旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2016年01月

神様*両想い

わたしは
神様に
すっごく愛されている

だから
わたしは
ここに居られる

そしてこれは
何があっても
揺らぐことはない

わたしたちは
いつも
いつでも
どんなときでも

神様たちに愛されて
支えられている

いつでも
どこでも
どんなときでも
なにがあっても
 神様と両想い

富士山*神様

箱根ーーーー
女の子二人で温泉と神社参拝旅。

雲ひとつない快晴に富士山
うろこ雲の夕焼け
空の青のグラデーションに湖の藍色ー!
ぽっかり雲の帽子の富士山

富士山の美しさって
静けさとおんなじ
火山は噴火しないとき
みんなに愛されて 
温泉を生み出して 
その温泉で人を癒すんだよね
自然ってすごくよくできてる



「神により
を増し 
の徳によりて
運を添ふ」・・・!!!!!!!!!!!!!!!




 
富士山の素晴らしさに感動するみんなからパワーをもらって
富士山は生き生きと輝いて世界中に恵みと希望を与えてくれている
そんな富士山が見える芦ノ湖の麓の箱根神社は
神様の愉しい気にいっぱい溢れてて
行くだけで体が軽くなった


いつもいつもその土地に感謝して
いつもいつも神様を敬えば
いつもいつでも私たちは元気をもらえる



生きることって
愉しんで
慈しんで
慶ぶために
あるんだな

うじうじしたり
自己嫌悪になったりとか
怖かったりとか
後ろ向きにはできていないんだなあ


まっすぐ
まっすぐ
伸びてる樹たちみたいに
堂々としてる富士山から
歓びが溢れてた


何もかも吸い込むような静寂は
私たちのどんな悩みも 想いも 感情も
ときめきだとか 自信がないとか なんでなんだろうとか
全部かっさらって
たぶん静寂だけが真実。

またたぶん埃被りまくるんだろうけど
ほんとはいつもピッカピカの魂が
いつもどこでも私の体の中にあって
何があろうと輝いてる。
 

毛皮とヨーガ

日本さぶすぎます。
ちなみにケララの平均気温は31度ぐらいでしょうか。まさに常夏の国です。
そして当然、エアコンなし授業、エアコンなし3時間試験、エアコンなしインターンなどを通じ、
私の体は30度ぐらいが適温となってしまったようです。
27度ぐらいだとぶるぶるしてました。

・・・・つまり、

・・・日本寒いよ。


しかも、帰国した年末前後は暖冬っぽくてありがたかったのに
いきなし朝起きたら雪とかいって、、、
体ついていけません。

ちなみに、ヨーガを行えば、
こういった環境の変化に適応できるような体作りが行えるのですよ。
それを知っているくせに、そしてヨーガできるくせに、やらない私・・・。

無理やり繋げているような気もしますが、、、
ヨーガ、寒さ、そして毛皮について書こうかなと思います。

寒すぎる中、家にあった、ラビットファーの帽子が保温力抜群なことに気づきました。
カシミヤのマフラーとか大枚叩いて買ったけどラビットファーの帽子あったかい。
ニット帽子よりも網目がすかすかなラビットファー帽子のがあったかい!

あまりにも寒すぎて外出がものすごく困難になっている自分の命を守るために、
暖かい帽子をネットでリサーチしたら、
伝統のロシアン帽や、氷点下用の帽子などは、やはり毛皮。
やっぱりリアルファーだよね暖かいのは!!!もふもふだしさ!

でもここで悩んだ私。

やはり、毛皮を使用するということは、
(家にラビットファーの帽子あったけど)殺生につながりますよね。
シッダ哲学的にそれはアリな行為なのかなあ。

インドの哲学体系をまとめたとも言える、仏陀は「殺生はするな」と言っています。
例えば、ヴィパサナ瞑想センターに、ラビットファーの帽子を被って行けるのか・・と考えたとき、
行けない気がします。
そして自分はそのウサギの命を背負ってまでその帽子やイヤーマフをしたいのか?と悩みました。

もちろん、かなり昔から、現代のリアルファーの製作工程が超残虐であることは取りざたされており、
動物愛護の観点からもリアルファーを支持しない人たちが今の時代は増えています。
私自身、昔行ったエコフェスか何かで、動物の毛皮が剥がされたあとの写真をみてショックを受けたし、動物が生きたまま毛皮を剥がされる動画とかも当然色々見ました。

今の時代なら、暖かさを追求するなら、リアルファー以外にも手はあるんじゃないのか?
フリースだってめちゃあったかいし、例えばパタゴニアなどリサイクルしてる登山系の会社の防寒帽子はニット素材だし、ウールだって動物の毛じゃんね。


でも、私の場合「カワイイから」という理由ではなく、
けっこう真剣に防寒して自分の身を守るために毛皮を使いたいわけで、
ロシアの人や極寒の地の人たちも当然大昔から防寒性に優れた毛皮を使っています。
いや、私のすんでるところは関東なんで、普通の日本人には毛皮なんか使わなくても生きていける環境なんだろうけれど・・・私は吸い込む空気の冷たさで苦しんでる状態だし、外出れなくなるのでかなり真剣に防寒対策が必要です。



そこで思い出したのが、ヨーガ。

みなさん、ヨーガを行うのに最適なマットは何かご存知でしょうか。



実は、トラの毛皮や鹿の毛皮なんです。



ヨーガ修行者はベジタリアンで、
たぶん日本のヨガ愛好者にはベジタリアン&リアルファー反対派が多いと思うんですが、
一番根源的なヨーガでは、トラの毛皮を敷いて行う(行っていた)んです。
毛皮の上で行うとちょうどヨーガを行うに適した温度になるためです。
現代ではそんなん無理だし、ヨガマットぐらいしか手に入らなさそうですが、
真剣なヨーガ修行者はトラを殺していてその毛皮を剥いで使ってたんです。

シッダ医学も、動物を使った薬を使います。
ヤギの肉やウズラの肉は推奨されていますしね。

・・・つまり、シッダ哲学としては、
防寒のために生き物を殺してその毛皮を使うということは、アリな方向っぽいですね!


ということで
私はやっと、防寒のために
リアルファーを使った素材の帽子やイヤーマフを買うことに決めました(涙)

あと、アクリルやナイロンのフェイクファーって石油からできてるから捨てるときにどうなんだろうか。


でも、

殺生は、たまにそういうことがあるということとしても、
この毛皮の生産過程はどうなのか。



シッダ医学の伝統的な製薬法では、もし動物を殺して薬を作るとき、
ちゃんとその動物の供養をします。
ヨーガのトラ毛皮も、虎を養殖できるはずもないから虎狩りをしてしとめたんだろうし。


だけど現在の毛皮の製造過程って・・・
生きたまま毛皮を剥いだり、動物をゲージに入れて養殖したりと、かなりひどい現状が取り上げられていますよね。
もし、その動物が自分自身だったら・・・
・・・地獄すぎるし、生まれてこなければよかったと思うと思います。




うーん、やっぱり、毛皮を着るということにはそれなりの責任が伴いそうです。





毛皮が要らないという運動は素晴らしいと思うし、そういう考えが広まってきているということは
わたしたちが、いつも買っているものがどう作られているのか関心が高まっているということでまたすごいことだと思います。
それに、確かに、ボンボンの飾りとか、ファーベストとか、フードのふちにつけるファーとか、超必要ないファッションはわざわざ動物を殺してまですることじゃないと思います。

でも、ファーが必要なときもある!!!そして古来から人間は毛皮を使ってきた。
むしろ、ヨーガ行者も使っていた!!!という現状もあるはずなのです。
そしてどちらにせよレザーのブーツとか履かざるを得ない世の中だし、
毛皮の製造過程は恐ろしいけれど、
卵の生産過程も凄まじいものがあるし、
鶏肉の生産過程だって酷すぎるし、
野菜だって虫を大量に殺してできているのを買っているし・・・


決着がつかなさそうなんですが、

ここで、私が見つけた折り合い策(?)は、

中古のファー素材の帽子を買うことでした。
しかも中古なら安いし(1800円)
しかし中古だから毛が抜け落ちまくるかもしれないけれども。 

なぜウェブサイトがしょぼいのか。

えーっと、私のブログや、トラベルアシスタンスサービスや、
私のもう1つのブログも、

どのサイトもかなりしょぼいというか、なんかあんまりお金と時間かけてないでしょ、的な雰囲気がありますよね。

下手すると「胡散臭さ」を感じるかもしれません。


でも、思うんですけど。

確かにネットは情報発信の手段として超大事で、今じゃアメリカ大学院の入試も全部インターネット。合否もネット通知の時代でネットは超重要アイテムですが、

ウェブサイトに力を入れるということは、
宣伝にお金と時間と労力を割いている=
肝心の中身にお金と労力と時間を使うチャンスが減る。


ということでもあるのだと私は思うんです。


だからこそ、しょぼい(笑)

宣伝や、いかに私たちが素晴らしいかを世に知らしめる時間やお金を使うよりも、、、
フツーに自分のやるべきことやってたい。

そんな想いなんです、たぶん。


これは私がアメリカの大学にいたときにとっていたネット授業、「国境学」の教授の教えなんですけど、

ホームページと事実上の団体は、一致しない。
ホームページをみてもその団体が何であるかは、実際の団体を見てみないと絶対にわからない。
ホームページだけではその団体について説明できない。



サイトがきちんとしてる方がなんとなく安心感があるし情報がある方がなんとなく信用できる気がしちゃうんですけど、


ネットの通信販売とかで皆さん痛感してると思うけど、
イメージや情報=商品 であることってめちゃくちゃ少ないですよね。
むしろ、「こんなん別にこの値段出して買わなくてもいいじゃん」ってのを
情報という付加価値つけて 売っている。



そういう売り出し方に、興味がないんでしょうね、私やトラベルアシスタンスサービスは(笑)

ちなみにですけど、
トラベルアシスタンスサービスの社長は、ホームページのショボさを指摘され、
「あー 口コミが主な宣伝方法だからホームページをみられてそう思われてるなんて知らなかったわ」
とコメントしています。 


ホームページやネットでできる情報発信の量って、めちゃめちゃ少ないと私は思ってます。 

あけおめです。

おくらばせながらあけましておめでとうございます。

@日本帰国中 

文化と気候の差に戸惑いを感じつつも少しずつ慣れているところです。


今年は、もっと自分のケアができる年にしたいです。
もしかしてするかもしれない書き下ろし本もセルフケアの話が中心になりそうだし
これからする講習もそういう話がメインになりそうですね。
そんなことを教えているから!私がそれをできているか?と言ったら、逆です。
私ほどセルフケアを必要としている人はいないからこそ!教えるのです(笑)
野菜料理研究家のカノウユミコ先生も野菜が嫌いだったため美味しく作る調理法を研究したように(笑)
私だって皆さんと同じか正直それ以下です。生活習慣を変えるなんてめんどくさいし夜更かししたいし朝は遅くまで寝ていたいし、ご飯の代わりにおかしたべたい。
でもそういう気持ちに振り回されるような人生ってちょっと虚しいですよね。
たぶん、もっと色々コントロールできる方が楽な気がします。

そんな想いを胸に、本も講習もやろうと思います(笑)

あと、アメリカ大学院受験のおかげで、なんとか方向性をこじつけてみたものの
(そしてテレビでも堂々とそれを公言したものの)
まだ、自分が収まるべき場所というのが、方向性というのが、完全にピタっと決まっていないので
もっともっともっと、日本という社会と日本人の方々が必要としていることをよく知って、
そのまんまそれを受け止めた上で 、何ができるか、まっさらな気持ちで向かい合っていきたいというか。

つまり、1ヶ月ぐらいは瞑想に行って、常にまっさらな心でいるスキルを身につけつつ、
自分の行くべき道というのをよくしっかり見極め直したいです。
それは大学院に受かろうが受からまいが、どっちにしろその結果を受け止めた上で。

とか言いつつめっちゃ怖いよー結果。
今思うとなんとギリギリのラインそして手探り這い蹲りで無理やりこじつけながら
ギリギリで(ってかアウト?)アメリカ大学院出願までこぎつけたと思う。

ネット環境がよろしくない中、そして情報が皆無すぎる中、
最初私はアメリカの大学院なんて知り合いの教授にちょっと言えば入れてもらえるもんだと思ってたw
だから大学院という枠があるということを考えてなかったw 
そして当然情報ないから医学部に行くのかなとか思ってた(インドじゃ医学部の大学院に行くから)
そしたらインドとアメリカって教育システム違うじゃんってことに気づいてー
ええー じゃあどうすりゃいいねん!どういう立場を目指せばいいのだろうか・・・と
2014年から2015年半ばまでずっと悩みつつインターンをこなし、
しかもそんなこと相談できる人いない中、
なんかもうほんと無理やり?ギリギリ?こじつけ?っていうか超偶然???に
共鳴できる先生を一人だけ、たったひとりだけ見つけて、
その教授に直接師事とかはできないことがわかっているくせに
この教授に何かしらの形でついていくと心に勝手に決めた私は(笑)
その教授のために、興味があった神経医学から方向性を完全に変えて(今考えれば神経科学系の専攻を取っておらず向こうからすれば超謎の異端医学を学んだ私がそんなところ入れる訳ないかも)
その教授とこれから何かしらの形でやっていくためだけに、大学院と専攻を探し、(笑)
そしてそのときにまた超偶然発見した専攻を、「TOEFL 免除、志望理由書のエッセイが3テーマに分かれていて書きやすそう!」という理由で(笑 そして、その教授と、卒業後になにかできるかもしれないよね的な感じ?)なんか突然とにかく、自分が思ってもなかったところに着地しようとして、
それでは終わらず、やりたいこととか今までの経験とかを、求められているエッセイを元に作成してみると「ああー!なんか私これやりたいのかもしんない!これっぽいな!」みたいなのができて
その時やっとなんか自分の方向性がつかめたっていうか。

それなのに、なんか出願時点で、インドの伝統医学の学位はアメリカでは認められないかもしれないという関門があったり、

なんか、微妙ギリギリスレスレの募集資格だなって感じだったり、

もう、普通じゃ諦めているんじゃないというところを、
むちゃくちゃにこだわって
自分以外の大きな何かを信じているからこそできるのか
それとも現実を把握しない単なるアホなのか
私ってどっち?とか思いながら
でもやってみなきゃわかんないじゃん!!!!!!!!!!!!!!!!

と思い、


なんとかかんとか訳のわからない状態を本当に手探りだけで、
しかも自分ひとりで推薦状も全部書いたしほんと全然助けとかなしで勝手にやって、

なんかもう超ギリギリハラハラドキドキ アウトすれすれ状態でどうやって私はあれをギリギリでなんかこじつけたのかよくわからないんですけど。

なんかめっさ長く書いてるけどとにかく、





私、手探りすぎやろ。


一寸先は闇ってちょっと違うけどさ。



でも手探りでもなんとか自分なりになんか道が彫られてきている気はしてはいるんだけど、
とりあえず合否をもとにこれからの自分の方向性についていまいちど考えたいところですね。


そして今なんか今までの流れを思い出すと
やっぱり私はあそこに行きたいんだなって思う。
超難関だけれども、なんか昔から気になってた気がするし
あそこがTOEFL免除かつGRE9月締め切りというのが最初のGRE勉強の起爆剤になってて
去年の6月はまだ志望校や専攻も確定していないのにとりあえずそこにねじ込みたいということだけをモチベーションにやっていて、
偶然発見して、これいいじゃん!と思った専攻もやっぱりそこだった。

こういう流れというのは大学には説明できないけれど、
私が他の専門家や大学生と同じように「じゃあ次のステップすすもーっと」みたいなノリで応募したのではなく、その間にはなんかすさまじく手探りでむちゃくちゃな、全然灯がともってない道を一人で勝手に歩いてきたということをなんとなく感じて欲しいと思う。

ここまでの結論に至るのは、正直、情報なさすぎる上に
誰も私のアイディアに共感してくれない、あのインドの田舎では簡単じゃなかった。

でも、めっちゃ探してたのかというと、
情報ないし、なんか偶然が重なった方がでかかった気もする。


で、様々な挫折しそうな難関(インド伝統医学はアメリカでは学位として認められないかもしれない危機とか)
にぶつかりつつも、それを気にせず、道を探し、
そこまでしても、やった、ということは、
やっぱり行きたいんだよ私ーーー。
行きたいというか、まじ、神様、連れて行ってくれ!!!!!!!!


偶然が重なりまくって、かつ手探りでむちゃくちゃこじつけでそこにたどり着いたものの、
その結果はまだ未定ですし、ダメだったらダメでもう一度向き合いたいと思います。


とにかくなんかインターンよりも(?)アメリカ大学院受験が非常に自分の中で糧となったので、やってよかったな。GRE


2016年、自分と向き合って自分をいたわる年にしたいです。


武術と音楽も習いたいな。 
記事検索
月別アーカイブ
livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ