旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2012年05月

師匠

・・・最近自分のブログ必要ない文章多いなっ。
だらだら書きやがって!!
・・・自分でも思ってマス。気をつけます。すまん。


***

ずーーーーーーーーーーーーー

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ーーーーーーーーーーーーっと


思ってるんだけど、

グルが欲しい。
師が欲しい。

ガリィも銃夢続編で「自分を導いてくれる師が欲しい!」とぼやいていますが
まったくそれと同じ状況です。

自分を正してくれる人が欲しい。
自分をよりよき方向に導いてくれる存在がほしい。
「この人についていけばいいのだ」という絶対的な存在がほしい。

グル(師)があちらこちらに居るインドでは、
「なぜ私にはグルが居ないの・・・」
と思ったりします。


しかしでも、
振り返ってみれば、
なんとかかんとか言って、
常に、とは言いませんが、それなりに自分を導いてくれる存在があった気がします。


10代の難しい年頃のときは、
PARC (アジア太平洋資料センター) というNGOで、世界の貧しい国についてや
先進国やメディアやらが行っている汚いことや、
それに対抗する手段として何が現在人々によって行われているかを徹底的に学んだし・・・
友達もむっちゃ左翼の人多かったし・・・

それとバランスをとるように、今では亡き恋人の存在が、わたしを常に正しい方向へと導いてくれていました。
日本の大学受験に失敗して、やっぱりアメリカに行きたいと思ったわたしを支えてくれたのも彼であり
死をきっかけにインドにわたしを飛び立たせたのも彼。

10代の頃は、この2つの存在が、グルだったと思います。


20代の頃は、手探りの時代。
アメリカ時代は、今でも振り返っても一番きらきらしていた時だったと思うし
一番楽しんでいた時代だったと思う。

自分の感性に任せて生きていると、するすると全てのことが繋がりだしたので
この頃は、人間のグルは必要なかった気がする。

ヴィジョンを、自分で直接感じて知ることができたため、
全然人間に指導してほしいとかおもわなかったわ。
そういえば。

自分に必要なものは、自然が教えてくれていた20代前半。


うちのアシュラムに来た時もそういえば
信者のおっさんたちが口ぐちに
「人間の師が必要だ」
とか言ってるのを聞いて

「え、何で?人間が教えてくれなくても
自分で直接スピリットに聞けばいいじゃん」

ってめっちゃ思ったもんな。


インドにきて、
なかなか自然の声が聞こえなくなり、

「やっぱり、師が欲しい・・・」
てすごく想うようになった。


特に、シッダ医学の師が!!!!!

わたしをシッダ医学の一部として認めてくれ、
ここまで学べ、ここまでやれ、と言ってくれるような師が欲しいと常々願っていました。


それは叶っていませんが、でも、

学ぶことに関しては、大学のシラバスと点数が教えてくれているんだよね、と思えるし
それでまずはいいんだろうな、とも思えている。

そして、少し振り返ると、

ここ1年半、お世話になっている、ホメオパシーの先生が、
「こうしなさい、ああしなさい」と教えてくれるグルみたいな存在になっている。

ホメオの先生が、アーユルヴェーダやシッダの会議があったらなるべく行け、と教えてくれた。
ホメオの先生が、次の学年の科目が大切になってくる理由を教えてくれた。
ホメオの先生が、今週アーユルヴェーダフェスティバルあるよって教えてくれた。
ホメオの先生が、学年2位をとった私を誇りに思ってくれた が、 
「やっぱり試験で70点以上はとらないと将来キツイよ」とも教えてくれた
ホメオの先生が「いやーその大学変だよ」ってうちの大学のクレイジーさを教えてくれた(笑)

・・・・ホメオの先生が教えてくれたおかげでできたこと色々あります。
今考えてみると、ホメオの先生がめっちゃグルみたいな存在じゃん!!!!

ホメオの先生とは、ただただ道端で出会っただけなのに、
私の不眠、眠剤依存、IBS、弱弱しい免疫、頻尿・・・etc 全てを治してくれ、
今何を学ぶが大切か教えてくれた。

めっちゃ、彼が師ですね。

しかし、シッダやりたいのになぜにホメオパシーに助けられるよ・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、素晴らしいけど。
どうせならシッダの師に助けられたい・・・とか思ったりしますが、
ホメオパシーの凄さも知ったし、あるべき出会いだったということなはず。

そして今のカラリパヤットゥのマスターも
(超、成り行きで、他になかったから仕方なく始めたのになぜか)
何か私が必要なことを知っている感じ。


一生、着いて行けるような、師に恵まれてはいないけど

なんとかその都度その都度、
導いてくれる存在があることに気付いた。


しかもほとんどの大切な出会いは、偶然・・・
(恋人はライブでたまたま隣に立ってて
PARCは旅で知り合った人が行くって言ってたから知って
ホメオの先生は道で知り合って
カラリは厭厭?始めた)


やっぱり、「この人がわたしの師です」みたいに言えるような人欲しいけど(涙)
でも、それでも、人生はちゃんとロープをたどるように、何か決められた方向に進んでる・・
だから、いいよね・・・


夢。どうしてわたしは今こうしているのか。ほぼ自分用。

とかいって
すごく複雑ですべてが繋がってるから、書きづらいけど、
自分を失いそうになったときのためにもメモ。

わたしは、貧しさをなくしたい。
わたしは、戦争をなくしたい。
わたしは、苦しんでいる人たちに何かできるのなら何でもしたい。

こういう想いで、わたしは最初、この道を選んだはず。

全然・・・自覚がない気がするけど。

****


わたしの人生の時間をどういう風に使いたいか。

1)貧しい人たちのために、自分の時間を割きたい。
2)貧しい人のために、何かしたい
3)色々な場所で様々な人間模様に関わりたい
4)できるならネイティブアメリカンの生き方をしたい




これが一番最初に頭にあった。

それに混じって


写真ジャーナリストになりたい

ジャーナリストはでも現地の貧しくて実際に苦しんでいる人には何もできない
それに、ジャーナリズムは別に副業でもできる。
むしろ、現地人と深いかかわりをもっている方が、ずっといい記事や写真がとれる
ということに気付いた(17歳ぐらい)

この世界で一番大切なものは、やはり健康である。
健康がなければ何もできないし、
健康には国境がない 
= 健康系の仕事ならば、世界どこへでも行ける、そして世界に役立つ!!全ての人に必要!
という発想がどこからか生まれた(20歳ぐらい)

インドの医学になぜか分からないが興味がある。

インドの大学は西洋医学と伝統医学を教えている。しかも英語。

シッダ医学の一番の目的は、人々を解脱に導くこと 
= 人々を苦しみから解放し、人々を真に幸福にし、
人々がこの世界に貢献できるようにし、
さらに病気から立ち直ることによって悟る道に導く

自分は、いまの消費競争経済社会から脱して、
もっと命の本当の流れに近い生き方を見つけ出したい 
= シッダ医学は、それを科学的にどうすればいいか述べている。
= 自分が感じている大切なものが、既に科学的に事細かに説明されている。

変わりやすいこの社会の中で、100年経っても、200年経っても、絶対に変わらないだろうものを学びたい。
世界が崩壊しても通用するようなそんな知識がほしい。
=1万2000年の歴史のシッダ医学は、そう簡単には変わらないはずである・・・



流れ



今、大学最終学年。


これで大丈夫か?って何度も何度も道中で想うけど、
これ以上の存在が未だに見つからない。

でも、これに自分の身を捧げるのではなくて、
今まで学んだことすべてを含めた形で働いていきたい。
こんな大きな理想は、胸の中だけじゃなくて
今頑張って学べる事を学んで、その学んだことで色んな人の役に立ちたい。
特に、貧しい人たちの役に。。。!!!

***

こうやってみると前世ってすごいね。
前の生でわたしは身寄りのない人や重病で歩けないような人を看病(治療)していたらしい。
占星術師2人からきいて、自分でもなんとなく覚えている節があったので、
そうなんだろうなぁ。

なんか今の自分は、
「おいしいもの食べたーい!!」
「お洒落な服とか着たいよ!!!」
って感じで、
っていうか、他人の前に自分の後始末つけろよ、部屋片付けろよ!!!!!
って感じで、
全然なんかそんな自分がもってる野望を語れそうにない立場にいる気がしますが、
前世でもそうだったんだぜ!っていう根拠なき自信と共に、
これぐらいの欲や甘さはきっと誰でもある、と再び思ったりする。

こういう自分がもってる、”欲”とのバランスをとりながらも
生きていければなぁ、と思い始めてます。

ここは禁欲をしたければいくらでもできる場所ですが、
あんまり欲を抑えすぎると、やっぱり体にも良くないなぁ、と自覚したので
ある程度の贅沢はしたいなぁ。ふぅ。
贅沢っていっても、パスタ食べたい、おいしいチョコレート食べたいとかそれぐらいのことなんですが、
でもアンダマン諸島なんて一生いけないような人が100%周りに居る中では
日本では普通のこと(エアコン・お湯つきの家に住むこととか)がすさまじい贅沢な気がして
生活感覚がアンバランスな最近です。

あは、またずれた話が。
まあ、大きな目標と日々の生活目標ってコトで。






生理問題

生理は、スピリチュアルな世界ではいつもアンタッチ、な存在。
もちろんシッダ医学でも「生理中の女に触るな」という一節がある。
ネイティブアメリカンの世界でも、生理中は女は儀式に参加しない。
インドのお寺も、生理後10日ぐらいは入れない。

カラリパヤットゥも、生理になると1週間道場に入れない。

そもそも、カラリパヤットゥって男のためにあるもので女はやるべきではない!!!!
と、周りのインド人に怒鳴られた。
確かに、動きが激しいので女には向いてないと思うし、
カラリマスターのたちの引き締まった筋肉でしかできてない肉体を見てると、
・・・これは私にはムリじゃ?と思わされる。
というかそのせいで今までやろうと思わなかったし。

話ずれたけど、生理は何かしらこちらでは嫌なもの。
生理の汚物を使って、昔の人は黒魔術の薬とか作ったらしいし、
何かしらけがらわしい感じがしてくるし
生理中の自分の存在意義すらも疑問に感じてくるほど。
「聖域には入るな!」と。

これは、私がみてきた世界中の聖域がそうだった感じがするので、
あまり極端なこととは思わないけれども、
迷信なのか、根拠あるのか、よく分からない。


ひと世代前のケララでは、生理の妻との間に棒をひいて寝てたらしい。

大学の先生は
「生理中の女に触るなってことは、
エッチするな、
その期間は女を休ませろ、て意味のはずなんだよね
今はなんかもっとそれがエスカレートしてて
生理はけがらわしい、みたくなってるけど。」
と言ってた。

お寺とかも、女は休むべき、ということで入るの禁止だったとかなんとか、
こういう話は、他でも聞いたことがある。

確かに生理って汚いし汚物触りたくないのはそうだけど、
生理中の女って、昔の人が厳しく信じてきたように
けがらわしいべきものなのか、そうでもないのか、まだよく分からないところ。

なんで生理だとスピリチュアルな場所には行ってはいけないのか、
はっきりした理由知ってる方がいたら教えてくださいませ。

家系図

昨日、バケーションに来てるケララ人が1部屋に8人家族で泊まって
子供から大人まで楽しそうにバルコニーで団らんしてるのをみて
なぜか思い出したアメリカの家系図。
もう、6年ぐらい前の話。

アメリカのケンタッキー州で人類学を専攻していた主婦のおばさまが、
アメリカ人の家系図って面白いのよ、と話していた。

父と母別れて今はNEW父と母、
もと父と母もNEW Husband & Wife
弟は養子で、姉は腹違い、みたいな
全員血繋がってるのかないのか分からない。そう。

へぇー と思いながら、アメリカ・テキサスのエルパソという
メキシコとの国境で大学に行くことになった私は、
話に聞いてたのとまったく違う体験をした。

スペイン語の授業でなぜか家系図を描くことになった私たち。
エルパソでは、スペイン語がほぼ公用語で、街ではスペイン語以外通じないため、
スペイン語ができずに授業に来ている生徒たちはかなりコンプレックスをもっていた。
ほとんどの生徒の受講理由が「スペイン語できないと恥ずかしいんで!」って理由(笑)

しかし、
スペイン語ができなくても、生徒のほとんどはみんなメキシコの家系の人たちだったのです。

「ちょっと家系図紙に納まりきらないんだけど!!!!」

「うち、いとこ30人ぐらいいるんだけど、どうすればいい? 全部かくの?」

いとこが、2人しかいない私には考えられません・・・!!

「おじやおばを数えだしたらきりがないんだけど、それも全部かくの?」
「兄弟だけでもスペースないんだけど
さらに兄弟の家族や子供・・・ どこに書けばいいの?!」

みんな、兄弟多すぎ、家族が多すぎて、スペースが足りなくて困っていました。。。


半分以下の紙に納まった上に、おじやおばの名前が分からず困っていた私を
不思議そうにみんな眺めていました。
「え?家族の名前分からないのー!?」と・・・。すみません。
みんな、軽く50人ぐらいいそうな親戚の名前ちゃんと覚えてました・・・。

彼らは、ステレオタイプのアメリカ人とは真逆の意味で私をびっくりさせてくれました。









家系図が紙の裏にも届きそうな、
ケーララ人の家族たちの絆も、エルパソの人たち並みに深いです。

みんな毎月のように、親戚一同で集まってふざけたりしている。
ハウスオーナーの親戚の、西洋医学部2年生の子も
「これがなきゃ生きていけないよ!」と言ってます。
わいわいふざけて、椅子取りゲームしたり、かけっこしたり・・・・
おじさんから子供まで混ざり合って楽しそうです。

親戚で集まったなんて何年前だろう・・・。
家族のきずなが強いってやっぱり、羨ましいなぁ。
それに縛られることの方が、今の私には辛いかもしれないけど、
それでも、こうやって生まれてきたら、心強いだろうなぁ。


学び環境の良さって大事。

今、既にアーユルヴェーダ大学を卒業されて、現在MD(Ayu) の勉強をしてらっしゃり、
さらにはカラリパヤットゥもやってらっしゃる小山内薫さんのブログ
アーユルヴェーダとカラリパヤットゥ)を拝見して、
羨ましい・・・と眺めてしまった・・・。

Post Graduate Diploma in Yoga and Naturopathy の資格をとってらっしゃるらしいが、
私も、知り合いのナチュロパシードクターがオファーしてるナチュロパシーのコースを
まさにインターン中にとろうと思ってた資格。
しかし、うちの大学から、
そのナチュロパシードクターの家(家でコースやるらしい)は遠い・・・
1時間ぐらい・・・。

でも、彼女の大学、 Gujarat Ayurved University では、
大学自体がナチュロパシーのクラスをオファーしているらしい。いいなあ!
しかも、ちゃんとPost Graduate Diploma(大学卒の人のためのコース)
私の知り合いのナチュロパシードクターがオファーしてるコースは、
たぶんPost Graduate ではなかった気がする。

こっちは、マジで大学には何もないので、何かやりたいなら
自分の知り合いの繋がりとかを転々としなければいけなくて
GETできるコースや情報も、たぶんずっと少ないと思うんだよね。
さらには、そのコースの質なども分からないし。
ほんと知り合いのつてだけって感じで、知り合いもどうやって作るの・・・?という感じだし。

彼女はカラリパヤットゥもやってらっしゃるので、
私がやりたいこと(ナチュロパシー、MD、カラリパヤットゥ)を
どんどんやってらっしゃる先輩のような方ですが(会ったことありませんが)

カラリも、うちのマスターみたいに個人でやってるって感じではなくて、
もっとOrganisedされた感じの道場・・・
まあ、そう見えるだけかもしれないが、そうだと思う。
うちの道場よく私一人で個人レッスンだし、みんな服着て練習してるし、
なんか比べると?羨ましい感じ。

なんか、いい環境だなぁ★
もちろん自分で発掘された部分は大きいでしょうが、
でもそれでも、大学自体が別のコースをオファーしたりとかってほんと羨ましい!
グジャラート大学のアーユルヴェーダコースは、
外人専用コースがあるので他の外人もいっぱいいるだろうし、
そういうところに居られたらずっとずっといいだろうなぁ・・・!!
とやっぱり思ってしまう。

あと、夏休みも確か2カ月あるんだよね。
うちは2週間だった今年・・・・・・・
(それもいつか定まってないし、何日間かも直前まで分からない)


授業がマレアラム語で全然分からないので、
授業中は何もノートに書かず
授業の後に先生に押しかけて
5分か10分の休みの間に何を話していたか教えてもらう、とか
タミル語が分からないということを分かってくれない先生のもとで
苦労することも必要ないだろうなあ。
苦労をシェアできる人がいるというのも羨ましいところです。

こちらではなんでも 一人でやらなければいけないというのが基本です。
自分でタミル語の本を読み、
授業はマレアラム語が多いので、先生に直接授業以外の時間に聞いて取り直し
授業外の時間も一人でノート作って、家に帰ったあとも一人で勉強・・・。
もし、コース以外のことを学びたいなら、
自分で時間をつくって、この大学の外に出なければならない。
でもこの大学は田舎に位置しているため、どこへ行くにしても1~2時間かかる。
そんな時間は、
ぶっちゃけ、
先生がマレアラム語とタミル語で授業やってて
個人的に内容聞きにいかないといけないせいと
英語できる先生は教科書を丸読みしてるだけで説明しないから
自分で教科書読んで勉強しなきゃいけないせいで
時間ないから!!!!!!!!

さらに、ケララ人社会に生きなきゃいけないから、
自然とウソつきまくって、言い訳ばっかりして、自分を出さずに生きなければならない。
プライベートな話は禁句です。だから友達できません。
恋愛はもちろん禁止です。
私の男歴がばれたら退学かもって思います。
クラスメイトと恋愛結婚!!!!だなんて、奇跡すぎる!!!羨ましい!!!
(うちのクラスの男子は、童貞ケララ人だから全然恋愛範囲に入りませんが)


という訳で、シッダやアーユルヴェーダに興味がある方にも私はうちの大学ではなく、
グジャラートやBHUに行くことを薦めたいと思います。

上に私が書いたような、無駄な苦労をしないで済むからです。

うちの大学でしかシッダは学べませんが、
でも既に外人が多く卒業していて大学の歴史も深いアーユルヴェーダ大学ならば、
授業でまともに教えてくれないから
授業外の時間をつぶしまくって授業でやっていたことをキャッチして、
誰も教えてくれないから自分でタミル語の本を読んで、教科書読んで、
大学以外で学びたい場合は2時間ぐらい大学から離れないといけない、
大学が自分の私生活に干渉してくる・・・ということはないはず。

これらの苦労は、勉強するのには全く必要ない苦労なはずです。
人生勉強にはなるかもしれませんが。




これだけ無駄な、不必要な苦労や苦しみを受けて、得られる知識は、
他の大学の人よりも少ない・・・・・



そういうのが今の自分の印象です。


学ぶ環境いいことに越したことはありません。
他の大学がいい、とは言えないけれど、ここよりはマシだと思います。
少なくとも英語で教えてくれるはずだし、生徒も外人がいるはず。



今度、今私が所属しているケララ人シッダ医師のNPO (INFOS) で
マルママッサージのコースを開くらしいのですが、
10回のコースで1人4000ルピーで、
ジェネラルマッサージ・治療用のスペシャルマッサージ・Toxicology・Pothu(シッダの病気の診断・治療)のクラスを受けられます。
講義はマレアラム語ですが、周りの人が教えてくれるはず。

さらには毎回の講義に、その道のスペシャリストの伝統医が現れて伝統の秘密を教えてくれ、
さらにいえば、そのあと、アダンガル(マルマの刺激によって受けた被害の治療)のスペシャルテクニックや知識・治療法etcの1年半のスペシャルコースも次のステップとして受けられるそうです。

今私が個人的に教わっている伝統医からのマルママッサージは、
1回500ルピー(私が勝手に決めてあげてるだけですが)で
今のところジェネラルマッサージのみ。
たぶん10回のクラスでは、大まかなジェネラルマッサージ
(全身・足を使ったマッサージ・ヘッドマッサージ)
を把握するだけで終わりそうです。

スペシャル度でいえば、伝統医に個人レッスンは貴重な体験ですが
効率からしていえば、クラスとしてオファーされている方がいい感じがあります。先にも繋がる。
あと、個人レッスンの場合、伝統的なやり方で教えてくれるため、
自分自身が何かしら質問しないと、先生は答えてくれません。
クラスでオファーされてる場合、先生は自ら色々教えてくれるはず。


今現在インドでは、伝統医たちの知識を講義形式にまとめはじめているところ。
意外にも、クラス形式で教わると、彼らの知識がぎゅっと凝縮されていて、時間でいえば早く学べるはずです。

そこで学んだ知識をもとに、個人レッスン、という形がたぶん一番理想なのでしょうが、
何にせよ何もかもがまだオーガナイズされておらず、そう簡単にはいかないのです。

こちらでは、
自分で試行錯誤で、先生たちをとっ捕まえて学ぶしかない、という結論にやっぱり陥りそうです。


はぁ。

いいなぁ。きちんと学べるって。と思わされた朝でした。

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