「入門書」を読むんだったら、
最初っから、
それを発明した人の本を難しくても読めばいいじゃないか

言った人がいた。






ただいま、NAGAK'U奥義学校さんから購入した
マヤ暦について勉強しています。

マヤ暦って「宇宙と同調する」とか「2012年終末論」とか
「13の暦」とかでけっこう知ってる人も少なくないと思うんだけど
それは、マヤ文明を研究した博士が独自に編み出した解釈であり、暦であって
本来のマヤ文化の暦ではないということを、ちょっとここでももっかい取り上げようと思います。

ヴィパッサナー瞑想と座禅(ほんのさわりだけど)を体験したり、
ホメオパシーの先生の経験を教えてもらったりした経験もあり、
「一番最初に教えられている元来のものが一番良い」
と、私は痛感しています。

だからこそ、インドの医学の中でも最も古いシッダ医学を学んでいるし
外人ながらも、伝統を継承する立場にあるのですが。

だから、この事実を知ったとき、
伝統を学ぶ立場に居る人間として、どうしても、世間で認知されている「13の暦」を知る気にはなれず、
もっとお金がかかったとしても、本来の先住民的価値観をなるべくそのまま伝えているところから
情報を得たいと思いました。

ホメオパシーの先生も、
「様々な流派が出来たけれど、今は、クラシカルホメオパシー、つまり、
創設者のサミュエル・ハーネマンのセオリーが一番臨床に効果的だ」と言っているし、

私自身も、ヴィパッサナー瞑想という、仏陀が教えたそのままの瞑想法をやってみて、
座禅や禅と比べ、禅もヴィパッサナーのエッセンスを独自の方法で伝えていて文化として素晴らしいけれど
仏陀の弟子たちがつくった教えではなく(禅)
仏陀が教えたそのまんまの瞑想法(ヴィパッサナー瞑想)のほうが
よっぽど効果的だし、合理的だと感じました。

やっぱり、元来のものというのが、学ぶのには一番適しているような気がしています。

もちろん、それは学びにくかったりもするんです。
まとまってる中国武術のが、インド武術よりエッセンスも凝縮されていいよー
って何度も思ったけど。


で、何が言いたいのか。


何か発祥しても、だんだんまた、流れの中で変わってきてしまうんですよね。


シッダ医学のドクターたちも、西洋医学や様々な解釈を交えはじめて
元来のシッダ医学は少しずつ滅んできてしまっています。
占星術や錬金術がれっきとした科学として存在し、
それらの技術を使い、骨折を2週間で治していたような
本来のシッダ医学の能力が発揮された時代は
現地・タミルナドゥでも、少しずつ終わりかけているのです。

たとえば、もともとのシッダ医学では、気候や風土を病気と繋げて考えるのですが
「今時そんなことしてる人いないよー!」と笑うドクターたちがほとんどだったり、
シッダ医学を創設した聖者たちが書き残しているアガスティアナーディを知らないし
そんなものは信じないとしているドクターたちがほとんどだったりします。

診断を西洋医学で行い、薬の処方をシッダの薬にする、というようなやり方が
主流になってきています。


元来のものは現地でも少しずつ失われているのです。


そして、そうすると、シッダ医学の薬も効果が中途半端にしか出ません。
もっと薬の効果が完璧に、適確に、ピタリと働いてもいいのにって思うのに
なんだか本来の力じゃない感じにしか働かないんです。

シッダの古典にきっちり書かれている処方(薬と合わせるアジュヴァント・飲む季節・タイミング・食事法など)を
守りきれていないドクターたちがほとんどなのも事実です。

変に、化学の知識を混ぜ入れて、
シッダのシステムに照らし合わせて考えず
「この薬草にはLドーパが入ってるからパーキンソンにいい」と考えるようなドクターもいます。


シッダ医学のシステムは少しずつ、シッダドクターたちによって、曲げられてきているようです。


その中で、本来のもの、本質的なもの、残るべきものは何であるんだろう・・・と
少し模索した結果、

私が20代前半に大好きだったネイティブアメリカン・先住民たちの文化
つまりマヤの古代文明を学び直すことにより
インドの、本来の伝統、伝承すべき本質が見えてくるような勘を得ています。

実際に今、
シッダを学んでいて分からなかったことが
マヤ文明について少し触れるだけで「そうだったんだ」とはっとすることがあります。

なんかものすごい序章が長かったけど(笑)

「元来のものに戻って考えてみる」というのは、とても大切なことだと思います。

だから!わたしも!世界の医学のルーツであるこの医学
そして古代文明の名残!を
これから先、必ず必要となる日が来ることを信じて、
この道の中にいるのだけれど。