ヴィパサナにServer(奉仕者)として行ってきました。

そのおかげで・・・ なんだか、日本にけっこう慣れたよ?
今もう、日本とインドのギャップに動じないもん。
ありがとうゴエンカ師、そして仏陀、っていうか、この宇宙★

なぜかてきとうに出たのに電車の接続やバスの接続がうまくいったという奇跡にも感謝。
あと私の布団だけ毛布やら寝袋やらあったかいものがいっぱい準備されてたという偶然にも感謝。
さらには、手が荒れたり心も体もクタクタみたいな感じでほんとに働けるの?
みたいな疑問を抱いてた私にも
自然?に、それか割り振ってくれたってのもあるけど・・・ 
”生徒と瞑想一緒にする係”という今の自分の状態にすっぽり当てはまる上に、
人でが必要だった役をやらせてもらえてほんとありがたかった!
自然の恩恵を感じます。私は守られている!!








それで

分かったこと。



わたしが恵まれているのは
何もわたしが、他の人より偉いとかスゴイとかそんなんじゃ全然なくて

ただ単に

わたしが過去世でいいことをして、いいことを考えてきた
その種が今たまたま育っているから。


ゴエンカ師の講話で、仏陀は、人を4種類に分けたという。

一人は、光から光に行く者
一人は、闇から光に行く者
一人は、光から闇に行く者
一人は、闇から闇に行く者。


光から光に行く者は、
昔良いことをして、そのときの成果の恩恵を受けて今恵まれている人。
でもその恵まれた状況を使って、さらに良いことをし
良い種を蒔いているから、
これから先の将来も恵まれ続ける人。


闇から光に行く者は、
今は恵まれていないけれど、
それを「これもまた過ぎゆく存在のひとつ」と認識している人。

今は苦労して、つらいことがたくさんあっても、
「そうか、これもわたしが昔悪いことをした、種を蒔いた結果なんだよな。
よし、いつまで続くか見届けてやろ!」と言い、
そして、それに動じず、良い種をまこうと努力する人。

つまり今はつらくてもこれからの将来、きっと恵まれる人。




光から闇に行く者は、
今は恵まれているけど、いいことを今してない人。
つまり、前蒔いた善行の種が今育っていて、恵まれているけれど
今は悪い種をまいているから、将来は恵まれなくなってくる人。




闇から闇に行く者は・・・、恵まれない中また悪い種をまいて、これから先もまた恵まれない人。









そっかぁ!!!


今、私がたとえばこうやって、ヴィパサナ瞑想の恩恵をすぐに得ることができたりするのは
別に私に才能があるとか、私が人よりすぐれているとかそういうことでは全くなくて

私が過去世で良いことをしてきた結果、良い種が今育っているってだけのことなんだ。


私はずっと恵まれて生きてきてる、やりたくてできないことはなかった気がするぐらいなんだけど・・・
でもそれって、”私”がスゴイんじゃなくて、〝過去世の私”が努力したからなんだ・・・!!


これに気付いたとき、私は自分の運の良さの理由を知った。


私がスゴイんじゃなくて
私が”たまたま”運がイイということでもなく


過去に積み上げてきた善行の結果として、今恵まれているということ。

裏を返せば、私も”今”また努力して、善行を積み上げていかなければ
今私が持っている”恵まれた環境”はすべてなくなっていくものなんだ・・・






じゃあ、努力しなきゃね。
今の自分の恵まれた状態に甘えていないで、やっぱり努力しなきゃね。


この世界は、かなり精密で精巧な科学とからくりでできている。