旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

映画

やっぱ泣くよね?>「アーロと少年」

何かあんまり勉強してない気が・・・
でも昨日のクラスメイトとのマインドフルネス推進プロジェクトの話し合い楽しかった。

今日はスプリングブレイクまで休みが一切ないということで休日だったので、
家で、短い・落胆しない・重くならない映画を選んで観ました。つまりピクサー か アニメ映画が候補。「アーロと少年」


いい歳してめちゃくちゃ号泣してたんですけど、
私最近よく泣くなあと思っていたけど感想見ると泣いた大人多いみたいなのでやっぱり泣けますよね!?この映画!

この映画は一般にはものすごくウケるわけでもないでしょうが、
映画好きには評価が高いだろうちょっとマニア向けの映画だと思います。





ネタバレ
*** 


設定がまず素晴らしいと思います。
私は最初この映画は当然人間の少年が主人公だと思っていましたがさすがピクサー。
そんな当たり前の物語ではなかった。

この映画ではニンゲンが「よく分からない生物」として出てきます。
吠えるし、挙動不審だし。。。
この「ニンゲンが変な生物」という感覚は、最初の20分まるまる、恐竜がまるで
今日の人間のように家族と共に生活をしているシーンが描かれるため、
 すっかり私たちは恐竜の感覚や視点に馴染んでしまうことからも生まれてきます。
そのため、自分が人間であることも忘れ、
私は最初ニンゲンが現れた時はかなりビクつきました。謎の生物すぎる・・・。

 そしてアーロとニンゲンの言語的会話は全編を通して一切ありません!!!!
ここがやっぱりピクサー。平凡な話なら当然言葉でコミュニケ取らせるでしょうが
恐竜の世界のリアリティ。恐竜は恐竜としか会話できません。
もしニンゲンと恐竜が同じ時代に生きていたらまあもちろんそうだったでしょうね。
 
この映画のニンゲンは、人間というより動物です。
吠えるし、噛み付くし、素早いし、どうもうだし。
でもただ単に動物ではなく、犬っぽい動きをするので、なんだか親しめます。

そしてこの映画の背景の大自然。超重要。

大自然の樹木や川は、現代の私たちの見ているものと同じなのです!
また、動物や小鳥も同じ!!
彼らは、私たちを大昔の恐竜がいた時代に簡単に繋げてくれます。
共通の存在が媒介してくれることによって、私たちにとって
この映画の時代が身近に感じられます。

最初、恐竜の生活が描かれるのですが、それもかなりリアル。
こいつらがもし生きてて、もし分化生活営んでたらやっていたかもしれない的なこと。
そして文化生活があることで私たちはまたアーロに親しみを感じて、主役として受け入れやすくなります。

ニンゲンの少年はかなり謎の生物ですが、それでもお互いが理解出来る感覚があるのがわかります
言語が通じなくても、他のコミュニケーションで理解し合えます。
そういえば私たちも犬とか猫とそんな風にコミュニケとってますよね。

そうと言っても少年は小さいし子供。
臆病なアーロが少年を守る方向に気持ちが動いていくのも自然。

途中で、一旦ニンゲンらしき存在が見えたけどアーロが少年を手放したくなくて
ニンゲンに近づいていこうとした少年を
連れて行っちゃうのも、優しいと思ってたアーロの汚い一面も見えて面白かったし、
最後二人が別れていくのだろうなと思わせる伏線になっていたし。

これといったヤマ場はないかもしれないし
平坦に話続いていくかもしれないし
アーロが家に帰る話といえばそれぐらいシンプル。
だからどっちかというと、この映画は大人向けの映画かもしれない。

私はアーロが父さんに会うところでも
最後の別れでもめちゃ泣きましたけどね。



 
P。S。

何か無難路線趣向で、ファインディング・ドリー ネットで見てる途中だけど
こっちのが明らかにシュールだしキャラもかわいいし、楽しいですね。 

映画「ミリオンズ」奇跡は何処にでも起きる

ダニーボイルやっぱり最高!

なんか季節外れのネタですみません・・・。
私好みの監督トップ3に入るダニーボイル監督の
なぜか見落としていた「ミリオンズ」をやっと観ました。

「ミリオンズ」

200万ポンドを拾った子供の兄弟が、 そのお金でどうしようか悩むお話。

超工夫されたカメラワーク、 スタイリッシュな映像と、
鋭い音楽センスで有名なダニーボイルが撮れば、
大抵どんなものでもおしゃれになります。
それがたとえ、穴ぼこをガムテで塞いだソファだとしても。
インドの臭くて汚すぎるスラム街や地下道が「スラムドッグ・ミリオネア」で
超人的世界に変身したように、
イギリスの街並みが、お菓子やおもちゃ箱みたいに超可愛く見えて
現実的な世界であるはずの学校もまるで夢の中みたい。

映画の中のポンド札束は、あらゆるものすべてと交換できる価値のある「お金」に見えません。
子供  × 札束という、エキゾチックな組み合わせはお金の魔力を無効化し
お金=価値あるものという説得力が消滅します。
お金ってただの紙きれ・・・

なんかラストの最後の3分で全てが一気に収束します。
すべてはこのためか!という、素晴らしいラストシーンはダニーボイルにしかできません!!!

****

文字通り、豚に真珠をあげても喜ばない。 
自分の丈に見合うお金の量と使い道がある。
それ以上でも以下でも 私たちは気を揉み、気に病み、心の中も住む環境も休まらない。 
同じ200万ポンドでも自分で稼いだお金なら映画の問題にはぶち当たることはないだろうし。
所有するお金の量よりも、その量がその人に見合っているのかということなんだなあ。 

そして、人のためになると信じて行うことも、
人のためにならない場合や 自分にとってよくない結果を招くことが多々ある。 


でもなぜか「奇跡」と呼べるような出来事は、
いつも思いがけずに、そして、自ら私たちに飛び込んでくる。











もの(お金)には収まるべき場所があるということ。

色んな頭脳を使ってお金を使おうとしても仕方なかったりするのに対して、
ほんのわずかなお金でも、

収まるべきところに収まれば、







こんな私たちでも、







奇跡が起こせるのだということ。











この世界というのは、本来は、
そういう奇跡の連続のシステムのはずなのだということ。









この歴史に残る「聖人」たちは
そういう ”奇跡”を 掘り起こした人たちなんだということ



まるで砂漠の中から井戸を掘り当てたみたいに









この映画は、「お金を使ったファンタジー」ではあるけど、
決して「お金についてのファンタジー」では
ありません。

お金というのはこの映画の中でのメタファーにすぎません。

ありあまりすぎた札束は、まだ見えない未知の未来。
その途中色んなお金の使い道を探す姿は
自分自身の居場所を探る主人公ダミアンそのものです。




私たちにはいつも未知で無限大の可能性があるんだよということ
そしてそれを見つけていくのがプロセスなのだということ
それはつまり、居るべき場所を探していくということなのだということ

それにはものすごい遠回りをしないといけないかもしれないし
いろいろと試してみて、その中には思い切り傷つくことや失敗があるかもしれない。

それに、見つかった居所というのは、
ほんとうに小さなものかもしれない。




でも、 あなたという個性と
その場所が、
ぴったり重なったとき、
砂漠から水が湧き出るみたいに
奇跡が起こる





この世界はそういう奇跡の連続のシステムなのだということ。









 

黒沢明「夢」:1:原爆と戦争

この映画は日本に帰ったときに友人が紹介してくれたもの。
けっきょく全部観れなかった~ と思いながらチェンナイのDVD屋に行ったら、
なぜか黒沢明のマイナーな映画が大量に売っててこの映画をGET。
なぜか「七人の侍」「羅生門」とか、有名なのはなくて、
これとか「生き物の記録」という反核映画とか「まあだだよ」があった…
超マイナーすぎる!!
アキラ・クロサワは相当有名なんですね。監督の名前でみんな飛びつくのかも。



この「夢」は、15分ぐらいの短編映画集なんですが、
この短編のひとつひとつと、数少ないセリフや画面の切り替わりに
ものすごい演出力が垣間見える
力強くて、そして夢を見ているように不気味で、
夢なのにあまりにも現実的すぎるため、恐ろしくなってくる作品です。



カラー映画になってたぶん間もないころで、今のCGとか洗練されたカメラワークみたいなのは全くないのに
ものすごい迫力の作品です。流石、様々な演出方法を生み出した世界的映画監督…。



この短編を、天才演出家の野田英樹さんが(NODA MAP)アレンジして舞台にしてくれたらピッタリだろうな
主役は男の子から老人まで出てきますが、全役同じ役者がやって・・・
この、夢をみているような突拍子のなさと抽象性と
身の毛もよだつほどの、
私たちの社会をまっすぐに見つめた超現実的な視点と風刺を
既に抽象性+言葉遊び+社会風刺にものすごく優れた能力を持つ
野田さんが舞台にしてくれたら本当に面白いと思うなー。めちゃめちゃ合ってる~!

ちょっとトリップしちゃったw


一見短編集に思えるこの映画ですが、全体を改めて考えてみるとパズルのピースみたく
それぞれの短編が集まって、「夢」というひとつの大きな映画を構成しています。

この短編の構成は誰が考えたか知らないけど、非常に考えられていて、
1話の順番も間違えることができません。

最初の2話で「伝統とその意味を忘れた私たち」を風刺し、
次の2話で少し幻想的な、でも生きることが何なのか思い出させるような世界に誘い込み、
次の3話で戦争と原発(社会)を批判し、
最後の1話でそのすべてに対する解決方法を示す。


最初のストーリーは緑と伝統に始まり、
最後のストーリーも緑と伝統に終わる。
そしてその間に荒地とか
絶望的な悪夢としか言えないような光景を背景にしたストーリーが展開している。


しかし最初は「私たちが忘れ去った自然への畏怖」を思い起こさせて
最後のストーリーで、
合間に様々な悪夢を見せつけられて恐ろしくなった私たちに

「まだ伝統と、自然への畏怖を保ちつつ生きている」村の話を見せ、

その話を通し、今まで最初から見せてきた絶望的な環境を希望に変える提案をしている。




スゴイ手腕です。



編集の意図がちゃんと達成されていると思います。
ゆえに・・・一話一話観るのは邪道…!短編だからといって一話ずつ見ないで
一気に観るのがおすすめです。


台詞がものすごく少ないけれど洗練されていて必要なことしか述べない。
ものすごい簡潔に、言いたいことをはっきり言って、分かりやすい。

「夢」とかいう抽象的な題名がついてるくせに、めちゃくちゃ言いたいことはしっかり伝わってきます。
それは、明らかに言いたいことが明白である監督の意志
最小限にそぎ落とされた台詞
分かりやすさを最大限に追求した演出方法によるものでしょう。
演出方法はそれぞれの話で様々ですが、とにかく、何がどう意図されてこのようなカメラワークになっているか
誰でも言わんでも分かる。




で、こんな演出を褒めたたえててもみんなつまんないだろうので、


まずは「間」に存在している悪夢的な恐ろしい3編

「トンネル」The tunnel
「真っ赤な富士山」Mount Fuji in Red
「すすり泣きの鬼」The Weeping Demon

の3連続の悪夢短編ストーリーに絞って書こうかな。
かなりの確信犯でこのストーリーたちは続けて展開されています。




「トンネル」

戦争を生き延びた兵士がトンネルをくぐると
その後を、戦死した兵士たちがついて来た・・・ というような話です。



生きたかったのに生きられなかった人たちが、どれほど、あの戦争でいたんだろうか。
確かに、死んだことを自覚していない人たちも、いたのかもしれない。
一体、何人の人たちが、想いを遂げられずに死んでいったのだろうか。
それを想像すると、ぞっとします。戦争を政治的理由から肯定することなど馬鹿げています。
”人が生きる”という自由を奪うことがどうして肯定されることができるのでしょうか?

それと同時に、
死んでいった人だけでなく、あの戦争を「生き延びてしまった人たち」の悲哀もしっかりと描いています
(一体、この短時間で、そしてあれだけの脚本と台詞で、どうしてここまでの広がりを持たすことができるのか?
すごすぎる演出力。アキラ・クロサワの名前は伊達じゃないですねまったく)

私のおじいちゃんも戦争を「生き延びた人たち」
おじいちゃんのお兄さんは、戦死した。

戦争を生き延びた人たちは、戦死していった何百人という、自分の兄弟や部下や友人の命を背負った上に
自分自身も敵国で痛めつけられて苦しみぬくという二重の責苦を味わさせられるということ。


こんな想いをして、私たちのおじいちゃんの時代の人たちは、
次の世代の生きるバブルの時代を創ってきたんだよね。
なんという力なんだろう。すごすぎる。

そしてなぜ、私たちは、たった1~2世代違うだけなのに
私たちのおじいちゃんおばあちゃんたちが負った この 罪 を忘れているのだろうか??



「真っ赤な富士山」Mount Fuji in Red

”富士山が噴火して、それだけじゃない、原発の5機すべてが爆発して、それが最も問題なんだよ”

赤く燃えるまるで空襲の空みたいな夜を避難民が殺到します。



正直この短編みたときはドキッとしました。
私は、過去に作られた作品を見ているのか?
・・・それとも、未来を見ているのか??

ゲーテは「想像力とは、ないものをイメージする力ではなく、
現実にあり得るものことを想像する能力のことである」と言いましたが
まさに黒澤監督はゲーテの言う通りの想像力の持ち主です。


赤く燃える富士。
そして海。「さっきまで避難していたみんなはどこだい?」
「海の中さ」

「放射能で少しずつ死ぬのと、一気に死ぬのとどう違う?」と海に飛び込もうとする男。
「大人はいいよ。でも子供はまだ生きなきゃいけないんだよ」という母親。


「放射能が見えないつって色をつけたからって何になる?死神に名刺渡されるようなものさ
あれが プルトニウム317(だっけ)あれを吸い込むと生殖器に異常をきたす
あれを吸い込めば1000万分の1グラムだろうとガンになる・・・・」


私の中では、黒澤明は、未来を覗いて、この短編を作ったのではと思えてきてしまうところがありました。
原発を肯定して、そして末路はこうなるとわかっていて肯定してどうする?
もし野が焼け爛れ、住む場所を追われ、海に飛び込むしかなくなったとしても
それでも原発は私たちに必要ですか?これは異常な考えではなくて、起こり得る事実で、実際に起きたことでもあるじゃないですか。



「すすり泣きの鬼」The Weeping Demon

水爆や原爆で荒れ果てた土地には、狂った遺伝子の花しか咲かない。
毛の生えた魚しかいない。まともな生き物などいない。
そして人間も・・・ つのが生えて、この荒れ果てた土地で、鬼となってしまった・・・

というめちゃ恐ろしい話です。


そしてその鬼たちは夕方になると角が痛み出して死にたくなるほど痛くてうめくそうです。
その鬼たちが荒地で集団でうめいている姿はまさに地獄絵。


あり得ないことじゃないよ
十分あり得ること

荒れ果てた土地には生き物が全くおらず
共食いをするしかなくなって
人間は鬼として生きるしかなくなる

十分に私たちの未来の現実世界の中で起こり得ること。

物語の力





「彼の物語を語る
そして彼は物語になる
そして彼は不死となる」(訳へたくそでごめん)


ひさびさにみた大好きな映画のひとつ「ビッグフィッシュ」より★



物語には力がある
それは事実をありのままに伝えるのではなく
事実の中に含まれている”命”を
活かして伝えるという力

もしかして
それは 大げさかもしれないし
虚飾かもしれないし
たまには 事実から外れているかもしれない

でも
その事実の中にあった
一番大切なエッセンスはずっと生きていく
そうやって事実は生き続けていく


だから私は
ファンタジーや物語が
心の底から大好きだ
いつも観てる世界の表層じゃなくて
その普段は見えなくなってる地面の下の根っこをも
魅力的に語ってくれるから


ビッグフィッシュのお父さんのロマンチックで大げさな人生のファンタジーの物語は
お父さんがどれだけ自分の人生や出会った人たちを愛していたかの表現で
だからこそ、そのお話を聞く人たちは、スリル満点のストーリーだけじゃなくてその愛に共感するんだよね

息子が
作り上げたお父さんの死に方のストーリーは
お父さんの人生や生き方を肯定した愛の表現で
それが 嘘か 本当か は 大して大切じゃない

物語はいつも
本質を
活かして伝えてくれる
力を持っている

だから私は
何よりも・・・
たぶんシッダよりも(笑)
物語と映画が好きだー!!

プレゼント

最近は色々あっていろんなことを書き残したいんだけど、
今はひとつこの話をまとめて書こうと思う。


胎内記憶のドキュメンタリー「かみさまとのやくそく」観てきました。
その中で子供が言ってたんだけど、(ほんと10歳ぐらいの子供たち)

「今まで(前世で)大切だった人とかに恩返しできてないから、
そういう人たちにおみやげ、プレゼントみたいなものをあげて、
自分の悔いがなくなってから、やりたいことができる」

って普通にカルマの法則を語ってた(笑)
子供が(笑)




この、「プレゼント」の意味とはちょっと違うけど、
”気持ち”で人に何かしてあげる、ということって、今のビジネス社会では薄れているのかもしれないけど
何もかもを超越して大切なことだって思う。


マザーテレサ的にいえば「心をこめる」ということ。





私がインドから戻ると自然と行くようになった美容室で、
スタイリング剤買おうと思ったら、
「これは餞別です」って、プレゼントしてくれた。
それで一番嬉しいのはもちろん、タダでいいスタイリング剤がもらえたことなんかじゃなくて
その美容師さんと気持ちと、そして、誰かとそうやって気持ちが通じ合えたということ。
仕事とかビジネスを超えた気持ちが、すっごくすっごく嬉しかった★
心がこもっているプレゼントって、そのあとの自分すら変えてくれる。



私が虫歯の激痛で泣きそうになりながらインドのホメオパシーの先生に電話したら
「分かった」と言ってくれて、忙しい中、わざわざ何度もDHLに通ったり色んな手続きを経て
数日以内にホメオパシーの薬を送ってくれた。
料金も前払いじゃなくて。
そのとき、一番私の中で支えになったのは、薬が手に入るということじゃなくて
やっぱりその先生がそこまでやってくれたという行動と気持ち。
それが、本当に支えになった。
私はやっぱりこういうドクターになりたいって思うw



他にも例を出せばたくさんあるけど、


気持ちからのプレゼント。
人に「心から」何かをしてあげることの大切さ。


前世記憶がある子どもたちに言わせれば「悔いをなくす」ということで
マザーテレサに言わせれば「その行動でなく、どれだけ心をこめたかが大事なのです」ということでもある。





だから私は、心をこめて生きたい。
その心がそして、伝わっていくように。
人の心を動かしていけるように。


なぜか難しいけど、でも、心をこめて生きたいと思う。
記事検索
月別アーカイブ
livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ