旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2013年07月

はじめの一歩まで

良い医者になるということ。



今日はたぶんこのあたりでは一番の腕であろう シッダドクターの患者さんを
2人個人的にみる機会に恵まれた♪

私が紹介した患者さんなのでみれたのだけど、
この先生は普段は生徒を自分の診療所に入れない主義なので
けっこうレアな機会なのです。

この先生のスゴイところは、
シッダだけでなく、 西洋医学・ホメオパシー・アーユルヴェーダの 診断法治療法も知ってるところ。
 西洋医学もしかもちゃんと更新されてる知識で、
うちの大学の先生みたいに・・・古い知識じゃない・・・。

それだけでなく、ホメオパシーを処方するときはホメオのシステムに沿って考えて、
 シッダを処方するときはシッダのシステムに沿って考えるのです。
 しかもホメオパシーとか、やりがちな症状対処法じゃなくて、
ちゃんとクラシカルホメオパシー。

先生が言うには
「医者がたくさんのシステムを知っていれば、
患者はドクターショッピングをせずに済む!」と。

 ひとつのシステムをただ〝知る”だけでも、
 数年間飯もろくに食えず寝る暇も遊ぶ暇もないほど大変で、
 実践するのはもっともっともっともっと×10000000倍大変なのに、
 この先生はいったい、いくつ脳みそがあるんだろうか・・・。

でも基本はシッダ医学に忠実。 治療もシッダ医学に忠実。

というわけで、この先生の診察にご一緒するというのは、
私にとっては数年分の授業に相当するほどの価値があるのです。

 バカな医者になるのは、正直それなりの知識があればできることで、そこまで大変じゃない気がするけど、
いい医者になるには、
全てを知り尽くして なおかつ日々地道な訓練を積まなければ絶対なれない・・・

 診断だけでも超大変なのに、
 天文学的数字に値するぐらい存在する無限の薬の中から
ピタリな薬を選ぶことなんて 不可能すぎる!!!

たぶんなんとなくな薬を処方することならそこまで難しくないんだけれど、
シッダでは、同じ病気に万の薬があり、 その中で医者が患者に合う処方を選びます。
そしてそれだけでなく、 目的にピタリと沿った薬同士のコンビネーションを処方します。


 もう、神にしかできない。


と言いたくなるけど、
この先生をみてると、可能なんだ!と思わされます。
(ちなみに、いまどきのシッダドクターは西洋医学をメインに考える先生が多い印象で
 そうすると、シッダの処方の効果はあるけど半減気味…)



先生が薬を混ぜている際、 「この薬は何からできてるか覚えてる?」と聞いてきて忘れてる私。
 そして大学では習わない薬の効用と成分をつっかえずに完璧に言い切る先生。

「この成分の効用覚えてる?」と聞かれ考えこむ私に
なめらかに詩を言いきる先生。

 茫然とする私のそばで、

患者さんは、

シッダ医学だからこそできる治療を受け、
ダメ研修医間近の私ですら分かるぐらいに良くなっており、
その喜びを何度も先生に語っていました。

 これまで何人も何年も医者をまわったが、 無駄だったのに、
この先生の処方で瞬時に良くなったということを。



はぁ。

 この頂にたどりつくには、
あとどれぐらいなんだろうか…。



たどりつけないとしても、
近くに行くには、
あとどれぐらいかかるんだろうか…。




ある兵士の話(”生きるに値するいのち”)





 ”ところで、先年、ヨーロッパを旅行中、
 私は一つの興味深い話を聞きました。

どこでしたか町の名は忘れましたが、

 何でも、ドイツとの国境近くにあるフランスの一寒村に、
 今度の大戦中に戦死した、フランスのゲリラ部隊十数名の墓があるのですが、
 その墓に混じって、ひとりの無名のドイツ兵の墓が一つ立っているのです。


そしてすでに、戦争も終って十数年経った今日も、
その無名のドイツ兵の墓の前には、
 だれが供えるのか手向けの花の絶えたことがないとのことです。


いったい、そのドイツ兵とは何者なのかと尋ねると、
村の人々はひとみに涙を光らせながら、 次のように話してくれることでしょう。


 それは第二次世界大戦も末期に近いころのことでした。

 戦争勃発と共に、電光石火のようなドイツ軍の進撃の前に、
 あえなくつぶれたフランスではありましたが、
 祖国再建の意気に燃えるフランスの青年たちの中には、
最後までドイツに対するレジスタンスに生きた勇敢な人々がありまして、
 ここかしこに神出鬼没なゲリラ戦を展開しては、ナチの将校を悩ましておりました。


 が、武運拙くと言いましょうか、 十数名のゲリラ部隊がついに敵の手に捕らえられました。
 残虐なナチの部隊長は、なんの詮議もなく、直ちに全員に銃殺の刑を申し渡しました。


 ゲリラ部隊の隊員の数と同じだけのドイツ兵がずらりと並んでいっせいに銃を構え、
 自分の目の前のフランス兵にねらいを定めて
「撃て!」という号令を待ちました。


 と、間一髪、
ひとりのドイツ兵が、 突然叫び声をあげました。


 「隊長! 私の前のフランス人は重傷を受けて、
完全に戦闘能力を失っています。
こんな重傷 兵を撃ち殺すことはできません!」


  今まで、かつて反抗されたことのないナチの隊長は怒りに目もくらんだように、
 口から泡を吹きながら叫び返しました。


 「撃て! 撃たないなら、お前も、 そいつと一緒に撃ち殺すぞ!」と。


 けれど、そのドイツ兵は二度と銃を取り上げませんでした。


 ソッと銃を足下におくと、静かな足取りで、
ゲリラ部隊の中に割って入り、
重傷を負うて、 うめいているフランス兵をかかえ起こすと、
しっかりと抱き締めました。



 次の瞬間、轟然といっせいに 銃が火を吐いて、
そのドイツ兵とフランス兵とは折り重なるように倒れて息絶えて行ったという のです。




 (中略) そのドイツ兵は撃ちませんでした。
のみならず、自分も殺されて行きました。





ところで なにか得があったかとお尋ねになるなら、 こう答えましょう。


 ひとりのドイツ兵の死はそれを目撃した人々に
忘れ得ぬ思い出を残したのみならず、


ナチの残虐行為の一つはこの思い出によって洗い浄められ、
その話を伝え聞くほどの人々の心に、 ほのぼのとした生きることの希望を与えました。


 ナチの残虐にもかかわらず、
人間の持つ良識と善意とを全世界の人々の心に立証したのです。


このような人がひとりでも人の世にいてくれたということで、
私たちは人生に絶望しないですむ。



今は人々が猜疑と憎しみでいがみ合っていはいても、
人間の心の奥底にこのような生き方をする可能性が残っている限り、
 いつの日にか再びほんとうの心からの平和がやって来ると信ずることができ、
 人間というものに信頼をおくことができる・・・・


これが、このドイツ兵の死がもたらした賜物でした。

 どこの生まれか、名も知らぬ、年もわからぬ
 この無名の敵国の一兵士の墓の前に戦後十数年を経た今日、
未だに手向けの花の絶えることのないという一つの事実こそ、
彼の死の贈物に対する人類の感謝のあらわれでなくて何でありましょう。






(後略) 「生きるに値するいのち」小林有方神父 ユニヴァーサル文庫 昭和35年発行より引用














小林神父はまたこう語っています。


(前略)どんな理由があろうとも、人間の内的生命が、
憎しみや恨みによって成長するものではないことは
はっきりと断言いたします。

人間性を豊かに実らせ、
人の住む世界を地上のパラダイスにする唯一の方法があるとすれば、
それは憎しみではなく愛であり、
闘いではなくて許しであり、
敵の野望をあくまで粉砕することではなくて、
互いに話し合う場を持ちつつ理解しあっていくことです。(後略)





アラーキー写真にみたこの無限

ちなみに、無限の世界を教えてくれた人たち。

写真→荒木経惟

文章→森 絵都
絵→ピカソ
音楽→KODO(鼓童) でもバクホンファン10年。

こうみると日本人ばっかしやんけ。

ネイティブアメリカンたち。
そしてシッダ医学も。
もちろんだけどね。

映画→居すぎて困るんだけど… ベルナルドベルトルッチ なんだかんだいって一番好きかなぁ。








2・28・2013 の日記。

荒木さんの写真集をひさびさにめくった。
ぼーっとめくるだけだったはずなのに、いつのまにかひきこまれて世界はそれだけだった。

はたと気づく。

刹那さ。
切なさ。


わたしがゆとりないのは、大学の世界にしか今いないからだと。
わたしには色んな世界が必要であること。


すべてのものは、瞬く間に、消える。

振り返って笑ったひと
めんどくさそうな顔の猫
乱交パーティしてる人たち
タバコやさんのおじさん

すべてのそんな存在は、もう居ないほどに儚い。
なにもかも、たった一瞬光って、そして消え、忘れ去られてしまう。

その、東京の忘却の中の無限の宇宙を、荒木さんの写真は旅させてくれた。

しょうもない演劇や映画が、これまであまたも繰り返し、擦り切れるほどに、
宇宙の星の数と同じぐらい、上演されて、
そして、簡単に忘れ去られていく。

1日に何百回も変わるだろう渋谷交差点の信号を10年前に渡ったひとたちは、
もうこの世に居ないかもしれない。
誰が何人あの交差点を渡ったかなんて、誰も知らないし、気にもとめない。

流れ続ける川の流れのごとく、人々はそのままその流れを止めずに、現れては消え続けるのだ。
まるで、銀河の星のようにそのドラマの数は無限で、あまりにも多すぎて速すぎるために、それはすぐに忘れられていく。

わたしも、生きようとしていた。
わたしも、何かを残そうと必死こいていたかもしれない。

でも、わたしもその銀河の中のひとつで、
100年経てば、この体なんて簡単に灰になって消えているし
未来の話だからお墓なんてないかもしれない。
そんなことをふっと、思い出させられた。


そんなことを荒木さんの写真から悟りだしたとき、
なぜかそれは、虚しいものではなく、
生きるものの運命としてわたしの脳の奥のほうに語りかけた。


忘却という空には果てはなく
はかなくてもろい人間の流れ星みたいな一瞬すらも飲み込んでいく
生命の流れの偉大さみたいなものを
ぐっと、お腹のおくのほうに感じている。


だからもっと、この流れに合わせて生きたいと思う。
だから別に、何かを達成したとか、有名になったとか、
そんなものはもうほんとうにどうでもよくって
わたしも、この、銀河の星の中でただ、またたくのだ。
それだけがたぶん宇宙から私へのリクアイアメント。


わたしも、いつか、消える。
それを知ったとき、なぜかそれは悲しいものではなく
日常をもっと豊かに、そしてもっと楽にしてくれた。







そんなことをただの写真から教えてくれた荒木さんの天才ぶりに感動しつつも
こういうことを生涯を通じて伝えていかなければいけないんだ、と目覚めるのは真夜中の時間。
荒木さん凄すぎ…。













******
いつか消えること。

シッダ医学では

子供(家族)
財産
世界(社会・自分の生れついた社会)

の3つがこの世界へ執着させるものとしています。

確かに、出家するということは、この3つを棄てるということですね。まさに。
(最近の坊さんは、<社会>という点で本当に出家できているか疑問は多いですが。ってか家族もいるし。財産も!?・・・・)


いつか消えてしまう。いつかわたしたちもこの世から居なくなってどこかへ行く。


つまりはこの世にわたしたちみんな「ホームステイ」しているのだというコト。


完全なものなんてないんですよね。
目に見えるものだけみている分には





もっと気楽に、ホームステイのスタンスで、生きてもいい気がします。



この世界で毎日わたしたちは経験をして、
寝ているときにはわたしたちがうまれてきた本来のすみかであるあの世に戻って、
また次の朝から経験をするために戻ってきているのだから。










マルマとツボーマルマは急所ー

シッダ医学で重要で、一番人気があるだろうのが、マルマ。



マルマポイントというのはいわば一番分かりやすくいえば
インドのツボ。


しかし、こういうとかなり語弊があるのも事実。


確か日本でマルマの本が1冊出ていて、それを読んでないので、
どこまで、どのように日本でマルマが認知されているか分からないのですが、



マルマというのは、定義すると、

急所


に一番近いんじゃないかな。




マルマの定義は
プラーナが質・量ともに多く、
また、骨・筋肉・関節・血管・神経などが集まっているポイント
」であり、
全部で108か所。

しかし、ここで少し掘り下げると、


マルマは、「肉体が、目に見える形に形成される前から存在していた」と言われており、

どちらかといえば、「マルマがあるから、骨・筋肉・関節・血管・神経などが集まった
というほうが正しいようです。




なので、

動物にもマルマポイントはあるし、

下手したら我々と全く体の構造違うはずの宇宙人にもマルマポイントはあるはずなんです!





マルマの種類は大きくわけて2つ。

Padu Varmam(12)

Thodu Varmam (96)

の2種類に別れます。


Padu Varmamとは、
そのポイントへのダメージが気を失わせるか、
またはそのダメージが死を招くことになる


という いわば 急所。


Thodu Varmamは、「治療可能なマルマ」。

(※ Padu Varmamは治療可能か、または不可能)



ということであり、ツボとの最大の差は、この定義にあるのではないのかなと感じます。



マルマの最初の目的は、マルマポイントへのダメージ(怪我)の回復であり、

決して、日本の鍼灸のような、ポイントを使った治療ではないのです。


もちろん、それを応用してのマルマを使った治療はこちらでは普通に行われていますが、

マルマの一番の基礎は、マルマポイント(急所)のダメージの症状、それに対する治療法です。
(アダンガル と呼ばれるのが 応急処置
イルックムライ と呼ばれるのが あとからの治療)

治療法には、さまざまな方法があり、

マッサージ、基本的なアダンガル、オイル、湿布、内服薬、外用薬、鼻・耳に吹き込む薬・・・・
そしてお粥など本当に様々です。


症状と、マルマポイントに応じて処方がなされます。








最近シッダ医学で検索する方が増えているようなので、マルマについて簡単に書いてみました。
が、なんというか・・・ こういうものって簡単にひけらかす内容じゃないんですよね。

なので、別に公開しても大丈夫な内容にとどめておきました。もちろん。

物乞いの意義ー物乞いは生身の仏様★

今日、
こちらでは有名なビリヤーニ店
(※お祝いごとのときに食べる炊き込みご飯屋
 日本では寿司屋さんにあたると思う)の前で、
 にこやかに物乞いをしている人がいた。

こっちでは、あんまり物乞いって見かけないため、
 見かけると必ず私は何かあげるようにしている。

1-2ルピーを渡すと、
 彼女はそのルピーを両手で受け取り、
胸に当てて、
 「ナマスカラム」とでもいうように
 私の方をみてにっこりとした。

その姿をみて、
 はっと気がついた私は、
 急いでパンを買って彼女にあげた。

 そのパンも、
 彼女は両手で受け取り、
 同じように胸にあて、
 にこやかに感謝を伝えるその姿は
まるで聖母そのもの★



 彼女のこの姿は、
物乞いの本来の意義を私に思い起こさせてくれた。


 この国の文化では、
 というか、どの国でも霊的な意味で、
 物乞いの存在には重要な意味がある。


 それは、 物乞いでないわたしたちが彼らに食べ物をあげることで、
 そして彼らがそれを食べることで、
 わたしたちのカルマを解消することだ。


 つまり、物乞いの人たちは実際は、
 存在しているだけでわたしたちのためになっている!!
 彼らが食べるもの、着るものを与えることで
私たちは人生の運を改善し、
過去のカルマを解消している…。


つまり、彼らはまるで生き仏様。
彼らにあげる食べ物は、仏様へのお供えもの。

現実に、寺にささげる食べ物と同等かそれ以上の意味を持っている、
物乞いへの食事。



というか、
 彼らは、 食べているだけ、
服を着ているだけなのに
 それだけで私たちにとっておおいに助けになっている!!!
我々医者は、わざわざ薬使って、すさまじい知識使って人を助けてるけど
彼らは生きてるだけで役立っている!!!!!
しかも日々体張って我々の役に立っている!!!!!
まさに、現代に生きる仏様であります!!



物乞い恐るべし!!!!!!!!!




 与えることで、恵まれる…!
その法則を再び思い起こさせてくれた
 本物のの物乞いの彼女に感謝。
(にこやかなほうが、もらえるのかもしれんけど
 そういう物乞いはめったにいない気がする)




バクシーシとか喜捨っすかソレ、って言われても、 うんそうだと思う、なんだけど
イスラムに限らず、この考え方は南インドの昔からのものです。




 ※でもここで大切なことは、
お金ではなく、ものをあげること。
(私食べ物手元になくて最初1ルピーあげちゃったけど)

”食べ物”が 一番カルマの解消に素晴らしいとされています。





というわけで、みんなも、貧しい人たちを「憐れだ」とか思わないで。
彼らは、みんな、生きた仏様なのです。
だから、彼らを守ることで、私たちの世界はもっと豊かになるのです◎


「弱い者を強い者が守る」なんてことは見た目だけの話で、
「弱い者を守ることで実は私たちが守られている!」
のが、見えない世界での真実。


あなたがもし貧しい人に寄付したり、
物乞いに何かあげるのなら、
それは、「憐れみから」あげるのではなく、
仏様にお供えするような気持ちであげてみてください。

「貧しい人を助けている」というような、上からの気持ちではなく、
彼らを、私たちのカルマを解消してくれる素晴らしい仏様だと思って接してみてください。




きっと、人生が変わります★
そして、きっと、世界も変わる★




貧しい人たちに分けることで、私たちは人生を良くしているのです!!
この法則を知れば、きっと先進国の問題も減る。
私はそう確信しています。


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