旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2014年02月

胎内記憶

昨日友人と話していて、現代日本での少子化問題を解決するにはどうしたら・・・みたいな話になって
そういえば、この前もらってきたUPLINKのチラシに
今「胎内記憶」についてのドキュメンタリー
「かみさまとのやくそく~胎内記憶を語る子どもたち~」が公開中ということを思い出し、
ちょこちょこネットで、胎内記憶を語った子どもの話を読んでいます。




私も、ちょこっとだけ、生まれる前のことを覚えていたりします。
覚えているのか、ふっとしたときよみがえるのか、よく分からないんですが。




私が覚えているのは、

・お父さんが、お父さんが生まれる前に既に、私を育てることを承諾したということ(お、お母さんは・・・?)

・自分には役割があり、その役割を果たすために自ら志願して生まれてきたこと

・その役割は既に前前から決定されていたことで、メインアイディアを考えた人は別の人(?)だけど
私がそれを実行する役柄ということ

・その後、自分は生まれる立場ではなかったのに、
わざわざ自分から志願して、
乗り物?一人用のカプセルみたいなのに乗って、生まれる人たちの中に混じったこと

・そして何かの計画遂行のために実は前座で何回か、有名な人の弟子になったりして学んでいること・・・


こんな感じで、
おかあさんの中にいたこととかは覚えてないと思うんですが。



今、読んでると、似たようなこと言ってる子供いっぱいいるんじゃん!

「カプセルに乗ってきた」
「人の役に立つために生まれてきた」
「おとうさんおかあさんを選んで生まれてきた」
というコメントがたくさんあり、妙に共感します。


私だけじゃなかった★
というのと同時に、
やっぱり
親を選んで
そして生まれることを選んで
生まれてきたんだ、私たちって・・・
と妙に納得。



でも、私は今一体、自分のいのちを最大限に使っているのかなあ・・・?
そして、私はいったい、その「志願した実行内容」を本当に実現しているのかなあ?
ダメダメに生きてる気がすごいします。

そして、
何気に実は
わたしから生まれてくる子供たちにも会ったことがあるので・・・

その子供たちが生まれてこれるように自分を整えないとダメなんだよな・・・
っていっつも思ってるけど、全然ダメダメだな・・・
煩悩にまみれまくってる生活だよな・・・。


反省どころじゃないなあ。

たぶんどこかで生き延びている

「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」の感想の続き。





人間の歴史をよく見つめて知っている
本当は神のような存在の吸血鬼が
今の(ゾンビのはびこる)人間社会では・・・



逃げまどい、
正体を隠し、
サングラスをかけ少しでも光に当たるのを防ぎ、
夜にしか活動せず陽の当らないところに生き、




生きるのに困るほどに
細々と
なんとかやっている
という
この事実。





明らかに愚鈍な人間(ゾンビ)よりも
芸術にも科学にも長け様々なことを知り
ゾンビ史上(笑)に名を残す人間を何人・何百人と育て、
すぐにでも人類を救える技術や知恵をいくらでも知っているようなこの彼らが、



「ただ生き残る」ことにだけエネルギーを費やしているという皮肉。





確かに、今はインド哲学でいう、カリユガの時代。


インド哲学的にも、真の叡智は忘れられ、
真理というものが偽物やエゴや闘いや憎しみや嫉妬や欲やカネの世界の中で
細々となんとか生き延びるという時代だと言われている。

つまり、ゾンビがはびこり、
吸血鬼は追いやられる時代。



(確かに、シッダ医学も細々と影で生き延び、
栄光の光が当たるのは、”ゾンビ”(ここで言う場合は白人)が発明したとされているものばかり。
「アーユルヴェーダ」と、アーリア人のものに名前を変えて生き延びているシッダの叡智がたくさんある)


アメリカ先住民も、”ゾンビ”に征服され、仲間を殺されても
そのスピリットだけを細々と生き残った人たちの間でひきついで
今はその教えは形を変えて存在している。





古代の叡智と、「吸血鬼」のメタファーが、
この映画を通して
私の中で同じになった。



まるで、自分の仲間がまだ生き延びているんだよ、というサインのような映画だった。






もしかしたらたぶん、
ほんとうに
アダムとイヴぐらいしか残ってないのかもしれないけど
それでも細々ときっとどこかで
絶滅しそうな
今にも消えそうな
古代の叡智は
どこかで ほんとうに 切れそうになりながらも 
すれすれで生き延びている
火の鳥のようにまた生まれ変わってやってくるその日まで
また、芽が生えるその日まで

吸血鬼のリアル「オンリー・ラヴァーズ・レフト・アライヴ」

成り行きで、やっとこさ名画座で映画3本立てを観てきました・・・!
色んな偶然が重なって、観ることになった3本。


突然ですが・・・私の映画好きはかなりのものだったと思います。

10代の頃は試写会で年間250本の映画を鑑賞し、その通度は批評家並み?
(東京国際映画祭はパスで行っていたし、ほとんどの映画は上映前に観ていた)
アメリカ・エルパソに留学したときも、まず探したのが映画館(笑)
そして見つけた世界的映画通のやっているシネマカフェ
(なんと、毎日、ミニシアター系の映画を上映!しかもカフェ代のみ!
しかも違法だけどレンタルもしていて、その品ぞろえは渋谷TSUTAYA並みかそれ以上!
休みは彼らが映画祭に行く時!)に通いまくり
そこでも驚かれたほど映画に詳しく、
大学の映画館のマネージャーの後任も直々に頼まれるほどの映画通で
(しかも、大学ではすでに私が選んだ映画2本が上映され、
あっちの映画オタクにウケていた)
ツーソンのアリゾナ大学に編入したときも地元の単館に通いまくり
友達も主に映画を通じて知り合っていたというほど・・

若い頃は映画三昧というか、映画が人生みたいな感じでした。


もちろん、
ケララの田舎引きこもり生活で一番キツイと感じたことが、
映画が観れないということでした!!
(そしてチェンナイに行くたびに山の様にミニシアター系DVDをなぜか発掘し買ってきていた)
映画さえ観れれば、まだ孤独も少なかったし楽しみもあったし・・・。


そして、そんな筋金入りの映画好きのこの私が!!

「日本に帰ったら一番嬉しいのは、黒沢清とか、日本の映画や
とにかく映画が観れる!ミニシアター行ける!」

・・・と思っていたこの私が!!









・・・今日まで、ミニシアターには行かなかっただなんて、
インドでのダメージと休養の必要性と、東京の都会がどれほどの脅威だったのか測り知れないかも。
無理は禁物ですね・・・。






うわ、こんな無駄話おいておいて、映画の話をしたかったんだった。
***




名画座で観た2本の映画が期待外れだったので、次の上映作品を観てみたら、
巨匠・ジムジャームッシュ監督の作品でした。
この監督の作品は、ちょっと退屈だけど味があってけっこう好きだし、
今日2本目の作品の後味が悪すぎたこともあり(「パリ、ただよう花」)
観ることにしたら・・・
居座った甲斐がありました。とても面白かった。





もし、吸血鬼が、今、この時代に居たら、きっとこんな生活に違いありません。

この映画に出てくる吸血鬼は、めちゃくちゃリアルです。

Iphoneをいじくり、Youtubeで見た画像の話をして、
うまくなんとかこの人間の現代社会に溶け込んでいます。

昔、人が無造作に死んでいた時代(15世紀ごろ)のように、
死体にまぎれて襲った遺体を棄てることも容易ではない現在、
血を吸うのには、人を襲うのではなく
病院のドクターに高い裏金を払って献血用の血を買って生きています。


そう、この映画は、ありきたりの「人間からみたヴァンパイア」ものではなく、
なんと!!「ヴァンパイアからみた人間社会」の話なのです!!!




一生懸命、切れそうになりながらもスレスレで生き延びている吸血鬼たちのリアリティが
ひしひしと伝わってくるだけではもちろんありません。


彼らの当たり前の日常会話の中に、
彼らが何世紀も生きている、人間とはかけ離れた存在なのだという神性が見え隠れします。

「前の話っていつの話?87年前のこと?」
というように、彼らのフツーの会話が、明らかにわたしたちの時間を超越しています。


「シェイクスピアに本を書かせていた時代、もしあいつに会ってたら、あいつをモデルにしたのに・・・」
「シューベルトに贈ったあの曲」
というように、彼らは、ただ長く生きているだけではなく、
世界的に功績を残していた芸術家や科学者にアイディアを与えた
(むしろ彼らの作品は自分の作品だったりして)
歴史の裏方であり、真理を掴んでいる至高の存在なのです。

それだけ長く生きていて、色々なことを知り、様々な歴史や苦難を乗り越えてきたけれど
(「ペストのときだって洪水のときだって頑張ってきたじゃない」というセリフがある)
その生き方は、吸血鬼によって違うし、物事の捉え方もそれぞれ違います。

そう、すごいのは、登場人物とその配置です。

登場人物がストーリーの中で意味を持って現れているだけでなく
きちんとその一人一人は生きていて、それぞれの現実を持っています。
登場人物の個性によって、吸血鬼には、まだまだ若くてやんちゃな子もいれば、
年をとった賢者のような人もいるのだと、
たった4人の配置なのに、吸血鬼の世界の奥行きがよく出ています。
そして登場人物の登場の仕方と、去り方にも深い意味があるのです。



長年生きてきても、学びきった集大成のような人もいれば、同じ間違いを繰り返してる人もいる。
悟ったことを言ってても子供っぽい考え方をする人もいる。
たった4人の中にこれだけの多様性を生み出すだなんて、
ジムジャームッシュ監督、素晴らしい人間観察力です!!

特技も、人それぞれで、主役の女イヴは、観たり触ったりしただけでものの年齢や出身が分かる能力、
男アダムは芸術や音楽の才能と、多種多様。
それらがたった数十年で培われたものではなく、
何世紀にもわたって得られてきた賢明さだということも簡単に浮きぼりにできるだなんて、
マジですごい演出力。






そして彼らの会話の中から浮き出てくる、
わたしたち人間の愚鈍さ。学ばなさ。

主人公のアダムは、無知な俗人・野次馬・一般大衆のことを「ゾンビ」と呼びます。
「ガレリオを裁判にかけキリストを処刑しダーウィンの進化論を未だ疑ってるゾンビ」
彼らにとっての「ゾンビ」は、真理が見えない無知な世間一般の人たちを指します。
この風刺力といったら(笑)


「ニコラ・テスラは既に電線のいらない電球を開発していたって言うのに」
とアダムは恨めしそうに電線を睨むところなんて、
キリストの時代から変わらず、真理を突き止めた者は即排除される”という
ゾンビ人間社会の風刺の最高潮だといえるでしょう(笑)


心もなく、知性もなく、そして無限に増え続け、やっつけてもやっつけても襲ってくる・・・
「ゾンビ」のイメージが、「無知であるということの悪」にぴったり重なります。


命日

今日もまたあなたの命日

わたしは今年あなたと同じ年になるんだよ。
でもあなたは、出会ったときのまま、
いつまでも私はあなたの年に追いつけずにいる気がする。
たぶんきっとずっとそうなんだろうね。

9年目の今、想うのは
ただ、
天よ
あのひとがわたしを包んでくれた愛で
この宇宙のどこかにいるだろうあのひとを包んであげてください
あのひとが安全に次の人生を渡れるように 手助けしてあげてください。


わたしは あなたともう逢えない
わたしは、亡くなったおじいちゃんやおばあちゃん、ペットたちと話したり
亡くなった人と会おうと思えば会うことができるけれど、なぜか知っている。
わたしは、あなたにはたぶんもう逢えない。

だけど、あなたがわたしと出会って、
あなたが教えてくれたことすべての事実という歴史は
わたしの中にずっとずっと脈々と生き続けている。

かわいくなろうと努力しなくてもいい
ありのままでいい
何者かになろうと努力なんてしなくてもいい
わたしがわたしでいるだけでいい
あなたがあなたであったというだけで
たくさんのひとがあなたの 死を 悼んだという事実
わたしがもし 今死んだとしたら あなたのように悼んでもらえるかという疑問
あなたはわたしにきっと一生問い続けるだろう
わたしがわたしであれば、それですべて十分なんだって。


「けっきょく、俺、何もしなかったな」って思わないで
あなたは あなたでいるだけで十分役目を果たしていたんだよ。
そしてあなたが ありのままに愛して受け止めてくれたから
わたしは 人を愛するということの重さと深さを知っている。
愛よりも大きなものなどないということを知っている。
目に見えるどんな関係よりも、
目に見えない絆のほうがずっと強いことを知っている。


あなたがもし生きていたら
わたしはきっと 今の自分とはまったく違う人生を送っていたのだろう
だから、ありがとう

いま、あなたは、あなたの居る場所で、
あなたらしくありのままに居てほしい
それが私の願いです

縛られないでほしい
捉われないでほしい
思いこまないでほしい
素直な目で見て 考えていてほしい
苦しんでいるのならそれを乗り越えて強くなってほしい
何をしていたとしても あなたがあなたであるということを
何よりも大切にしてほしい




神様、ありがとう。
あのひとがいたおかげで
今のわたしはここにいる。

あのひとがいたおかげで
わたしは自分を認められる
ありのままでいいって知った
そのものが大切だって分かった


きっと、生きていたら、色んな目に見えるしがらみが邪魔して
こんなに綺麗な想い出じゃなかったのかもしれない。

「奥さんになる?」と言ってくれたその言葉の気持ちの方が、
社会やお金の問題よりも大きく受け止められた
感性だけで生きることが許されていた
かけひきなんか知らなかった
そんなのときに出会っていたからこそ

わたしは、
あなたに出会い
そしてあなたを失ったから、
自分の人間としての深さを知っている
その深さは、愛だということを知っている
そしてその愛の深さは、どの人にも存在していて
人を越えたところにあるということも知っている


いつもいつも思いだすよ。
これから先、形式だけになりそうになったり、地位や名誉や欲にかられそうになったとき
あなたが
純粋無垢なままのわたしを
ただそのままに
受け止めて愛していてくれたことを
そしてそのおかげで
わたしは今、生きているということを

あなたの命をひきついで
わたしは
まだ
生きていきます。


だから
神様、
彼を誉めてあげてください
彼を見守ってあげてください
彼が孤独で苦しみそうになったときはそっと
わたしが
この世で彼に受けた愛を
返してあげてください

ありがと。

布ナプと月経カップの話。

インドに行く前(つまり5年前)
布ナプキンに替えようと思い購入してあった布ナプキンを使っているのですが、
めっちゃ快適すぎ!!!超最高!!!この感動を誰かに伝えたい!!!という勢いで記事を書かせてもらいます(笑)
布ナプ最高!!!(笑)



インドでは、ケミナプ(使い捨て)の値段がめちゃくちゃ高く、
しかもトイレで捨てる場所がありません。

ということで私は、
かなり日本人にはマイナーな「月経カップ(リンクはこんな感じで私が使ってるのは違うやつ)」という
カップ状の、水で洗って煮沸消毒のみで繰り返し使えるタンポンのようなものを使っていました。
これなら、1個でずーっと使えて、超経済的だし、ゴミも全く出ないし、
しかも、ナプキンを持ってうろうろ・・・とか、
汚れたナプキンをポーチに入れてとっておく、とかいうことも必要なく、
超便利!でした・・・が、ちょっと痛かったりして(笑)使うのが怖いときもありました。

めっちゃ便利で、特にインド暮らし的には一番合ってると思うんですけどね。

異物を常に入れてる感じが何とも・・・(笑)
あと、性生活がないときの使用中の不快感はちょっと厳しいんですよね。痛いし。
これが原因で生理痛が増すこともあり、お腹痛い時は無理・・・なときもありました。

貴重な(?)月経カップユーザー歴4年の感想として述べてみると、
超便利すぎるときもあるけど、使いづらい(装着時と外すときに痛い・異物感あり)というのが感想です。

無いと死ぬほど困りますけどね。あって本当にありがたいんですけどね。




そして日本に戻ってきて、家にあった布ナプキンを使ってみたのですが・・・
何コレ!!超気持ちいいじゃん!!
ほんとびっくりです。


ケミナプとは比べ物にならないほどの心地良さ!!快適さ!!気持ちよさ!!
あの「がさがさっ」とした気持ち悪いケミナプにはもう戻れません。
コットンのふわっとした優しい感触で、確かに生理痛減ったという人がいるけど、減るでしょうね。
負担が全然違いますから。

自分で洗って干さなければいけない、というのが
「汚い」とか「めんどい」と感じる方もいるかもしれませんが、

抗菌系アロマオイル(ヒノキ・ユーカリ・ティーツリー・ラベンダーなど)
を入れた水にひたしておけば、いい臭いがするし、
ゴム手袋使って洗えば別に汚くないし・・・


「ケミナプをわざわざ買いにいき、なかったら大変なことになるというわずらわしさ&
ケミナプをトイレで取り換えて紙に包んで捨てる」
ということと、
「毎回洗って干す」というめんどくささは、
ほとんどプラマイゼロなのではないかと思います。

それに加えて、この快適さ。
もうケミカルナプキンは使えません(笑)
月経カップも・・・たまに使うだろうけど、布のが楽でいいや!


一般的に、一回の生理でケミカルナプキンは20個、年間で240個と言われています。
それを、インド人・日本人・中国人・アメリカ人・・・・世界中の女性が使ったら・・・
一体この世のゴミはどれほどのものになるのか測り知れません。
そうでなくとも、一生ケミカルナプキンを使い続けた場合、
240個×約30~40年間分のゴミを出し続けることになります。

わたしたちの自然なサイクルである生理=ゴミと汚染の増加って
公式として不自然すぎますよね。

小宇宙(わたしたちの体)は大宇宙である環境と繋がっています。
もし、私たちの生理のせいでこれだけのゴミが出て環境に何かしらの影響を与えるとしたら
それは確実に女性の体に直接返ってくるということです。

今現実にある問題として、
ケミナプの化学成分に影響を受けている人は少なくありません。
肌が弱い人はかぶれる方も少なくなく、
布ナプキンに替えてから生理周期が整った・生理痛が減った、
などという声は後を絶ちません。



つまり、布ナプキンというのは、

・ケミナプよりずっと超快適!!
・婦人科系疾患の予防に繋がる!
・生理痛や生理不順などの生理に関する悩みも減る
・ゴミを出さずに済む
・長くみると経済的
・ケミナプの補充のわずらわしさと恐怖から解放される

などと、

ケミナプの持つ「使い捨て」というメリットを
遥かに超越したメリットがあると私には思えます。




吸水性や安心感や薄さについても、
今の時代布ナプキンは色んな種類も出ているし、
吸水パッドなどが中に入った大きさも大きい布ナプキンなどもたくさんあるし・・・

むしろ私の場合、ケミナプよりも替える回数ずっと減ってて楽ちんです!



というかこの付け心地の良さ!!一回使うときっとはまります。めっちゃお勧めです!!



※ちなみに私は評判の高い「白うさぎ」を使いました。この素材感~最高~!
「すいーと・こっとん」も使ってみましたが、白うさぎの方が使い勝手も心地も好きでした。
ケミナプを例え使ったとしても、捨てる場所に困るインド(笑)に持っていくために
買い足していこうと思っています。

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