旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2015年02月

アガスティアの”葉”の”葉”と、ナーディにまつわる本当のはなし

瞑想を全然してなくてボロボロの最近です。
一度やめるとめんどくさくてやらなくなりますね(涙)ふぅ~そのせいで超体調悪いのにー



***

アガスティアの”葉”と日本語では呼ばれていますが、
現地では”アガスティアナーディ”または”ナーディ”と呼ばれています。
アガスティアは”ナーディ”を書き残した一人なだけであって、
この”ナーディ”は大量に他のシッダーや、リシたちによっても書き残されています。


葉というのは…青山圭秀がナーディを読んだときに、
ヤシの葉に書かれていたからそう名付けたのでしょうが、
大昔、エジプト人がパピルスに文書を残したように、
古代タミルの地ではヤシの葉で文献を残していました。

なので、シッダ医学の文献もヤシの葉に残されています。
私も一つ製薬法が記されたヤシの葉を持ってます(笑)
友人が「いっぱいあるからいいだろ!」と、
National Institute of Siddhaという国立大学で展示されていたものをもらってきたものの1つです(笑)

現在では、現代のテクノロジーを使い、
ヤシの葉をコンピューターに記録し、文字を修復し読み取り
保管するということをやっているシッダ医学のNPOもあります。

なので、葉に記載されているということはエスニックで神秘的な感じがするのかもしれませんが
それは幻想であるということをここに伝えておきます(笑)
単に、昔の資料の保存方法がヤシの葉だったというだけです。
エジプトのパピルスのようなものですね。


アガスティアの葉、と呼ばれるけれど、実際には「ナーディ」です。
(「ナーディ」という言葉には他にもたくさん意味があります)



***


また、「指紋をとり、質問に答える」ことにより葉を見つけていくのがやり方だと思われている方がほとんどだと思いますが、
実際には指紋をとって質問に答える方法は、正しい生年月日が分からない人のためにあります。
だから日本人には必要がない方法なんです・・・。

現地の人間では生年月日を西暦で覚えるという風習は、
最近入ってきたばっかり(大学入試やIDに必要)なので、誕生日が分からない人もいっぱいいるので
このシステムがあるんでしょうね。

でも普通はナーディの取得には生年月日と名前で十分です。
あとたまに 既婚・未婚、 子供が何人か、 職業 などの簡単なデータが必要だったりはします。

指紋をとっていくというのも日本人にとっては面白いという意味ではいいと思うんですが、
生年月日と名前で検索する方がよっぽど早く葉が見つかります。



****

あと、何度もこのブログに書いていますが、

ナーディの目的は「人生を予言してもらう」ことではなく
全うすべき人生を全うするためにどうすればよいかを知る
ということが目的です。

多くの代行業者の方がたは予言にフォーカスした宣伝をしているようですが
それはナーディの中のほんの一部の話であり、

本当の目的は人生に於ける障害を解消し、
より生まれた目的に近づいた生を全うできるようにする

ためのものです。


これは、タミルの哲学の解脱への道と繋がっています。
古代インドでは
人は1回の生ではなく、何回もの生まれ変わりが全てその人の魂の”人生”であると考えます。
普段日本では私たちは「私(例:アユミ)」という現世だけを考えますが、
古代インドでは私はアユミだけではなく過去世と来世を全てひっくるめた人生を人生と考えるのです。
生まれ変わる回数は、1回目の生から決まっています。
最後の生で、一回目の生から繋がってきた自分の生まれた目的を全うし、
天国に行くと古代インドは考えています。

その道は非常に長く困難であることは、誰しもが理解していることだと思います。
その流れに於いて、人生の障害をなるべく取り除いて、
自分に与えられた使命をきちんと確実に全うできるように促していくことが
ナーディの目的です。

こういう大きな視野で考えると、自然と、自分が生きるべき人生が何であるかを知り、
それに対する問題をなるべく減らし、生まれた目的にもっとエネルギーを注げるようにすることが
どれだけ大切か、
そして、
ナーディが「未来を知る」という小さなものではないことがお分かりになることと思います。




アガスティアやシッダーたち聖者はとても優しいです。
私たちを常に応援してくれています。

****


代行者について。

日本にはたくさんの代行業者があるみたいですね。
代行は誰でもできるでしょうが、ナーディの中に代行の旨が書かれている人は少ないです。
代行業者に頼む場合は、ナーディに「ナーディ代行をする」と書かれている人を選ぶ方が無難かと思います。。。
でも別に物理的に葉があれば読むわけで、なければ読まないので、関係ないと言えば関係ないとは思います(笑)

私としては、タミル文化や言語(私も超へっぽこなので・・・?ですが・・・笑 ナーディリーダーと直接連絡を取り合ってるので、通訳を介すよりはだいぶマシかと思います)を知らず、
増してやシッダ医学を知らずに、薬の章を代行して、さらに薬まで輸送しているのって、
どうなんだろう・・・と思ってしまうところがあります・・・。

まあ、そういう代行業者を通じて葉が読める方たちがいるわけなので、
それはそれなのだろうとは思っています。



田舎生活


ゴミを入れる袋をとろうとして
家主の家の横の積んである薪を思いっきり崩してしまった。

家主に電話したら
「今牛の食べる草刈りに行ってるからあと10分ぐらいで戻って来る」と言われる。

うちの猫は妊娠して、
私に毎日にぼしをせがんでくる。

今このパソコンを打っている目の前の窓を
家主と牛が歩いてゆく。

大きいヘビが堂々と通過していたこともあった。
サソリがいたこともあった。

集めた薪を頭に載せた、おんぼろサリーを着たおばさんたちはよく
私の家の外を歩いている。

ゴミは自分で焼くか、近くの古井戸にすてる。

ゴキブリは冷蔵庫から飛び出し・・・
(ゴキブリなんてただの虫)
猫の食べかけの煮干しを小指ぐらいの大きさの赤アリの集団が食べに来ている…
そして私のヨガマットに羽交い絞めにされて死んだらしいヤモリの死体がへばりついている・・・

夜になると蛍が飛んでいて
ぽつ、ぽつと暗闇に光が見えるときもある。
うるさい羽音のカブトムシは
よく光に惹かれてやってくる。



屋上に出れば
一面キュウリのつたが支配していて、
下をみると
唐辛子やナスが 家の周りに成っている

庭の木で取れたジャックフルーツやマンゴーで
カレーを作る

そういう 暮らしがある




プラサダナーディ

久々アガスティアナーディの話。

質問の答えが書いてあるナーディというのが存在します。
タミルナドゥの薬師寺・ヴァイッティースワランのお寺に保管されています。

普通は一人一生に5つまでの質問に答えられるそうです。

質問内容はなんでもOKなのですが、
例えば「来年住む町の名前は?」というような質問の場合は、
フルネームはなく、頭文字だけだったり、方角だけだったりすることがあります。


まあなんか参考にと思い載せておきます。


ナーディの本当の意味は、
多くの方がナーディを読みたい理由であろう「自分の人生を知る」ということではありません。

「自分のあるべきである人生を全うするためにどうすればいいか」
人生に於ける問題解決法の方がどっちかというと重要な目的です。
そのためにはあらゆる方法が用意してある(シッダ医学も含めて)
という風に考えれば素直に想像ができるでしょうか。


レムリアのひとたちとシッダ



レムリアのひとたちは
大昔
いま 私がいる このインドの地に
本当の本当に存在していた


そのひとたちの文明の一角が
インダス文明として現代に残っていった


レムリアの地は
もうこの地球にはほとんど残ってないのだけど
レムリアのひとびとは
この カリユガ を 生き延びようとして
大昔に
地球のあらゆるところに散って行った

そのひとたちの記憶は
ネイティブアメリカンたちや
日本の細かな伝統のなかにまだ少しだけ生きている


レムリアの子孫たちは
忘れているかもしれない
その記憶を

だけど
レムリアの人たちは
本当に存在していた


それは
人間と、類人猿に似た人たちがまだ生きていたころ
ホモ・サピエンスが誕生し始めたころ
それぐらいの大昔

ほんとうのレムリアの人たちは
清く、正しく、自然と語らい、人々と語らい、調和の中に生きていた




今このインドの土地に
未だ脈々と受け継がれる
このシッダ医学は
レムリアのひとびとが
生きてきた証


大昔
まことにこの世界と調和して生き
高度な文明を築いた
神話のなかの人たちのほんのひとしずくの智慧は
ドラヴィダの人たちに受け継がれ
インダス文明として残った

シッダ医学は
レムリアの文明の生き残り

***

シッダ医学は12000年の歴史があると言われていますが、
それはタミルの文献文化であるSangam(サンガム文学)の3代目が始まったのが12000年前である
=つまり現存の文献が12000年前のものであるということからそういわれています。

(※ある資料によると2代目のSangamは8000年前で
3代目のSangamは5000年前。
ですが、ドクター同士の言い伝えだ3代目のサンガンが始まった時期=シッダ医学の歴史とされている=
=12000年前です。)


12000年前にシッダ医学に関する文献が既に存在していたということは、
この医学は12000年前から形成が始まったのではなく
12000年前に既に完成していたと考える方が良さそうです。

そのためには、クマリ・カンダム(レムリア)文明の存在が非常に大切になってきます。
レムリアはどうやら1万6千年前に沈んだ大陸と言われていますが、
その頃に既に高度に発達した文明が存在していて、
その頃の名残がこのシッダ医学と考えて行った方が自然なのです。

マルマとカラリパヤットゥの発祥はカニャクマリの周辺と言われていますが、
カニャクマリは沈んだクマリ・カンダム(レムリア)が残った場所と言われています。

マルマが人体に存在するのは肉体が肉体として現れる前であり、
それを考えるとマルマの技術というのはとてつもなく古いと考えられます。
また、カラリパヤットゥは、現在ヒンズー教でも重要な神様のムルガ神やハヌマーンが習得していたとされています。



・・・ところで、
ゲーテは、
想像力の本質は、空想することではなく、
物事の可能性を現実的に考えることだと言いました。


可能性を現実的に考えてみると、
今神様や神話としてまつられているムルガ神やハヌマーンが、
過去の大昔に、実在していたとしたら。
失われた崇高な文明と今は見えぬ土地が実在し、それを神話として伝えている方が、
何の根拠もなく神話が存在しているよりもずっと論理的だし現実的では・・・。

タミルの言い伝えでのクマリ・カンダムが実在していたとする方が
シッダ医学、アガスティアナーディ、土地に伝わる神話、シッダに関連する言い伝え、
シッダに関連する科学(占星術、哲学、科学、医学技術、マルマ、カラリパヤットゥなど現存していて、さらに今現代でも凄まじい威力があるとされる科学たち)に納得がいく・・・。

レムリア大陸があろうがなかろうが
ドラヴィダ人は何万年前からかインドに住んでいたし、
少なくともその中でも1万年の歴史は確実にあるシッダ医学やタミルの伝統は既に我々人間には凄まじい伝統であり、
そのどれもが超古代文明の歴史的遺産としか言いようがない(=知られているところでは「インダス文明」)ですが


この大陸が存在していなら、なんか納得できるなあ、


と思う事実がいっぱいあるんです。


アガスティアナーディの伝統。なぜこの伝統は存在しているのかという事実。
本人の親の年齢・孫の生活状況・配偶者の親の生活状況と心境まで細かく読み取れる占星術技術。
カラリパヤットゥにまつわる神話と、カラリの発祥&言い伝え&カラリはヨーガや中国拳法の源流でもあるという事実。
シッダ医学がなぜここまできめ細かく、そして絶大な知識であるのか・・・

知れば知るほどに深まる疑問。

一体どこまで突き詰めていけば到達できるのか分からないほどの奥深さと詳細さ。

もちろん医学はどれも対等に奥深いです。
西洋医学を代表に、どれも半端なく詳しく、誰もが”一生かかる”であろうのが、医学でしょう。

でも、例えばホメオパシー医学が”内服薬”に徹しているのに対し(外用薬もたくさんあるが、基本は内服)
シッダは整形外科的技術、ヨーガ、生活習慣、モラル、出生、家の配置、町の設計など、
その科学は超多岐に渡っていて、
その1つ1つがまた天文学的に奥が深いのです。
ヨーガも一生をかけてきわめていく人がいるように、どれも同じく際限がないし、詳細な資料や詳細な内容が残っているのです。


これらのシッダのサイエンスの”基盤”となる我々の想像を絶する、
神に近い文明が存在していたと考える方が自然な気がするほどに途方もないのです。


ドラヴィダ人は数万年前からインドに住んでいたと言われ、
彼らが築いた文明の一部が遺跡としても残っている訳で、
明らかに高度な文明(今は存在していない)があったのは確かだし、
別に沈んだ大陸が実在していようがなかろうがいいんですが(笑)

とりあえず言えることは、
昔には、「クマリ・カンダム」と総称されているような、
超高度な文明が存在していて、今はその片鱗だけが残っている。
そして、その凄まじい知識の名残を我々の科学や医学にみてとることはできると思います。

これはこの科学たちの精度と際限のない奥深さを知らなければちょっと想像ができないかもしれません。
でもそれを知っていると、なんだか妙に納得がいくのが、レムリア(クマリ・カンダム)



ここで付け加えるなら、現地ではドラヴィダ人類発祥説(笑)とゆーのがあります。
タミル語が世界初の言語
ドラヴィダが最も古い文明
ドラヴィダ人が人類の起源、というものです(笑)

私も人類の歴史については一応のセオリーと仮説をアメリカの大学でかじりました。
現時点だと、人類の発祥の地はアフリカという説が最有力なようです。
そしてタミル人がたまに口にする「ドラヴィダこそが人類の発祥なのだ」というような話は、「え・・・?」という感じなんですが、

人類学者(考古学者)の研究方法というのが、本当にそんなんで証明できるのだろうか・・・
というやり方と仮説ばかりだった、
そして、仮設を立てないとどうにも話が進まない = 学者の想像力が勝負、な感じもあるので、
人類学者が唱えている説が100%正しいとは言い切れないとは思っています。
人間が自分の脳で考える内容には限界があり、物理的証拠にも限界があると思っているので
物理的な証拠がない史実(今の時代ではそれは相手にされませんが)というのはあるはずです。
というか、今までの歴史上、”残ってこなかった”史実のがよっぽど多いし・・・・・

だから、タミルの人たちがたまに口にする
「ドラヴィダの文明こそが人類の文明の源流なのだ」
「タミル語は世界最古だ」
というようなアーギュメントは、
もしかしたら全てが本当ではなくとも、
何かしらの真理を含んでいるのでは、と私はこの6年のインド生活で考え直し始めました。

そして、アーリア人がドラヴィダ人を支配し、カースト制を創ったりしてきたのは実際の話であるし
ドラヴィダ人がアーリア人より先にインドにいたのは実際のことであるようだし。

そして別に・・・ドラヴィダが人類の発祥でなくても、別に話は進むしな。







****

私個人の体験談

クマリ・カンダム文明については聞いたことがあったけど、
それが失われた大陸だったなんて現地でも誰も教えてくれませんでしたが、
・・・なんか流れで知りました。

 

先輩である友人でNPOパートナーのDr.Vinayakは

シッダ医学の本当の由来について教えてくれたとき

それは大昔の大昔で、12000年と言われているシッダ医学の歴史なんかより

ずっと古い昔の話だと言っていた

シッダーたちはそれをまとめただけで

ほんとうのシッダ医学が始まったのは

それはホモサピエンスの前ぐらいの話だって

超超大昔にとある民族は高度で誠実な文明を持っていて

それをアーリア人に教えたのがアーユルヴェーダなんだと。

シッダはその、大昔の高度で誠実な文明の人たちの医学なのだと。


 

そして

超プライベート話だけど、もんのすごい惹かれる水晶をネット上でなぜか発見し

(しかもそれだけ超ディスカウントプライス)

それの名前が「レムリアンシード」と知った。それ何?どうでもいいか…と思いつつ

一応調べてみたら、

レムリア人の記憶が入っている水晶という怪しげな由来を知った。

 

しかし、レムリア人は、ドラヴィダ人(つまりインダス文明)の祖先であり、

インドの土地に住んでいたという。

そしてその時代というのはとんでもない大昔、類人猿ぐらいの大昔だという情報も出てきた。

 

 

 

それって・・・

 

 

友人が話してた民族って、

レムリア人っていうことなんじゃないのか。

 

 

そうすればものすごい納得がいく。

 

 

なぜ、私はレムリアンシードに惹かれたのか。

(レムリアンシードと情報が本物かどうかは、?だが、本物だとしたら)

そして、なぜ、私はシッダドクターなのか。

なぜ、私はシッダ医学を選んだのか・・・(なぜシッダ医学が私を選んだのか・・・・涙)

そして、なぜ、私はシッダ医学をカニャクマリの地で知ったのか。

なぜ、私は全く興味のなかったカラリパヤットゥに出会ったのか。

なぜ、Dr.Vinayakはすらすらと、まるで生まれたときから知っているかのようにこの伝説を話していたのか。
 

 

カニャクマリはクマリ・カンダム(レムリア大陸)の残りというのが本当なら、

当時私が妙にカニャクマリの近くで居心地の良さを覚えたのにも納得がいく…

  

 

私がシッダ医学を選んだ頃、

私はネイティブアメリカンが大好きだった。一緒に住みたかった。

 

ネイティブアメリカンの持っているスピリットを、

医学的・科学的・現実的・論理的に証明したいと思い、

シッダ医学を選んだのが、他にも色々理由はあったが一番強い理由だった気がする。


ネイティブアメリカンも、レムリア人が大昔に動した人たちの生き残りらしいというのが
真実であるならば、これは自然な流れなのでは。

 


客観的に正しいだろうなと思うこともたくさんあるんだけど
何より
私が惹かれるものや縁がある存在が全てレムリア発祥のようだという事実。

レムリアの史実は
私の実在証明である。

かなり切実に
クマリ・カンダム(レムリア)は存在していた。



アガスティアすごすぎます>胎児の成長過程

 

今日1日、講習改正のための資料作りをしていたのですが、

次の講習のときのために新しく仕入れるトピック、

 

聖者アガスティアによる胎児の成長過程と、

現代医学による胎児の成長過程の比較

 

をやってました。


しかもめちゃくちゃ難しい… と挫折気味…
命ってなんて複雑なんだろうか…

 

 

でもアガスティアすごいです。

 

CTもエコーも顕微鏡すらなかった数千年前の時代、胎児の成長過程を1日目の受精卵から1日ごと、1か月ごとに説明してるのですが、

 

現代医学とほぼ一緒。

特に、受精卵が成長するところ。

 


驚愕です。


 

ごく一部を説明してみます。

 

 

受精卵は2日目から細胞分裂を続け、3日目には玉がいっぱい合わさったぼわぼわな感じになります(桑実胚)

 

→アガスティアは「3日目に受精卵は黒コショウのようになる」と表現していますが、

黒コショウの表面はしわしわで、確かにこのぼわぼわ・ごつごつ感と一致しています。

 

 

受精卵は5日目に、Blastocyst(胞胚)に変化するのですが、その時に特徴的なのが、内部に穴が開いて空洞ができることですが、

 

アガスティアは「5日目に受精卵は水のあぶくのようになる」と示し、中が空洞になることを指摘しています。

 

 

 

アガスティアは「5か月目に耳ができる」と言っているのですが、

 

実際に耳がまともな形になるのが1822週目あたり。

 

 

 

こんな風に、1日ごと&1か月ごとの変化の過程を調べてるのですが、
現代医学で説明されている内容とほぼ一致しています。


他の点については、講座でやっていきます(笑)←宣伝?
講習について色々と大きく変えていかないといけないなあと思っていたのですが
思いついたトピックが有用&シッダの良さを伝えられそうなので良かったです。
こういう面白いトピックを少しずつ増やしていこうと思います(が、今でもがっちりの内容なのにどこに詰めるのだろうか)




古代インドでは、CTもMRIもエコーもなく、一体どうやってアガスティアは知ったのでしょうか。

方法論としては色々と考えられますが、
10通りある「アラバイ(計測法)」の一種である、
「瞑想」が一番可能性が高いはず。
瞑想を通す計測法は、非常に信頼度の高い計測法として述べられています。

また、シッダーたちはアッタマスッディと呼ばれる超能力も持っていました。
この8種の能力の中には、ものを計測するために、
自分自身を思いきり小さくしたり、大きくしたりする方法を使いました。
これによって、アガスティアは胎児の成長過程を直接観察することができたのだと思います。
今は文明の利器がありますが、大昔はそれを個人の力で補っていたのです。


とりあえず、アガスティアはやっぱりすごい★

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