旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2015年01月

ありのままを観る



ものごとを 先入観なしに よくきき よくわかる

ありのままを 観る

これって、けっこう難しい


今 わたしの目の前にある現実が見えているのか?
それともわたしは わたしが見ている現実を見ているのか?


もし ありのままにきき、わかることができるなら
わたしはどこにでも行けるし どんなことでも理解できるだろう


ありのままを観る力は
先住民の人たちが知識よりも大切にしてきた
自然から備わった賢明さでもある

そのままを受け入れて
そのままで知る
ありのままを見つめること


私は最近、それができてないと、頭で感じている。


患者さんに薬を出して、その後「あの薬じゃ足りなかったかもしれない」とか悶え苦しんで悩みまくっていたとしても
患者さんが良くなるか 良くならないかは 私の悩みや悶えに関係なしに起きていて
その差によく驚くことがある。

「これで治るのかなあ~」とか思ってる私に、
「2日で良くなった」とか「1回で良くなった」と患者さんが教えてくれて
私は現実に引き戻される。



この前、アーユルヴェーダドクターに、サンスクリット語文献のセミナーに誘われたとき、
私は「サンスクリット語なんて何も知らないしサンスクリット語文献なんてもっと知らない」
とビビっていたのだけれど、実際にちょこっとセミナーを覗いたら、
タミルの文献に親しみがある私にとっては、さして理解が難しい内容ではなく、
むしろとっても面白かった。




ちゃんと、目の前の、
目の 前 にある
現実が
私には
見えているのか?




私の頭の中とは全く関係なしに、事実は進行している。



思い込みを完全になくし、
ありのままに受け止め、客観的に観察し、決断を下す。



これは、どんなことにも大切だけど
医者にとっては一番必要なこと

何の先入観ももたず、現実を見つめ、
現実を自分の考えを全くいれずに
そのままに受け止めることができるなら
私は簡単に名医になれるとすら思う。


これができるようになるまでにまたどれぐらいかかるんだろうか。



“…
あらゆることを
じぶんのかんじょうをいれずに
よくみききしわかり
そしてわすれず…

そういうひとに
わたしはなりたい”

ただ 願う

ただ 祈る

わたしがこの先 私利私欲に惑わされ道を失わないように

わたしがこの先 これから正しい選択をしていけるように

わたしがこの先 与えられた機会をできる限り使っていけるように

わたしが この先 とにかく道を踏み外さないように

わたしが わたしがすべきことを 全て行っていけるように

心から祈る

わたしを通して行われるべきことが 行われますように
わたしが 自分に負けていかないように
心に惑わされないように

ただただ祈る。

師匠と住んでみる

やはり、本当に学ぶには住み込みで師匠の下で学ぶのが一番なのだと思う。

整形外科を実践するにはマルマが不可欠
マルマを実践していくには武術を通した理解が必要ということで
カラリは私にとっては不可欠。


カラリパヤットゥの師匠のところに

ものすっごい前から、「住み込みに行きます!」と言いつつ、
全然っ 機会をGETせずだったのだけれど・・・

先生のマルマの師匠が亡くなったのが何かのきっかけで
先生の家に泊まりにやっとこさ行ってきた。


やっぱり、師匠と一緒に住むと、普通に道場に行くよりも、学ぶものの質が全然違う。

まず第一に個人レッスン。というのもあるかもしれないけど、
先生の生活や生き方やものの考え方から学ぶものが多いし
そういったものが私には必要なのだろうと思う。


去年マルマの入門を教えてもらうために
3日間家にすみこませて頂いた先生のときもそうだけど、
3日とは思えないほどのたくさんのものを吸収させてもらった。
先生が食べている食事。
先生が毎日欠かさず2回行っている瞑想やお祈り。
シンプルすぎる家と、家に隣接したクリニックでの診察。
こういったものを24時間付きっきりで体験すると
ただ単に授業を受けているだけでは決して得られないものがあると感じる。
あの時も、先生の後ろにずっとくっついて、隙あらば授業をしてもらうという苦労をしたなあ…



今回も、カラリの師匠の生活の仕方や、私をもてなす態度から学ぶものが多すぎて…



カラリの師匠は、カラリの先生なのだから当然なのかもしれないけれど(笑)
朝5時に起きて朝飯前に3時間のトレーニングを毎日行っていたりして、
なかなかハードでしたw


夜、師匠は友達のおっさんたちとゲームをしていて
ちょっと幻滅~な気がしていたら、
師匠は「カラリ一筋だけでは生きていけないから、こういう全く関係ない趣味が必要だよ。
だから君もシッダやカラリ以外の趣味を見つけなさい」と言っていて、
うーん、確かに。。。そうだ・・・それは正しい。

今の私の息抜き → 
・医療ドラマ
・カラリの練習
・医学書の読書

・・・

となりつつあって、どこをどうあがいてもシッダか医学に繋がっていて
なんか24時間シッダのことしか考えてないみたいな生活してるんですが

ああ!今は猫と遊んだりはしてるか!(笑)
でも猫がケガしてたりするとその治療をするし・・・
やっぱり医学から離れる時間はあまりないです。


確かに、関係ない時間があってもいいよなあ。
人間としての時間というか。
けっきょくカラリもシッダに繋がってきてるし
何をしてもそれからは逃れられない気もするんですが。



師匠が言うには、学んだ後に教えるのは良いことなんだという。
教えると教えた分だけ自分も練習するから、それが練習になっていくんだって。
「だから君も私が許可をあげる時に教えていきなさい」
こういう伝統って、常に教えられて、学んで、そして次に教えて繋がっていくのだと
その大切さを改めて認識させられたときもあった。




「お前はカラリのマスターになる必要はない
医学に必要なマルマと
シッダドクターとして、”カラリを知ってるのか?”と聞かれたときに
”YES”と言えて
”じゃあ見せてみろ”と言われたら見せられる程度にできることが大切」



先生の家で
そんな風に言ってくれて、
そんなことを教えてくれて、
一緒にごはんを食べて、
一緒に犬にエサをあげながらそんな話をして



泊まった部屋では
「昔、マルマの伝統医の私の師匠は、この部屋で色んな人を治療していた。
夜の1時ぐらいに肩を脱臼した患者が来た時もあった」そう。




そんな風に、


師匠と一緒に生活をすると

実感と共に、
ちょっとずつヒントを教えてもらっていけるのだろうなあ。





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