あるときの講話で先生は謎を残して去っていかれた。
そのままの文は覚えていないが、
白い鶴が「一生を化けおおせたる狸かな」という句を
「全治の姿ですね」と言われて講話を終えた。

化けるのが全治ってどういうことなんだ?
だまし続けるのが全治って、何???

でもとりあえず解剖学の前回の試験範囲の課題を塗りつぶすようにやっていくと
大学に入ってからまったく訳の分からない中やっていた自分を思い出した。

「pituitaryはsecretery glandだよ」と先生に言われ、
pituitaryって何?
secretery って?
glandって何すか???
とまったくもって意味不明な状態で、もうどこから何すればいいか分からなかったのだ。

だけどとりあえず解剖学の骨を何度も何度も書いて
知らない単語を知っているかのように何度も何度もノートに書き写していくうちに
なぜか覚えているし、授業もまったく問題なく理解できるようになり、
クラスでは常にトップの成績をとるほどになっていた。

あのときのわたしは、
とりあえず、書き続けていた。それが何かも分からないまま。

あれこそが「一生を化けとおす狸」のような全治の姿こそであったのだろうか


ふりをしていくと、
いつのまにか、ふりが、自分となっている。


とりあえず、そのように振る舞うと、
その振る舞いが、自然に起こるようになってゆく、

とりあえずの振る舞いをするそのものの姿が
見事な全治の姿であり、その瞬間からふりは虚像でなくなり
代わりに血と肉となる。