生きることは着ること
死ぬことは脱ぐこと
だから脱ぐことにはエロスがある


野田秀樹 傑作「キル」
「かぐや姫の物語」
お気に入り作品を観てて気付いた

「there is no one you can speak from
your true heart」
インターン先の先生の言葉


私が取り組みたいことと
今向き合うものがあまりにもかけ離れていて
遠すぎる
蜃気楼のようだ
まるで溶けていく蝋人形がだすろうのかげろうのように
私が見ている先が溶けていって
かげろうにごまかされ見えなくなっていく

遠すぎる 遠すぎる
今の私には遠すぎる


私が 生きている実感を感じて、そのままに生きることを諦めて
選んだシッダ医学への道
本当は演劇や映画や芸術に触れていたかったけど
それよりも大切なものがあると信じて、
そしてきっとそれは正しい道であって(でなきゃ出会った人たちがこんなに治ってない)
最高の道だったんだけど


私が手を伸ばそうとしているところは
あまりにも遠すぎて
自分には遠すぎて
卒論どころか何もかもが遠くってつかめない
まるでどろどろとけてくろうのような
ゆらゆらゆれるろうそくのような

少しずつ積み重ねて努力する
目標のために
今までもいろんなものを犠牲にして
積み重ねて努力をしてきて
だからこそ今の私がいる
アイビーリーグに認めてもらえるぐらいの立場になった自分がいる
それはいつも常に私は何かを信じていたから

でもそれがぐらついたとき
一体どうすればいいんだろう

きっと このぐらつきは
私が 私自身で 道を選び取るために必要なもの


話がずれたけど


キルを観ていて

とにかく 生きる と 関わりたい
命 と関わりたい

ああだから私今辛いんだなってわかった

だから乱雑に男に抱かれたくなるし
だから食べる気力もないし
 だから 取り組む気力もなくて
エネルギーがないんだなあ。



そんな中めちゃぐちゃぐちゃなのに
このアパート売れてしまい今月に出て行かなきゃいけない


いつまでこのぐちゃぐちゃ続くんだろう

そして私はそれをくぐり抜けられるのかな

正直 インドの不条理なシラバスと比較したら
アイビーリーグの大学院ですら、楽だし簡単だと思う
私がダレダレじゃなければ そつなくこなせると思う。
実際 大学院生って仕事掛け持ちしてる人も多いし。

でもそれができないそれすらできないもどかしさ


私に今足りてないのは
命とかかわること
魂と関わること
命のエネルギー補給

本物の芸術と
人の肌の温もりに
たぶん私はそれを求めてたんだ
アカデミックな世界はかけ離れ過ぎてるから

ゆとり きっと今セメスターにはないだろう
でも ゆとり できたら 武術をやって演劇をやって
意識して命に触れよう


占いも、きっと必要だ
アニマルコミュニケーションも大歓迎


私が こんなに疲れちゃっても
今までは頑張れていたのは 命の灯火を追いかけていたから

今それが見えなくなったから とても辛いんだ


抱き合う 求められる つかれる ぐちゃぐちゃになる 褒められる 汗だくになる 吠える 本当の言葉で吠える 言葉を使って真実を描く

今思えば、インドで頑張れたのはシッダ医学があまりにも命と通じてたから
今 たぶんきっと 天の仕業で そこからかけ離れて
しかもゴール(卒論 卒業)あまりにも遠すぎる 遠すぎる 遠すぎる場所にあって
今もがいても まるで 水の中をからまわりしてけっきょく溺れちゃうみたいに
ギリギリのところをあっぷあっぷしてる


だけどだんだん繋がってきた

命 と 繋がりたいんだ
そして 今のこのやってることが それとどう繋がるか
もやもやの蜃気楼なんだ

とりあえず私は私を補充しないといけないので
芸術に触れて
人肌に触れてもらう


夜が早くなって絶対的な孤独がまたやってくる
どうにもならないと思いながら、
どうにかして繋がろうと必死でいるのに

一難去ってまた一難
また一難去ってまた一難

いつまで続けば うまく渡れるようになるのかなあ

私も吠えられるかなあ

生きる 着る 生きるぞ 生きるぞって