旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2009年01月

やめよっかな

誰もわたしの抱えてる問題を分かってくれない
っていうか心を開けて打ち明けるとひかれる

どうしてわたしがインド人に併せていかなきゃいけないわけ
なんでこんなど田舎で古い頭に従っていかなきゃいけないの

1日7時間の拘束時間
週6日って
多すぎですよ


もう絶対駄目だったらほんとにやめよ
編入しよ

誕生日

インドの誕生日は、プレゼントをもらうんじゃなくて、あげる。
キャンディーをみんなに配って、みんなに「おめでとう」って言ってもらえるって
なんて素敵なんだろう。
わたしはこっちの方がプレゼントをもらうより好きだ。

でも、校長の誕生日は凡人の誕生日と全然違った。

学校へ(いやいや)行くと「今日授業ないよ」って言われた。
なぜかっていうと、校長の誕生日だから、
誕生日会があるから。

10時から12時といわれ、みんな集められて座らされて、
1時間40分、何も起きず。(まあ日常茶飯事)

実際に何か始まったのは11時40分からだった。
(でもこれもインドの時計だから、正確な時間かは不明)
それまでずっと安っぽいインドロックが流れている会場。。

わざわざ5人ぐらいスペシャルゲストがきて、
「さて、この”スーパーヒューマン”は60歳を迎えました!」
って超言い過ぎな説明。っていうかスーパーヒューマンって。。
ただの校長なのに、すごいことになってるんですけど。

でもインドじゃ60歳ってなかなか長寿だと思い出して、まあ許してやる。

そしてその後「どんなに校長が人間として素晴らしく、シッダ医学に貢献し、
政治界にも通じ、アシュラムに貢献し、キリスト教の神父さえも感動した。。。」
という、べた褒めの話(しかもほぼマレアラム語)を、
3時間も、15人ぐらいの人から交代交代で聞かされ、

そして、ケーキ入刀。

スパンコールや星やらで飾られた会場に(今迄のイベントで一番きれいに飾られてた)
熱気ではじける風船の中、
校長が運ばれて来たでっかいケーキにナイフを入れる。。。
そしてもちろんそこを専門のカメラマンがニコンのカメラで激写。
新聞にでも載るのだろうかという雰囲気。

その後、そのケーキは先生、生徒全員に配られなければならないため、
6人ぐらいサリーのオンナノコが大騒ぎしながらカオスになりつつもなんとか切り分けて
全員に(でも大きさ全然違う)配られた。

その後、さらになぜかケーキ第二弾。
大きいケーキのあと、小さいケーキとパイが一人1皿配られ、
それが結局ランチに。

その後、またもや、5人ぐらいが歌を交代で歌うのを聞かされ(インドの定番)
最後はプレゼント攻撃。
クラスの子が代表でいつの間にかプレゼントを買って渡し、
しかもあとでプレゼント代1人10ルピー回収され、
さらにアシュラムの人もプレゼントをわざわざ持ってくるためだけに来て
(その後即帰ってたのをわたしは見逃さなかった)
スペシャルゲストからもスーツケースのプレゼント。。と、
大量にプレゼントだらけ。まるでクリスマス会みたい。
または本気で子供の誕生日会。

でも、60歳ってすごく特別だからだったんだって。
還暦、か。
みんなで祝うって、なんか素敵だとも思った。

終わったのは結局2時半。
早速、先生に筋肉学のスケッチ(骨学のあとは筋肉、そのあとは心臓、神経、内蔵)
を見せに行ったら
「あー今日は疲れたから明日にして」

他の先生も「つかれた」と言ってやる気なし。

超行った意味ないし!!!!

神話

シッダ医学を創設した聖者の一人、ティルムーラルは
3000年生き、1年に1回、地上に降りて詩を書いた。
その詩は、タミル語初心者の私にも理解できるほどシンプルで、
そして奥が深く、
とても優しく、
とても分かりやすく、
そして本質を突いている。

彼らの書き残した言葉を理解したいと思う一心でいまのわたしは
ここにいる気がする。

”宇宙の中に在るものは身体に在り
身体の中に在るものは宇宙に在る
宇宙と身体に違いはない
もし、知識を持った眼でみるのなら”
by サッタムニ

****

神話が創る思考の枠組みは、現代の思考様式とは異質だ。
たとえば、あなたや私がある競技者の目の眩むような足の速さについて説明するとしよう
現代文明の技術的・科学的な考え方では、競技者の走る速度を数字で表し、
「競技者Xは、100メートルを9.9秒で走る」と言う。

詩人であれば直喩を考え出し「彼は鹿のように走る」と言うだろう。

だが、神話の作り手たちはさらに先をいき「彼は鹿だ」と言う

厳密に言えば、神話的な比喩は間違いだが、
彼らは、鹿のように速い競技者を鹿と同一視する。
これが神話だ。
私たちの世界で表面的に明瞭なことよりも、はるかに深いレベルで関係をつける方法なのだ。

***

これを読んだ上で、
ティルムーラルの残した一番有名な詩について想う。

「薬とは何か」

”身体の不調をなくすものは 薬であり
心の不調をなくすものは 薬であり
来る病を予防するものは 薬であり
死をなくすものは 薬である”
ーティルムーラル


出会い

ここには「出会い」って全く無い。

逆にコバラムビーチやバルカラとかのツーリストビーチに行くと
1日で3人ぐらいは確実に余裕で捕まえられる。
でもその日限りのすごいつまんない形だけの遊びっきりばっかし。
それはそれで楽しいからいいんだけど。

スイス人の性欲の塊の友人は、
ここじゃオンナノコと遊べないからって
スイスに2ヶ月ごとぐらいにわざわざ帰ってる。

うちの大学の未婚の先生も生徒も全員童貞で処女。例外なし。

というか、クラスの男子、成長絶対止まってるから!!!
サリーのお腹が見えてたり、胸の上にサリーがかぶさってないと
「オトコのコがみてるのにはしたない」とか言ってるけど、
それみても何も感じることができないと思う。
ちょっと心配です。タイロキシンホルモンバランス絶対狂ってる。
(少なすぎると性欲減退または過剰だとインポテンスを引き起こす)

みんな””を夢見てる。

「結婚しないの?愛してる人と一緒にいて、
愛されて過ごすなんて素敵だし、
きっと君の苦しみも癒されるよ」
って、私より年上の先生が言う。

愛ってものはここでは
痛くて切なくて苦しくって命を削るような熱いものではなく
何か甘くて甘くて甘いそれだけのものみたいに聞こえる。
とにかく美しくって、嫉妬や性欲とは無縁のもの、
そして
確実に永遠のものが愛で
男と女は一生に一人しか愛さないし、それこそが愛で、
いっつもそれはふわふわしていて優しくて甘くて絶対に傷つけないもの。

そんな「LOVE」をみんな夢見てる。

クラスの子が本当の恋に落ちた。
でもそれはそんな甘ったるくて、気持ちいいものなんかじゃなかった。
その恋は誰にも秘密で絶対に親にも友達にも
知られてはいけないものなんだって
許されないものなんだからって
その子は泣きそうになりながらいってた。

彼氏のことを普通に話すわたしにみんなきらきらした眼で
興味津々に、羨ましそうな顔でいろんなことを掘り出そうと聞いてくる。

「いいな。アユミは自由で。
私たちが恋に落ちたら親に殺されるもん」
って食堂でクラスの子がぽつりとでも笑顔で言った。

時間割2

始まってから4ヶ月経って、
時間割が全員に配られました。


ここまでくると、「いまさら?」って感じで、
だけど、「あ、時間割もらえるんだ」ってちょっと感動もして、
もうどうやって反応すればよく分かりません。

あと、校長は4ヶ月の内1回か2回しか授業してないのに、
「Professor Dr.」と、2重の肩書き付で (Professor も Dr も同じやんって
アメリカ的には思えるんですが)、「or Dr. Mohanabika」って普段の先生の名前が
「OR」のあとにさりげなく時間割に書かれているところがインドっぽいですね。
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