旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

マヤ文明

時間

そう
だから

みんな同じ一分
同じ一時間
同じ一日を生きているように見えて
本当は違う


アインシュタインは
「好きな人と手をつなぐ1分は短いのに
熱いストーブの上に手を置く1分は長い
相対性理論とはそういうことだ」と
そういえば
いってたよね。


みんな
ほんとうは

違う時間に生きている。

本来の時間と真のカレンダー

マヤ文明に触れたきっかけは、とりあえず
「今どきの私たちが使ってるカレンダーって、なんか違う・・・」って気がすごいして
その、不自然な人間の創り上げた「時間」と
本来の自然の中の「ほんとうのとき」がかみ合わなくなってめちゃくちゃ苦しくなり、

それを解決する術として、
自然にもっと沿った暦を知る術を身につければ、
きっとこの苦しさから解放される・・・と思ったからでした。


私はあんまり日にちごとに計画をしないタイプです。
時間のことを考えなくても、
「目標」を掲げて
それを意識しつつ生きていれば、
それがちゃんとできたり、終わるんですよね・・・。

何といえばいいのか分かりませんが。

例えば今歯医者に「早く治療しないとインド行くまでに治りませんよ!」と言われても
治療の時期は治療の時期だ、と、のほほんとしています・・・・(いいのか・・・?)




そういう、「自分のペースに合わせた」つまり
「自分の中の時間に合わせた」生活が、
インドではとても顕著だった気がします。


だから融通が利くんだ。




そう、私の住んでいたケーララでは、
ひとりひとりが、違う時間に生きています。




だから、みんな、試験だ!とかいって焦らないし(おい)
自分の都合や時間を大切にして、
それでちゃんと機能してるみたいです・・・?(かなりギリギリで)




日本にきて、ちょっと予定とか立てないといけなくなったりして、
この、デジタルな生活、時計を気にする生活をしてみると
その、「自分の時間」と「外の時間」とのギャップにかなり苦しみます。


そして気付きました。






そうか・・・

本来の自然な時間と、人間が作った時計とカレンダーの時間は違うのだと。





そして、

ケーララではみんなひとりひとりが、別々の時間に生きていて、
人間のつくったカレンダーの時間よりも
個々の自分自身の時間を優先しているのだと
それでも、それが個人個人で、大地に合っていて
個人個人の理にかなっているから、それで一応それなりに機能するのだと。








クラスメイトの子は星の位置で誕生日を知ってるので、
明確な「誕生日」はないし、毎年変わります。

タミルの古代の暦は、今の365日のグレゴリオ歴とは違います。
日本の昔のカレンダーみたいに、それぞれの名称があり、違うサイクルを持っています。



そしてタミルの暦は、
気候の中のヴァータ・ピッタ・カパと密接に関係し、私たちの体調のサイクルと密接に関わり
また、月と太陽と7つの惑星のサイクルとも関わっています。

占星学は、このタミルの暦と惑星と私たちの体・行動・思考パターン・家族・病気・癖・行動・などなどへの影響を
徹底的に分析し、

私自身が日常的に試験日程や帰国日程・帰国日数を調べたりできるほど
超便利な科学技術に発展しています。


マヤのカレンダーも
タミルのカレンダーも
この、自然と大地に沿った生き方をするために存在している
一番科学的で、本質的な暦の刻み方なのだから
占星術で色んな細かいことが分かるんだろうし

インドの人もあんなにゆっくりして
自分の時間を生きているんだ・・・

そして私自身も日本の時間の流れについていけないって思ったんだ・・・・

そんなことを掘り起こすことができた最近でした。





そもそも、今のカレンダー自体だって
「月」っていうし
日にちも「日」つまり太陽で
曜日にも惑星の名前ついてるわけで・・・
全然自然と無関係とは言い難いと思うけど。



元来のもの

「入門書」を読むんだったら、
最初っから、
それを発明した人の本を難しくても読めばいいじゃないか

言った人がいた。






ただいま、NAGAK'U奥義学校さんから購入した
マヤ暦について勉強しています。

マヤ暦って「宇宙と同調する」とか「2012年終末論」とか
「13の暦」とかでけっこう知ってる人も少なくないと思うんだけど
それは、マヤ文明を研究した博士が独自に編み出した解釈であり、暦であって
本来のマヤ文化の暦ではないということを、ちょっとここでももっかい取り上げようと思います。

ヴィパッサナー瞑想と座禅(ほんのさわりだけど)を体験したり、
ホメオパシーの先生の経験を教えてもらったりした経験もあり、
「一番最初に教えられている元来のものが一番良い」
と、私は痛感しています。

だからこそ、インドの医学の中でも最も古いシッダ医学を学んでいるし
外人ながらも、伝統を継承する立場にあるのですが。

だから、この事実を知ったとき、
伝統を学ぶ立場に居る人間として、どうしても、世間で認知されている「13の暦」を知る気にはなれず、
もっとお金がかかったとしても、本来の先住民的価値観をなるべくそのまま伝えているところから
情報を得たいと思いました。

ホメオパシーの先生も、
「様々な流派が出来たけれど、今は、クラシカルホメオパシー、つまり、
創設者のサミュエル・ハーネマンのセオリーが一番臨床に効果的だ」と言っているし、

私自身も、ヴィパッサナー瞑想という、仏陀が教えたそのままの瞑想法をやってみて、
座禅や禅と比べ、禅もヴィパッサナーのエッセンスを独自の方法で伝えていて文化として素晴らしいけれど
仏陀の弟子たちがつくった教えではなく(禅)
仏陀が教えたそのまんまの瞑想法(ヴィパッサナー瞑想)のほうが
よっぽど効果的だし、合理的だと感じました。

やっぱり、元来のものというのが、学ぶのには一番適しているような気がしています。

もちろん、それは学びにくかったりもするんです。
まとまってる中国武術のが、インド武術よりエッセンスも凝縮されていいよー
って何度も思ったけど。


で、何が言いたいのか。


何か発祥しても、だんだんまた、流れの中で変わってきてしまうんですよね。


シッダ医学のドクターたちも、西洋医学や様々な解釈を交えはじめて
元来のシッダ医学は少しずつ滅んできてしまっています。
占星術や錬金術がれっきとした科学として存在し、
それらの技術を使い、骨折を2週間で治していたような
本来のシッダ医学の能力が発揮された時代は
現地・タミルナドゥでも、少しずつ終わりかけているのです。

たとえば、もともとのシッダ医学では、気候や風土を病気と繋げて考えるのですが
「今時そんなことしてる人いないよー!」と笑うドクターたちがほとんどだったり、
シッダ医学を創設した聖者たちが書き残しているアガスティアナーディを知らないし
そんなものは信じないとしているドクターたちがほとんどだったりします。

診断を西洋医学で行い、薬の処方をシッダの薬にする、というようなやり方が
主流になってきています。


元来のものは現地でも少しずつ失われているのです。


そして、そうすると、シッダ医学の薬も効果が中途半端にしか出ません。
もっと薬の効果が完璧に、適確に、ピタリと働いてもいいのにって思うのに
なんだか本来の力じゃない感じにしか働かないんです。

シッダの古典にきっちり書かれている処方(薬と合わせるアジュヴァント・飲む季節・タイミング・食事法など)を
守りきれていないドクターたちがほとんどなのも事実です。

変に、化学の知識を混ぜ入れて、
シッダのシステムに照らし合わせて考えず
「この薬草にはLドーパが入ってるからパーキンソンにいい」と考えるようなドクターもいます。


シッダ医学のシステムは少しずつ、シッダドクターたちによって、曲げられてきているようです。


その中で、本来のもの、本質的なもの、残るべきものは何であるんだろう・・・と
少し模索した結果、

私が20代前半に大好きだったネイティブアメリカン・先住民たちの文化
つまりマヤの古代文明を学び直すことにより
インドの、本来の伝統、伝承すべき本質が見えてくるような勘を得ています。

実際に今、
シッダを学んでいて分からなかったことが
マヤ文明について少し触れるだけで「そうだったんだ」とはっとすることがあります。

なんかものすごい序章が長かったけど(笑)

「元来のものに戻って考えてみる」というのは、とても大切なことだと思います。

だから!わたしも!世界の医学のルーツであるこの医学
そして古代文明の名残!を
これから先、必ず必要となる日が来ることを信じて、
この道の中にいるのだけれど。
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