旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2014年07月

アメリカ先住民の言葉

「あなたが大きな船に乗り わたしが 小さなカヌーに乗ろうとも わたしたちは 同じ川の水を分かち合わなければならない」

ポテンシー

ところで、シッダ(アーユルヴェーダも同じ)にも、ホメオパシーのような「ポテンシー」があります。

ホメオパシーの治療では、同じ原料を使った薬でも、「ポテンシー」を変えることにより
重症~軽症の症状に対応します。
たとえば、Nux Vomicaという超一般的な薬には
「0」「30」「200」「1000」「1000000」といったようなポテンシーがあり
この「ポテンシー」が的確でないと
同じNux Vomicaという薬でも、効果が出ません。
(ちなみに「0」はチンキ状態で、Nux Vomicaは毒性の植物なので普通では使われませんが
私の先生は、自分自身の経験により、
アロパシーの薬による副作用の解毒に使っています。めちゃ効きます・・・
でも、たとえば「200」を飲んだとしてもそれにはあんまし効きませんw)




シッダにも、ホメオパシーとは全く違う医療システムですが、似たような「ポテンシー」があります。

たとえば、同じ Tinospora corlifoliaという薬草でも

低:粉薬
   ↓
  煎じ薬
   ↓
  チンキ
   ↓
高:シーンティルチャッカライまたはグドゥチサットワ(薬草のエキスを抽出しそれを乾燥するのを何度も繰り返した非常にポテンシーの高い薬)



という順番で効力が違います。
ちなみにこのシーンティルチャッカライは非常に有用で様々な病気に効きまくりで
しょっちゅう使われるため、どこの薬局に行っても見つからなかった~ という経験をしたこともあります。
粒子も粉薬と違い荒くなく細かいため、すっと吸収されるようですね。

薬がない場合は、煎じ薬の濃度を濃くしたりして処方したりします。
つまり、煎じ薬にも「ポテンシー」があります。
※しかし、最近の科学的実験では、
糖尿によく使われる煎じ薬は、古文書のやり方に書いてある通りに1/6に煮詰めた場合でないと効果が出ない
(1/7 や 1/8では効果がみられなかった)ということもあるので、その薬によって使い方は考えないとダメなようです。
※ちなみに1/7とか1/5とかはなく、4の倍数しか処方すべき煎じ方法はありません 1/4,1/8,1/16とか)



たとえばもし、レヒヤム(ギーと牛乳、ハチミツで粉薬に栄養を付加したもの)が効かなければ
キルタム(半オイル状の薬)というもう1つランク上のポテンシーに上げたりします。




これも、ホメオパシーと同じく、いきなしキルタムという高ポテンシーの薬を出してもダメで
その人の状態によっては低いポテンシーのほうが効いたり、体に合っていたりするので
もちろん、色んな状態を考えて処方しないとダメだったりします。
ここは、形は違えど、そしてたぶんホメオパシーの方が難しいですが(ポテンシーの数多いし)
ホメオパシーとけっこう似てる気がします。

ゆだねなさい

神様には
なにか考えがあって
わたしを
ここに居させて
こういう体験をさせているのだろう

神様には
考えがあったから
わたしは
10代でエリート校を辞めて、世界を旅したのだろう

神様には
考えがあるから
だから私は
たまに奇跡的に知り合った人や、みたものたちから
間接的にアイディアを得て
それを蓄積しているんだろう

だけど
きっとそれには時間がかかる

だからわたしも
ゆっくり待とう

そして
神様には考えがあって
わたしは
今までの人生の経験すべてを体験しているのだと
信じてゆっくり待とう

ときがくるまで


フランクルは、日々の「態度」によっても人は人生に価値を見出せると言った
毎日の日々を
もし、無駄にだらだらしている日があったとしても、それは休息に必要だったということとして認めて
そしてインドの田舎で孤独に一人で誰も理解してくれる人も料理してくれる人も掃除してくれる人もいないし
友達もいないし支えてくれる人もおらず、全然文化と生きるペースが違う中やっていくのは
6年経ってる今でも厳しいのだから、仕方ないってことをちゃんと受け止めて

わたしの「今」を受け止めて
神様の考えを信じて
毎日の日々にきちんと向き合って
ゆっくり待とう

ときがくるまで

I"s 最終巻と実存分析





何この漫画~~
超泣いたんですけど、ラスト!!!!
めちゃくちゃいい話じゃん!!!!!!
何このラスト~~!!!


・・・でも私は男より夢を取るだろう派なので、伊織ちゃんがホントにこれでいいのか分かんないけど・・・
でもきっと、伊織ちゃんは芸能界とは違う形で演劇をやっていくとか
そんな風にきっとなるんだろうね★★


・・・ちなみに私としては、この漫画の中のカワイイ女の子の中では泉ちゃんがタイプです。



で、こんなこと書いたって仕方ないのでこのあらすじと、
ピュリッツアー賞受賞者の歴史に残る精神科医の実存分析についてちょっと考えてみます。


前にも書いたけど、
実存分析の目的は
「使命・責任を本人に気付かせる」
ということに尽きるようです!(ちょっと自信ないのはまだ勉強中だからです!)


そしてこの漫画「I”s」は、まさに、ラストでその真骨頂を描いている気がします。
私がこのラストに号泣したのは、ただ単に泣けたわけじゃなくって
何かこの話の中に真実が含まれてるからなんだろうなと分析した結果、
フランクルが言ってることを物語で表現してくれているっぽいことを発見したのです!!





この漫画の最後のほうで、
高根の花と思っていた伊織ちゃんと両想いになったものの、
芸能界デビューをし、商業舞台に出はじめ、
しかも雑誌やテレビにも出始める伊織ちゃんに
イチタカくんは、自分との距離だけでなく




「着々と夢を実現していく伊織ちゃん」と、
「何の目的も夢もない自分」




を比べてしまい、自分が本当に彼女にふさわしいのか、
せっかく、やっと、3年越しの恋が実ったのに・・・悩みます。(なんつー、人生のドラマが凝縮された漫画だー)
(他にも色々悩むことはあったのだけど、これにフォーカスしてみます)


思えば大学受験も、伊織ちゃんと同じ大学に行くためで、他に理由はなかったし、
「自分の夢」を見つけてみようと一人暮らしをしようとしたりしても見つからないし
着実に夢に向かって突き進んでいる伊織ちゃんと、どんどん距離が離れていく気がして落ち込みます。
しかも伊織ちゃんはどんどん雑誌やCMやらに出て有名になっていくし・・・
さらなる距離感と、自己嫌悪感に彼は悩まされます。



突然ですが、

フランクルの「実存分析入門」に何度も出てくる言葉にゲーテの言葉があるのですが
ゲーテは


「我々が人間を彼らがあるがままに受け取るならば
それはよい扱い方ではない。

我々が彼らを、彼らがそうあるべきであったかのように取り扱うならば、
われわれは彼らをその行くべき方向へと導くのである」



と言っています。


・・・漫画「I”s」では遠回しに、ゲーテの言っている言葉を超意訳してくれてます。


「人間を彼らがあるがままに受け取るならば、それはよい扱い方ではない」
→「夢がなくてプータローでダメなイチタカ」


・・・漫画「I”s」では、「夢があったって、私の元彼氏みたいな人だっているわけだし、そのままの瀬戸さんでいいと思います」という手紙をくれる子がいたり
「うちらだって何の目的もなく大学行ってるんだよ。寺谷なんて完全に合コン目的だし」
「プーだろうがなんだろうが肩書きなんて関係なくてお前はお前だろ!」
と大学合格組の同級生は言ったりします(なんていい人間に囲まれてるんだ彼は)

イチタカの本当の姿って、そんなんじゃないんだよ★ってこの漫画では繰り返し色んな形で導いてくれます



そして、ゲーテの次の言葉。

「彼らがそうあるべきであったかのように取り扱うならば、
われわれは彼らをその行くべき方向へと導くのである」



→「伊織ちゃんを大好きなイチタカ!!!!」
伊織ちゃんを守るために護身術を教えてもらおうとするイチタカに快く教える越苗くんや
伊織ちゃんを犯行声明犯から守ろうと張り込みをするときのイチタカが「輝いてるな」と嬉しそうな親友、寺谷。

また、プロダクションから圧力をかけられ、伊織ちゃんに別れを告げたイチタカに
「そんなんじゃ私たちが納得できないって!」と同級生や、親友、(私の大好きな)泉ちゃん★たちが
伊織ちゃんのラジオ収録の日に彼の家にまで駆けつけて、みんなは彼の在り方を応援します!!




そして、「彼らがそうあるべきであったかのように取り扱うならば、われわれは彼らはその行くべき方向へと導くのである」
というゲーテの言葉と、「実存分析とは、使命・責任をその人に気付かせることなのである
というこの二つのポイントの真骨頂が最終話に描かれています。



うーん、色々あって、主人公イチタカはこん睡状態の夢で、「自分の在るべき姿」を見ます。
自分には「何もない」と思っていたけれど、
「伊織ちゃんをずっと一生守る」という、確信できる自分の姿に気づくのです。

・・・これぞ、「使命・責任をその人に気付かせること」そのもの。


さらに「彼らがそうあるべきであったかのように取り扱うならば、われわれはその行くべき方向へと導」いてくれた
幼馴染で理解者のいつきからのビデオレター。

いつきが、「いっチャンと同じ”夢”を私も今持ってるんだ!!」という内容。


「夢なんかない」と悩んでたイチタカに彼が持っていた”夢”を教えてくれるいつき。




それは、好きな人に幸せでいてもらいたいと思うこと、
そして一緒に幸せになるということ★

「自分のことじゃなくて人のことも考える夢なんて
なかなかできないよ」


って言ってるいつき、マジで泣かしますぜ!!!




イチタカは「社会が欲している”夢”」が自分にはないし、”プータローである”という肩書き
(さらには、彼女になった伊織ちゃんがどんどん有名になっていくのをみて自分との差への焦り)
に悩んでいたわけだけど、

「イチタカが在るべき姿」というのは
そのまんまの、そうあるべきであったのかのような、「伊織ちゃんが好きで伊織ちゃんを守る」

ってことだったんだよね★


これに気付かせてくれる、しかもそれを、「自分の使命」とか「夢」とか大きく見える人生の目的とつなげてくれる
この漫画は、まさに私に、しつこいけど、


「われわれが人間を彼らがあるがままに取り扱ったならば、それはよい扱い方ではない

われわれが彼らを、彼らがそうあるべきであったかのように取り扱うならば、

われわれは彼らをその行くべき方向へと導くのである」


というこの言葉の真骨頂という快挙を成し遂げている作品だと思います。

しかもそれが、
仕事とか、俳優になるとか、私みたいにインドで医学をやって人類に貢献するぜ!とか、そんなたいそうな夢じゃなくて

「ただの恋」というところに超身近に感じるし、

そして、「うーん、私にはできない」(この漫画のラストでも、「なかなかできないことだよ」といつきは言ってくれる)

みたいな、”プータロー”で”夢もない”イチタカくんの
ありのままの姿のすばらしさ

みたいなのを感じるところに
フランクルの実存分析の真意が描かれている気がしてとっても感動しました★



青春って自分の在り方に悩むということで
それそのものが「自分の責任や使命について問う」ということで
それって、実存分析じゃん!

つまり、実存分析は、私たちが思いきり通り過ぎた青春そのもの★尾崎豊★(笑)
つまり、実存分析って、なんかたいそうな名前がついてるけど
「わたしたちがどうあるか」という、みんなが通り過ぎていく青春、つまり、誰にでもあることなんだあ!!
みんな人生の上ですでに実存分析やってるじゃん!(私もそうだったか)

背伸びしたり、無理したり、かっこつけたりするんじゃなくて
ありのままでいい、その良さがいい、ということを、イチタカくんの恋愛(誘惑もいっぱいあったとこがまたリアル★)を通して語ってくれてるこの漫画は

なんか今読んで格闘し気味のフランクルの実存分析について素晴らしい意見を与えてくれた気がします。



なんか数日めちゃへこんでたけど、生きるって、そうなんだよね・・・
自分がどう在るか見つけていってそれを実現していくことだよね。

その助けにいつか自分もなれればいいな★

漫画を通してでも、医療を通してでも、何を通してでも、それはできることなんだねー


ほんと、いい漫画だった!!





あんま青春映画とか青春ものとか恋愛ものとか触れないけど、他の恋愛漫画とか超薄っぺらく見えるほどにw(でも全然読んだことないから言えないけど)確実にアメリカのドラマやインドの恋愛はただの”偽装”に見えるw

テレビ局トラブル

はぁ~ ケララで有名なテレビに出ることになった。
というのは先週書いた。

そして、そのために、オフィサーとか校長とかに呼び出され、
インタビューの原稿を書いたりなんとかして、
「明日撮影だからね!」と言われて準備したら(ちょっとお洒落とか?)
それが「やっぱ明後日みたい」ってのが2回続いた。

もう超無駄なエネルギー消耗したー。



そして今日。
もうなんか最近体調がダメダメな私は、疲れすぎてて休みが必要なので
朝先生が来る前に出席のサインしにいって、休もうと決めて、用事を済ませた後
私は家に戻っていた・・・ら・・・

「ちょっとあんたどこにいるの!?テレビ局来たんだけど!!!!!」

と電話がかかってきたというお約束の展開が!!!!!

今日来るなんて知るかよ!!誰も知らなかったよ!!!
しかも、今日はめちゃくそ疲れて死にそうだから、休もうと思ってたのに、
病院にいることすら無理なのに、インタビューに出るなんて超無理だよ!!!


そしてソッコーでしかたないので病院行ったら、
「お前、出席のサインだけして病院にいないなんてどういうことだ!!!」
ってソッコーで怒鳴られた。

めっちゃ怒られたし、
しかも、出席のサインだけして逃げたということが、校長とか、すべての先生に知れ渡った…。

私に怒ってきた先生は私よりも年下だし~、なんか嫌いな人なので(涙)
私も素で反抗して、それがさらに彼を苛立たせ、「どういうことだよ!」と無駄に怒られる。
「先生の電話番号知らないから連絡もできませんでしたけど」って言ってみると
インド人お約束の「That is not my problem」って返ってくるし、
出席のサインをわざわざ消して、(しかも私が贈呈した修正テープで)「欠席」にされたし!!!


もともと疲れて、孤独に耐えられなく、気持ちも沈んでるのに、マジ何なの~
泣きそう。


しかもその上撮影???

もう超逃げたい。
早く家で寝たいのに、何時に帰れるかわかんないじゃん!!!!サイアク!!






と思ってたら、







「あ、なんか撮影、シッダ医学じゃなくてアーユルヴェーダについてで、
別に君のインタビューとか要らないみたい」





だとさ。




なんか、学校側は、シッダ医学特集だと思い込んでいたけれど
テレビ局は、今はカルカダカ月(パンチャカルマなどの病気予防・アンチエイジングをやると良い月)なので
それの特集をしたかったそうです。

急きょ私じゃなくてスタイルのいい女子がシロダーラの撮影の犠牲になり、

製薬ユニットの友人は、「俺だって今日1日かけて色々準備したのに、
やつらは”そんなの要らん!”って言って
”カルカダカガンニ(この月に毎日摂取するとパンチャカルマに相当する薬用粥)はどこだ!
なんでお前準備してないんだ!バカ者!早く準備しろ!”とかボロクソ怒られてサイテーだよ!!!」
って愚痴ってるし。




はぁ。

超~インドだった今日。
そういえばインドってこんなんだよね。
もう超疲れたー




って!!!!!!
まだ続きが!!!!!!!!!!



実は、パンチャカルマについてのテレビ撮影は一部で、
テレビ局は病院とかも撮影したいらしく、シッダも撮影したいらしく・・・・



今、先生に「明日キツイんで休みます」って電話したら

「明日は君のインタビューだよ~~~!!!!!どうするの??!」


って言われた・・・・



何なのもうコレ!!!!!
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