旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2008年01月

在るもの

わたしは

読める
書ける
感じられる
五体満足である
見える
聞こえる
味わえる
物をかむことができる
歩くこともできる
腕を動かすこともできる

衝動

からだを支配するこのいのちのなかの渦が

つきぬけてゆく
強い風とともに 

鏡に向かって祈る
赤い眼を見据えながら飲む暖かい冬のミルクは青ざめるほどの白い色

すべてが燃え尽きてそれでいて最後に残るものはなんなんだろう
吹き抜けた風か
手に残るはずのこの熱さか

代弁したい
そして、治したい
導きたい、変えたい、関わりたいの

わたしなりの形で世界にはまることをさがしつづける からなのか
それとももう みつけたのか

なにか が 
わたしが
まだ生きることを赦している

その理由をしりたい

ねむくなる

ゆめ
みたいなことばっかしゆってて
ゆめ
ばっかりみてるし
ゆめ
ってことばばっかりすきで
ソレ以外に語彙はないのかよって思ってたら

ああそうだ、わたしはトカゲだったんだってきづいた
トカゲのひとは ねむくなって 夢をみるんだってさ
トカゲは夢。

夢を みずに 眠ることを したい

神 さま

神は
神に似せて
人間を創った
と信じるひとたちの前に
神が降りたとき。

人は
あまりの不細工さに
呆然としたそう

だけど
神は神であって
人に似てないと思ってた人たちは

あまりに
神が人に似ているので
やはり呆然としたそう

嘴と針と棘と髭と脚

ねこのこどものようにはなれないけれど
せめてことりのこどものように、
裸でも からだいっぱいに強く わめく

誰もを魅了するさえずりを学ぶ前にやることは
与えられたからだと声を全部使って 
飯を勝ち取れ
母親鳥は全員に餌をくれない

降りしきる雨のようとはいわずとも
せめて 道にたまった水にわいたあめんぼのように
すいすいと
泳ぐのよ、
窓の脇をすっと通りぬけてゆくようなそんな風に

あめんぼが通った後は輪となり線となり消えてゆくけれど
雨が降った跡を足とからだをつかってすいすいと泳げば
その中だけは自由 
で居られる

虎になんてなれるはずがないから、せめて鼠に
十二支では鼠が先だ
使える知恵と小さな身体振り絞り勝ち取った一番のり
猫に噛み付く鼠もいる。きゅうそねこをかむ。
こころとからだを振り絞って 乗り切るの 冬を。

あなたがあっためてくれたスープは
おいしいけど、なんだろうね、スパイスがないのか
足りないのは何なのか。味はいいはずなのに。それとも愛が足りない?
でも、コンビニで買った弁当を電子レンジであたためる母親の子供は
ほんとうにおいしいと 
飛行機で世界のどこかからやってきて工場で詰め込まれた それ を
ほおばってる
そのうち泣き出す、それがいいと。

でも
せめて
サボテンにはなれずとも
サボテンの針みたく
つよく しなやかで 敵がきたなら容赦しない
針として突き刺さるような、深く、深く。

あたえられたもんをぜんぶつかって
それになりきる
まわりにあるもんをぜんぶつかって握りしめ
それでいいと叫ぶ
それ以上は要らないと
いや それがいいんだと 
子供のわめき声は叫び出す

だけど容赦なく
突き刺さる
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