたが"自己を知っている人間"になるべきかなんて気にもしてない。彼らは、あなたがメカニズムの中の便利な一部分になるべきと思っている。その"パターン"にはまるべきと。だから、彼らはあなたに、社会にフィットするエゴを与えようとしているのだ。モラルを教える。モラルとは、社会に適合するエゴを与えるということだ。もしあなたがモラルを破るなら、どこにも適応することができないだろう。それが、私たちが犯罪者を牢屋に入れる理由だ-彼らが悪いことをしたということではなく、牢屋に入れたからといって彼らがマシになるわけでもない。それは違う。彼らはただ、"合わない"だけなのだ。トラブルメイカーなのだ。彼らは何か社会が承認しない"エゴ"を持っている。もし社会がそのエゴを認めるなら、彼らは大丈夫なのだ。

一人の男が誰かを殺す-彼は殺人者だ。

そして同時に、同じ男が戦争で何千人もの人間を殺す-彼はヒーローだ。

社会は"殺人"という事実を問題にしているのではない。その"殺人"が社会のためにあるのなら-それならOKなのだ。

モラルとは、あなたが"社会に適応すべき"という意味だけなのだ。

もし社会が戦争中なら、モラルは変わる。

もし社会が平和なら、別のモラルに。

モラルというのは社会的な政治なのだ。そして外交だ。そしてそれぞれの
子供がその”社会”に合うようにしむけられる。それだけだ。なぜなら、社会は有効なメンバーに興味があるのだから。社会は、あなたが自分を知るということには全くもって興味がない。

社会はエゴを創造する。エゴは支配し、管理できるから。"自己"とは絶対に支配されることも管理されることもできない。誰も"自己"を支配する社会なんて聞いたことがないだろう。不可能だ。

そして、子供は"中心"が必要だ。"子供"は完全に彼の"中心"に気づいていない。社会が彼にその”中心”を与え、子供は少しずつそれが自分の中心なのだと納得するようになる。それは、社会が与える"エゴ"なのだ。

子供が家に帰る。もし彼がはじめにクラスに行ったなら、家族はハッピーになる。あなたは彼を抱きしめてキスし、肩に乗せダンスしながら言うんだろう。「なんて素晴らしい子なの!私たちの誇りだわ!」あなたは彼に"エゴ"を与えているのだ。微妙なエゴ。そしてもし子供が落胆して、成功できなかった、むしろ失敗した・・・彼はクラスをパスできなかったのか、もしくはただベンチに座ってただけだったのか・・・ それなら、誰も彼を認めないし、子供は拒絶されていると感じるのだろう。次の機会に彼はもっと頑張ることにする。なぜなら彼の"中心"が揺さぶられているから。

"エゴ"は常に揺さぶられている。常に、誰かが認めてくれるのであろうという"えさ"を探して。それがなぜあなたが絶え間なく他人の注意を惹こうとする理由だ。

あなたは、自分が他人にとって何者であるかというアイディアを得る。

それは直接の経験ではない。

それはあなたが何者なのかというアイディアを得た他人からのものだ。彼らはあなたの”中心”を形作る。この”中心”は偽物だ。なぜなら、あなたは本当の中心を持っているはずなのだから。それは誰にも関係ない。誰も形づくることなんてできない。

あなたはそれと共にやってくる。

あなたはそれと共に生まれるのだ。
***

続きはまた!

違い

胃が壊れるぐらいに食べ続けている
悔しさで

わたしは
あいつとは違う
どんなに真似したくても
羨ましくても
わたしはあいつにはなれない
たぶんそれはまるで羽根がないのに飛ぼうとしている
鷹に憧れている馬鹿な子狐なみたいなもの
早く走れるのに、飛ぼうとしている

エゴ~自我~嘘の中心

暇?なんで訳していきます今週末。来週から多忙だけどさ。
訳超苦手なんでGoogleとおんなじようなもんかも。

著:Osho

まず理解すべきなのは、エゴとは何かということだ。
子供が生まれる。自分についての何の知識も、何の意識もないまま子供は生まれる。そして子供が生まれたとき、彼らが初めて気づくのは彼ら自身ではない。初めて気づくものは、他者なのだ。そしてこれはとても自然なことなのだ。目は外に向かってあき、手は他者を触り、耳は他者を聞き、舌は食べ物を味わい、そして鼻は外の匂いをかぐのだから。すべての感覚は外に向かっている。

これが"誕生"ということだ。"誕生"とは、この世界、つまり外の世界に来ること。だから"子供"が生まれたとき、彼はこの世界と生まれる。子供は目を開け、そして他者を見る。"他者"とは、"あなた"がただ。彼は一番最初に母親に気づく。そして少しずつ、身体自身に。そしてこの世界に属しているものの存在に。おなかがすくと、身体の存在を感じる。しかし欲求が満たされてしまえば、身体の存在を忘れる。

これがどうやって子供が育つかということだ。初め、子供はあなたの存在に、あなたがたの存在に、他者の存在、そして少しずつ、"あなたがた"と対照に"自分自身"の存在に気づく。

この"意識"は"気づき"に反映されている。彼は自分が何者か気づいていない。ただ、母親と、彼女が彼をどう思っているかだけだ。もし母親が微笑むなら、もし彼を認めてやるのなら、もし"美しいね"と誉めれば、そしてもしハグしてキスしてやるのなら・・・ 子供は自分に対して快感を覚える。
・・・"エゴ"の誕生だ。

感謝・愛・ケアを通し、自分を"いい"と、自分に価値があると、そして自分が貴重だと思うようになる。

・・・"中心"の誕生だ。

でもこの"中心"というのは、"反映された中心"なのだ。この中心は本物じゃない。彼は自分が何者か知っていない。ただ、"他人がどう思うか"を知っているだけだ。そしてこれがエゴ-反映、つまり他人が彼をどう思うか-なのだ。
もし誰も彼が有益だと思わないなら、もし誰も彼に感謝しないなら、誰も彼に微笑まないなら・・・ またエゴが生まれる。"病気のエゴ"だ。悲しみ、拒絶された、傷のようなエゴ。自分が劣っていて、無益だと感じる。これも"エゴ"だ。つまり、これもただの"他者の反映"にすぎない。

まず母親-そして母親というのは始まりの世界を意味する。そして他者、そして世界が成長してゆく。そして"世界"が成長すればするほど、もっと複雑な"エゴ"になる。なぜなら、その"エゴ"は他者の意見を反映しているのだから。

"エゴ"とは集まった現象、他者との生存による副産物なのだ。もし、子供が完全に一人なら、"エゴ"は育ちようがない。でもだからといってそれが彼にとって助けになるわけではない。獣のようになってしまう。一人で育ったからといって、彼が自分自身を知るということになるわけではない。違う。

"本物"は"偽物"を通してだけ知ることができる。"エゴ"がそのはずだ。通過していかなければならない。訓練だ。"本物"は"幻覚"を通してだけ知ることができるのだ。誰も"真実"を直接知ることなんてできない。初めに、"虚偽"に出会わなければいけない。その"出会い"によって初めて"真実"を知るようになれるのだ。もし、あなたが"嘘"を嘘と知るのなら、"真実"はやってくるだろう。

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続きはまた。
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