旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2016年05月

全部が繋がりすぎてる

はぁー
講習&占い師は置いておいて(す、すみません)

クラウドファンディングのために自分をどうやって売り出すかをけっこう考えないといけないみたいなのです。
でもそれって、ぶっとんでいる私の経歴を、わかりやすく翻訳するという作業なので
どっちにしろ将来的に必要になる超大事な作業。やはりクラウドファンディングを思いついてよかった。

そして、クラウドファンディングのプロジェクト考えるということは私が将来何をするかをもっともっと明確にするということでもある。

そしてそれはそのまんま大学院につながる。

データ分析の勉強クソムズすぎ
でも、データ分析は実は「どうデータをプレゼンするか」ということにかかっているらしく(技術は必要だけれど)「どうわかりやすく説明するか どう美しくデータを見せるか」ということらしい
どうやら


今、イシス編集学校で編集について学んでいますが

それも物事をどうやって違う側面からみて、説明するか、ということを稽古でやってます。
なんかインドで凝り固まってしまった頭なのがよーくわかります。発想が生まれないんです。
でもこうやって発想って生まれるんだなっていうその発想の産み方は教えてもらっています。

これがやっぱり全ての基本だなって思う最近。

クラウドファンディング
データ分析
イシス編集学校

全然繋がっていないようで繋がっているすべて。 

インドの大学院は超人的

インドの大学院のシッダ医学修士課程(チェンナイ)は死にます。



まず、


専攻選べません。

専攻は
・内科
・婦人科・小児科
・スペシャルメディシン(マルマ・皮膚科)
・薬草・鉱物学
・製薬学
・毒物学

と別れていますが、


入試時に大学側が専攻を決めるため、
生徒には自分で専攻を選ぶ権利がありません。

外国人(=わたしとスリランカのシッダドクター)は
否応なくスペシャルメディシンしか選べないそうです。

大学院のくせに専攻選べないって・・・・・苦痛すぎ。

そして


・朝8時ー12時まで100人ぐらい診察
・13時ー17時まで超くそつまんない眠い授業
・そのあとリサーチ
・1年生:学部で勉強した西洋医学の科目全て勉強し直し
生理学 解剖学 生化学 微生物学 病理学 薬草学・・・
プラス 薬理学 バイオスタティスティックス とか
15科目ぐらいあるらしいっす

・さらに 夜勤も♫♫ その日は徹夜!

・薬草学専攻の学生は、1000つの薬草について描かれているタミル語の詩を全て丸暗記♫♫(死)


しかもチェンナイの寮は暑すぎて夜ねれない院生続出だそうです。
夜勤もあるから徹夜もしょっちゅうですし

インドは、そこにいて息をするだけでも疲れ果てるので
わたしは8時ー12時の100人診察でもう死んでると思います。
それプラス授業プラスリサーチプラス勉強など殺人的です
そして、1000つの薬草のタミル語の詩丸暗記って・・・落第決定ですな。


そして何よりも院生自身が、
「研究をしたくて院に来ているのに、
セオリーばかりやらされ、
診察がセオリーや研究とつながっているならいいが
その診察は全く研究とは関係ないものだし・・・」
といっていました・・・超最悪・・・



しかも1年生は

シッダの科目なし、西洋医学のみ
休日なし


という・・・




劣悪すぎ。




それに比べるとアメリカは天国すぎます。


生活環境がまず違いすぎ

インドは暑すぎて眠れないベッドオンリーの染みだらけの壁のねとねとベッドで唯一図書館だけがエアコン付

 ブラウン大学の(もう埋まったけど)提供の院生専用アパートは、家具つきネットつきベッドつきキッチンつきの家!!!おしゃれすぎる(涙)


そして、

インド:
8−12時毎朝100人診察&超くそつまらんだらだらとした出ても意味ない授業&殺人的超人的な科目の量&科目・そして専攻すら一切選べない上に無理やり詰め込み勉強させられる

(しかも全部丸暗記)



アメリカ:
1セメスター3科目、2セメスターで6科目、
しかも必要な科目のみ!
好きな科目選べる!


 

インドの大学院に来い来いと言われていましたが、、、無理ですね。本当に死にますよ。
そしてもしわたしがインドの大学院に行ったとしたら、卒業時34歳彼氏なし独身です!!
そこまで身を削って、しかも暑くて眠れない日々を過ごし、
苦痛でしかない丸暗記と死ぬほど分厚い本の丸暗記をさせられ(しかもタミル語) るだなんて。

しかも大学院卒業した人や大学院生が「いや、院出る必要ないよ学部で十分
でも院出ればステイタスがつくからね」と言ってるし。


さらに言えば、大学院を記念受験する人たちが多く、
「試験会場で友達に会いたいから」というような人たちがたくさん受験します。
合格するのは本気で勉強してきた人だけですが、、、
ほとんどが、給料が高額になることをわかっているからです。


ただ、国立大学なので大学院は学費全て無料らしいですけどね。。。

インド劣悪すぎる・・・

アメリカと比較して本当に今やっと今更、確認しました。殺人すぎる。
無駄の一切ないアメリカ素晴らしすぎる・・・(涙) 

クラウドファンディング・渡米費用募集中

https://camp-fire.jp/projects/view/7331 


現在クラウドファンディングにて
渡米費用を募集中ですー!!

リターンは、

メルマガ配信
カウンセリング
石鹸プレセント

などです。

協力お願いしまーす! 

これはぶっちゃけて手始めで、
今、大手のクラウドファンディングサイトで企画進めていますのでねん。
 

アメリカ大学院出願までの道のり

ご参考までに。

大学院進学は大学在学中から頭にありました。
なぜかというと自分はこの医学において全くの無知で未熟だ!ということを
6年の学びを通して痛感したからです。このレベルではなんのサービスも提供できない・・・スキルアップしないと。

なので最初は一応インドも考えていました。ですがインドに長らくいたせい&実際にインドの大学院を見学したせいで、これ以上の苦行は嫌だし、もっと自分の人生を楽しみたいし、
先進国で最先端の技術を学んだ方が、よりシッダ医学を活かせるのではと考えが変わり
先進国の大学院を探し始めました。


2015年5月:
・悩む。
・とにかく試験を受けたくないため、試験が楽そうなところを探す(オーストラリアなど)
・しかし突然5月の後半ぐらいに、ハーバードはTOEFL必要なしだがGREは必要だということをどこかで知り 、突如ハーバードを起点にとりあえずアメリカでいいや!と決める(何でなのかは謎だし、ハーバードにそんな理由で出願したいと思ったわたしって・・・ナメてますね)
・とりあえず「今この時」は、大学の行き先の国を絞る程度で良さそう!

2015年6月:
・GREの勉強開始。
・どこの大学に行くのかも、どの専攻分野をやるかもわからないのに、ひたすらGRE。とりあえず今はこれをやっとけ! 

2015年7月:
・ひたすらGRE
・とにかく持てる時間の全てをGREに注ぎ込みました。
・この頃、お気に入りGREサイトから、MBA専門だけど大学院出願も手伝うよというアドバイザーに相談。
「うーん 君がやりたいことって新しすぎて(其の頃は伝統医学を使った再生医療をやろうと思ってました。しかし再生医療は調べると 外科の領域っぽくて全然 シッダのやり方と違うんで諦めました)
そんな専攻分野アメリカに存在してないと思うんだよね
それに、ラボで5年間過ごしたいと思う?(其の頃はPhDを考えていました)
君は臨床だったり、人と関わることが好きなんじゃないの?
そしたら公衆衛生の方が合うんじゃない?やっぱり、自分の好きな事やらないと」

と言われ、衝撃。

インドで自分の想いや楽しみを押し殺して生きて来たわたしには
「楽しむ」とか「好き」とかいう判断基準が一切抜けていました。そんな風に考えられない!!!
彼とのカウンセリングのおかげで軌道が少しだけ修正されました。

しかしわたしはそこで未だなんとなく(アルツハイマー→神経学)を捨てきれずにいました。


・アメリカのアドバイザーにお金を払って、彼がメール作りに協力し、
教授にあたってみたりするという契約を結ぶ
※このことは直接の助けになったのかわからないが、一人でも自分をサポートしてくれる人がこの世界にいる、というそういう心持ちになるために支えが必要でした。
支えがないとね・・・

・アメリカの大学で、統合医療や代替医療にとりあえずお金を使っている大学を探す:
そうするとアイビーリーグぐらいしかないことに気づく

やはりとりあえずやっとけGREの結論。


2015年8月:
・GREギリギリで初受験。超最悪。
・日本のアドバイザーに 「ええ まだ専攻分野決めてないの!?やばすぎ」と言われる。
うーん、
でも神経学でめぼしい教授おらんし・・・

・と思ってた矢先に、以前メールして唯一返信をくれて、他の教授を紹介までしてくれた
素晴らしく丁寧で人柄の良い、イエール大学のカッツ博士にもう一度打診すると
電話で話を聞いてくれるという!!! 


この素晴らしい機会を心の支えに、
カッツ博士の活動を(アポが決まった後)見てみると、めちゃ面白い!
「臨床をしていて、死ぬような病気になったほとんどの患者さんは、こんなことになる前に予防できた。 だからわたしは予防医学をやっている。」

・・そうか、予防医学!統合医療を使った予防医学か!となんとなく芽生える。 

カッツ博士が素晴らしすぎるため
&アメリカのアドバイザーに「教授に合わせろ!」とアドバイスを受けていたため


突如神経学を捨て、
カッツ博士も資格を取っていて教えている 公衆衛生に方向転換。

カッツ博士についていく!!!!!!!!!
・・・しかなかったです。 


・しかし念願のカッツ博士との電話は、博士が忙しすぎてキャンセル・・・
でもアメリカにいくんで、会いに行きます博士。

2015年9月:

・GREを中心にしすぎて、名医のいる病院のインターンに力が入らなさすぎるため中断
自宅で勉強 ひたすら勉強

・公衆衛生とは決めたものの、一体公衆衛生で何をやるんだろうか??わからず。

・この頃、カッツ博士がリクエストしてくれたリンクドインなどのSNSから、アリゾナ大学のときの公衆衛生アドバイザーと連絡復興し、
相談に乗ってもらう。
しかし彼も、
「代替医療 & 公衆衛生・・・ううぅーーーーーーむ」

・そんなとき、突然ハーバードから、「DrPH」というプログラムのメールが来る。

ものすごい不純な動機ですが、

「このプログラムのパーソナルステイトメント(志望動機書)は細くて書きやすそう」

という理由から、準備を始めようとしたら、よくみるとDrPHのプログラムがめちゃめちゃ面白そうなことに気づき、これでいいや、という感じで決める(・・・すみません・・・)

・とりあえずパーソナルステイトメントを書き上げないとダメだけどどこから書けばわからんので
エッセイの議題を元に、大学の先生などに話を聞いたり、自分で軽いアウトラインを作ってみる

・それが良いのか悪いのか全然わからんので、エッセイエッジでみてもらいながら、
話をしてもらいながら、パーソナルステイトメントを練り上げ始める(ハーバードのための3つのエッセイのみ)

2015年10月

・GRE & 不純な動機で始めたエッセイ練り上げ。
・ハーバードという目標設定がキツすぎて、他の大学にエネルギーを注ぐ暇全くなし
・引越しもしないとやばい、来月インドから日本だ

2015年11月

・GR E再受験を2回行う
・この頃、とりあえずハーバード、そして、ハーバードはSOPHASという、アメリカの公衆衛生の出願をまとめているサイトからの出願になることを知り、
そのサイトからてきとうに出願できそうな大学を絞った(てきとうすぎ)
・しかしどこも代替医療や統合医療に目を向けていないため、また、TOEFLが必要だったりするため、排除(笑)

・けっきょく、

ハーバード(出願エッセイが書きやすそうだから・プログラム面白そうだから)
イエール(カッツ博士がいるから)

の2校に出願先を絞る(っていうかハーバードのエッセイがキツすぎて他の大学を探すエネルギーとか余裕ない) 

なんでこんなトップ校のみ・・・と思いつつも、、、


・引越し。
インドからスリランカへ。


2015年12月

・スリランカで今まで7年インド滞在の疲れがどっとでて1週間倒れる
・瞑想をする
・瞑想をした後、スリランカにて出願
・日本帰国
※前回日本帰国したときは適応するのに3ヶ月かかったため、
GREの勉強・受験などは絶対にできないと予測し、GRE再受験は諦める

2016年1月
 
・疲れ果てているけれど執念でイエール大への出願エッセイを完成

・そのあと力尽き、もう出願とか他の大学とか考えられず。
・日本とインドのギャップに苦しみまくり

2016年2月

・イエール不合格(どうやら学位が認められなかったそう)

2016年3月

・ハーバード不合格
・同時にブラウン大学からアドミッションまだ空いてますよ通知が!
・今まで一切頭になかったのに、ブラウン大学出願を決める。(というか、他の大学はもうほとんど締め切っているのでこの大学しかないじゃん!!!)

2016年4月
 
・ 引越し(一人暮らし)
・ブラウン大学出願(イエール大学の出願書類を変更して出願。イエール大学への出願はこのためにあったのね!)

2016年5月

・ またGRE勉強かな・・・ 超疲れる・・・ 今度はTOEFLもとって幅を広げて・・・

と思ってる矢先にブラウン大学合格。





結果:

・大学院進学については2011年頃からは頭にあった
・先進国の大学院進学については2013年頃からなんとなく頭にあり、2014年ぐらいに確信。
・2015年の5月ぐらいに突如アメリカに進学先を絞る(学部や大学は全くわからん)
・2015年の6月からGRE勉強開始
・2015年の8月ー9月から、出願エッセイ練り上げ開始

GRE最終スコア:
V:152
Q:162
・・・そんなに良くないですね。でも310でハーバードやスタンフォード受かってる人いましたし。


出願先:

たった3校です。

・ハーバード公衆衛生大学院(DrPH、MPHではない。倍率は17−20倍):不合格
・イエール公衆衛生大学院(MPH):不合格
・ブラウン大学公衆衛生大学院(MPH):合格!!!!!



私の場合、とりあえずやっとけ!的な感じで、
体当たり的な感じで受験したので、そしてTOEFLを受けたくなったという不純な動機から
自然と受験校が減りました(爆)

普通は、落ちて当然の世界なので(だいたい倍率15−20倍ですもんね)

10校ぐらいは受けるのが当たり前の世界だそうです。

とても私には10校も受ける気力やエネルギーがなかったので
エネルギーを費やせるように数が自然と絞られました。

そして、ブラウン大学は、
本当に、全く、頭になかったです・・・
だって、SOPHASのメンバーでもないし、見つかりようがなかった大学?でもありました。

しかし結果オーライ。


アドバイス:

早めに準備しましょう。

 

たぶん、一人ではない

私がアメリカの名門大学で代替医療を切り口にリサーチをするということは

私たちシッダドクターの願いでもある。
インド人のシッダドクターには絶対にできないことでもある(資金面の問題、そしてクリエイティビティの問題・・・)

だから、私しか行く人間がいない。


シッダドクターたち
ホメオドクター先生


そしてシッダーたち

みんなの希望になるのが

今の私

すくなくとも シッダの世界では

私はみんなにとっての夢と希望だと思う。

だから私はみんなの気持ちと一緒に行く。


・・・でもそんな風に思うんだったら金を誰か助けてください。。。 
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