旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2013年12月

犬の散歩

だから、わたしはあなたで
あなたは、わたしなんだよ

わたしは、あの木であり、
あの木は、この石であり、
この石は、また、わたしであり
わたしは、この葉
この葉は、そこの道と同じ。
その道を歩くわたしも
その葉と同じものである。



いたるところにわたしがいる
わたしは このすべてで
すべては わたし

この道を歩くどのひとも
わたしとつながっている

わたしは その小さい木であり
大きく育った木でもある

すべてのいのちはひとつで
それは隔てなく繋がっている


だから、たぶん、


なんであんなに犬は散歩が好きなのって
ずっと分かってあげられてなかったと思う

きっと、みるものすべてのいのちに
自分の臭いをかぎとってたんだよね

だから、あんなに散歩がすきなんだと
やっとわかった気がする。

ひとつ

はー。恋したい。
つまんないから。



「地球少女アルジュナ」の最終話、号泣したぐらい共感。
いろんなひとたち、いろんな宗教、いろんな作家が、
様々な形で伝えようとしてきた真実。

このアニメ、すごいですね・・・。
あんまりご覧になった方いないかもしれないけど
私には、「テレパシー」のこととか
「言葉」の話とか
「教育」やら
「胎児がお腹のなかでかんがえてること」やら
すごいがんがん響きました。







***

「なんでクリスにはわかるんやろ、時夫のことあんなに・・・

わたし、わたしって一体?・・・クリス?
まさか、時夫もクリスとひとつなん?

・・・

いくつもの
いくつもの
波と波が重なり合って

命あるものも
ないものも

目に見えるものも
見えないものも

体の外も
中も


この星で起きているすべてのことは・・・
姿かたちはちがうけど
ちがうけど
みんな・・・



そっか
もともとひとつやから

時夫も クリスも
そしてわたしも

生まれる前からひとつやから
知ろうとせんだって分かる

信じる必要さえない」



「何言ってんの?あんたとクリスが同じだなんて?
みんな全然違うじゃない!」



「それでええの

草も虫も
みんな違うから
違うからひとつなんや。


わたしはクリスであり
わたしはラージャ」




***


わたしたちは
すべて
この世界にいきるわたしたちは
すべて
みんな


同じひとつのものから生まれたんだよ。


この世界に生きるどんなものも
害虫だって
病原菌だって
そしてこの空を彩る鳥たちだって



この空から降る雨の水が
川となって流れ
海に流れこんで
また、空にとけこんでいくように

そして
わたしたちのトイレを流す水が
かつてはルルドの泉に流れていたのかもしれないし
これからそうなるのかもしれないみたいに

どこにもほんとうは境界なんてなくて

わたしたちは

同じ
生命の流れの中に
生きてるんだよ。

それを
頭じゃなくて
心でわかることができたら
それだけで
きっとわたしたちはもっと普通に生きられるんだろうに。

今わたしが恵まれている理由

ヴィパサナにServer(奉仕者)として行ってきました。

そのおかげで・・・ なんだか、日本にけっこう慣れたよ?
今もう、日本とインドのギャップに動じないもん。
ありがとうゴエンカ師、そして仏陀、っていうか、この宇宙★

なぜかてきとうに出たのに電車の接続やバスの接続がうまくいったという奇跡にも感謝。
あと私の布団だけ毛布やら寝袋やらあったかいものがいっぱい準備されてたという偶然にも感謝。
さらには、手が荒れたり心も体もクタクタみたいな感じでほんとに働けるの?
みたいな疑問を抱いてた私にも
自然?に、それか割り振ってくれたってのもあるけど・・・ 
”生徒と瞑想一緒にする係”という今の自分の状態にすっぽり当てはまる上に、
人でが必要だった役をやらせてもらえてほんとありがたかった!
自然の恩恵を感じます。私は守られている!!








それで

分かったこと。



わたしが恵まれているのは
何もわたしが、他の人より偉いとかスゴイとかそんなんじゃ全然なくて

ただ単に

わたしが過去世でいいことをして、いいことを考えてきた
その種が今たまたま育っているから。


ゴエンカ師の講話で、仏陀は、人を4種類に分けたという。

一人は、光から光に行く者
一人は、闇から光に行く者
一人は、光から闇に行く者
一人は、闇から闇に行く者。


光から光に行く者は、
昔良いことをして、そのときの成果の恩恵を受けて今恵まれている人。
でもその恵まれた状況を使って、さらに良いことをし
良い種を蒔いているから、
これから先の将来も恵まれ続ける人。


闇から光に行く者は、
今は恵まれていないけれど、
それを「これもまた過ぎゆく存在のひとつ」と認識している人。

今は苦労して、つらいことがたくさんあっても、
「そうか、これもわたしが昔悪いことをした、種を蒔いた結果なんだよな。
よし、いつまで続くか見届けてやろ!」と言い、
そして、それに動じず、良い種をまこうと努力する人。

つまり今はつらくてもこれからの将来、きっと恵まれる人。




光から闇に行く者は、
今は恵まれているけど、いいことを今してない人。
つまり、前蒔いた善行の種が今育っていて、恵まれているけれど
今は悪い種をまいているから、将来は恵まれなくなってくる人。




闇から闇に行く者は・・・、恵まれない中また悪い種をまいて、これから先もまた恵まれない人。









そっかぁ!!!


今、私がたとえばこうやって、ヴィパサナ瞑想の恩恵をすぐに得ることができたりするのは
別に私に才能があるとか、私が人よりすぐれているとかそういうことでは全くなくて

私が過去世で良いことをしてきた結果、良い種が今育っているってだけのことなんだ。


私はずっと恵まれて生きてきてる、やりたくてできないことはなかった気がするぐらいなんだけど・・・
でもそれって、”私”がスゴイんじゃなくて、〝過去世の私”が努力したからなんだ・・・!!


これに気付いたとき、私は自分の運の良さの理由を知った。


私がスゴイんじゃなくて
私が”たまたま”運がイイということでもなく


過去に積み上げてきた善行の結果として、今恵まれているということ。

裏を返せば、私も”今”また努力して、善行を積み上げていかなければ
今私が持っている”恵まれた環境”はすべてなくなっていくものなんだ・・・






じゃあ、努力しなきゃね。
今の自分の恵まれた状態に甘えていないで、やっぱり努力しなきゃね。


この世界は、かなり精密で精巧な科学とからくりでできている。

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