旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2010年01月

まるでそのようなふりをする

あるときの講話で先生は謎を残して去っていかれた。
そのままの文は覚えていないが、
白い鶴が「一生を化けおおせたる狸かな」という句を
「全治の姿ですね」と言われて講話を終えた。

化けるのが全治ってどういうことなんだ?
だまし続けるのが全治って、何???

でもとりあえず解剖学の前回の試験範囲の課題を塗りつぶすようにやっていくと
大学に入ってからまったく訳の分からない中やっていた自分を思い出した。

「pituitaryはsecretery glandだよ」と先生に言われ、
pituitaryって何?
secretery って?
glandって何すか???
とまったくもって意味不明な状態で、もうどこから何すればいいか分からなかったのだ。

だけどとりあえず解剖学の骨を何度も何度も書いて
知らない単語を知っているかのように何度も何度もノートに書き写していくうちに
なぜか覚えているし、授業もまったく問題なく理解できるようになり、
クラスでは常にトップの成績をとるほどになっていた。

あのときのわたしは、
とりあえず、書き続けていた。それが何かも分からないまま。

あれこそが「一生を化けとおす狸」のような全治の姿こそであったのだろうか


ふりをしていくと、
いつのまにか、ふりが、自分となっている。


とりあえず、そのように振る舞うと、
その振る舞いが、自然に起こるようになってゆく、

とりあえずの振る舞いをするそのものの姿が
見事な全治の姿であり、その瞬間からふりは虚像でなくなり
代わりに血と肉となる。


感謝

解剖学と生理学でやっていないところをカバーした
「解剖生理学」という教科書が存在した。
この薄いのをやればたぶん試験範囲はカヴァーできるんじゃないのか。

というか、このどうすればいいのか訳わからないときに
三聖病院という場所に出会い、確実に元気を回復できている。

いっぱいお祈りしてくれてお守りをもらった。
「元気になってよかった、がんばってください」とメールがくる。

躊躇する私に一歩を踏み出す機会を常に作ってくれる人が
必ずそばにいてくれる。

誰もかれもが、いつも応援してくれる、

みんな、私のために、自分の時間を削って応援してくれるけれど
その応援は、私個人の人格にではなくて
その先を越える、学問や、神が見守っているこの世界に
届いている、気がするし、
この応援は、この天の上からきているとしか、思えないのです。



私の体調不良のせいで予定を変えたりされた方々本当にすみません。
でも、いらいらせずに柔軟に対応してくださって本当にありがとうございます。

森田療法効果?

森田療法のすごいところは、その根本というのがそれなのだけど
症状とか悩みそのものが一気に消失してしまうところにあると思う。

だから、「良くなったか?」とか、「症状は改善されたか?」とかきかれると
答えに困る感じがしてくる。
その、問題自体が消滅してしまったので、「改善」とか「良くなる」という言葉がぴったりに感じないのだ。
いったい自分は最初何でここまで悩んでいたのか?
いったい何に悩んでいたのか?分からなくなってくる。

第一日目では、
「下痢っぽくなった、生理がなんだかおかしい、
体が痙攣した・・・・」
と数え切れず覚えていないほどの症状を訴えていたわたしは、

第一期療法の6日目にはほとんどそれはなくなり、
とにかくどうやって勉強に取り組むかのみを考えていた。

体に現れる症状も、気づいたら消滅していた。

2~3年続いていた微熱も、週1で計る検温によると
ずっと37.2度ぐらいだったのが、
36.7~8度を保つようになっていた。

第二期の起床後以降は、
ずっと体が疲れて、動けず、遠くに遊びに行くとそれだけで疲れて遊べず、
何するにも休んだり、人ごみの中など歩けなかったのに、

あの、体の疲れが、消えている。

小学生のころからの頻尿も、気づいたら、
トイレに行く回数が減っていた。これには驚いた。

「治る」というより「消える」

気づいたら、消えている。


というか私にはもともと、「過敏性腸症候群」や「倦怠感」など
存在していたのだろうか?

ただ、そのときに、下痢が続いたという偶然や
疲れが続いたという偶然が折重なっていただけだったのではないのか?
別にそれに病名をつける必要性はなかったのではないのか?

なんだか、分からなくなってきてしまうほどに、
すべてが、消滅してしまった。


ただ、眠れず。
三聖病院の日々のほとんどで朝の4時ごろに起きてそれ以降寝なかったり
まったく寝なかったり。


・・・でもどうでもよくなってきてしまった。

ABSOLUTE ONENESS

「在るがまま」を英語に訳すときに
「ABSOLUTE ONENESS」と説明したそう。

「より良く」でもなく
「改善する」でもなく、

ただ、前に進む。




THE BACK HORN

このバンドよりもわたしを代弁してくれる存在はないだろう。

ひさびさに彼らの音を 聴いた

・・・ってゆーかごめん、「パルス」、まだ買ってなかった(涙)
最高傑作との賛辞も。早く入手します。ほか全部持ってるのに!!

ライブも16歳のころから、行きまくっている、THE BACK HORN
「ヘッドフォンチルドレン」のときの彼らは
「ありがとう!!」って何度もいってて
「俺、ギター弾いてるよりみんなの顔みてるほうがいいや」なんて言ってくれた、彼らの人間味があふれ出てくる最高に思い出に残るライブだった。
また、日本に戻ったときのタイミングが合えば、何歳になっても行きたいな。

もちろん初期の、壊れそうな音をぎりぎりで奏でて叫ぶようで
それでも生きることを愛しているのがつたわってくるああいう音も、
それからやさしくなって包むように変化していく音も、
爆発している、それも魂が、体全部を使って爆発するようなあの音も、

そして、

言葉にならないほどの完全な歌詞も、
それを歌う山田さんの全身を使った透明な声も。
そしてベース・ドラム・ギターの音が重なって、ほんとに
THE BACK HORNでなければ出せないこの、音楽。

耳を通り越し、鼓膜をとおりすぎ、それが化学的インパルスとなって
神経回路を通じて脳のエリアに届くのではなくて、
音そのものが心臓に直接刺さってくる、言葉たち。

誰よりも真剣に生きるということを愛し、追いかけている、彼ら。
それが直接音となって魂に響く、そのとき、おなかの中で眠っている何かが産声をあげてそのまま動き出すような感覚に、
わたしは彼らの音によって戻ることができる。

すべてひっくるめてこのバンドのそのままがすきだ。
これからもずっと追いかけてゆくから、
うたって、ください。
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