旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) 2016年8月〜 現在ブラウン公衆衛生大学院修士課程在学中。 このブログは10年前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

ひとりごと

バトルイマ、バクホンありがと

バトルイマ


うわーん
ありがとう、バクホン!!!

ほんとうはこういう葛藤的な悩み話は
「先生」になる人が普通に載せてて、
それってアリなのかしら?
って思うんだけど、このブログはずっと10年以上
感じたこと 思ったこと をそのまま書き連ねているので
そのまんまでいきますよん。

医者であり先生である前に一人の人間である私なのだから。



THE BACKHORNは14年以上私のフェバリットバンドなのです。
彼らは私が音楽を通じるのならやっているだろうことをすべて体現してくれています。
この人生のなかで、このバンドの歌に何度励まされてきたか。何度初心を取り戻したか。

いちばんじぶんにもどりたいとき
わたしはいつも 彼らの歌を聴く
いちばん大切なものをとりもどしたいとき
わたしはいつも 彼らの歌を聴く
それがたとえその曲を聴く瞬間だけであっても
いつも なくしたうたは こころにある


まっすぐにいのちをみつめることを
彼らは知っている


「人気もんも嫌われもんもみんな仲良く壊れもんさ
おこりんぼう さみしんぼう あまえんぼう きかんぼうに あばれんぼう
いい善人 悪い善人 いい悪人 悪い悪人もみんな愛しきコワレモノさ」

こんな風に すっと見つめてくれるんだ
わたしの いま を





バトルイマ。



わたしは正直最近不安だった。
ここを出てそれからどうするのか。
頭の中でぼんやり描く人生地図はあるけれど
現実にそれが起きてくれるのかはわからない
それとともに迫る年齢。
この歳になって、貯金なし。すねかじり。
今のところ見当たりそうな仕事は…????
現金が見込める仕事(講師など)よりも本当は臨床をやりたいし。

インドの田舎で外国人1人で

命をかけて、
おしゃれもおいしいものも食べずに
学問に身を投じた
努力した 苦労した 命を削った
その苦労に見合う結果は訪れるのかなあとか

世界にだけでなくインドですら知られてない医学を。

アーユルヴェーダ大学に行ってれば
ホメオパシーに行ってれば…
世界に広まりつつある医学の最高の教育であることが確かな上に
探せば就職先だってあまたあるんだろうと思う

本当にこんなことを終えて
しかも、首席をとるぐらいに猛勉強をして
身を投じて、



収入はあるんだろうか。


結婚はできるんだろうか。




たまに想いを馳せる


私は、医学のフィールドに入らずとも、
フォトグラファーになってジャーナリストになってメディアの世界で活き活きとしてたんじゃないのかなあって

それか人類学者としてネイティブアメリカンたちと一緒に生きてたらそれなりに幸せなんじゃないのかなって




どんなに考えても私の位置は変わらないので
意味ないんだけれども
そんな風に思うのも
当たり前だと思う。



そんな風にほうけてしまう私に
バクホンは叱咤激励をくれるんだ

いつも。いつもいつも。



「たとえ小さく打ちのめされても
くたばりはできねえ


誰も教えちゃくれない
掴み取れ


魂に迫り来る闇の奴隷にはなるなよ」



「君はまだ知らない
それでも世界は素晴らしいことを

君はまだ知らない
いつかは飛べる日が来ることを

君はまだ知らない
たくさんの喜びが待っていることを」(サナギ)




私は
飛びたい
自分で見つけ出した
そして自分自身で掴み取った翼で
この世界に収まりたい

シッダ医学であることも
医者であるのを選んだのも
それが本質的な理由


わたしは
知りたい
この宇宙にある命の秘密を
整体界の天才の野口先生みたいに
シッダーたちみたいに
ブッダみたいに
キリストみたいに
わたしは
そこに届きたいから

生命と本当に向き合って語り合える道を見つけて
人類に道を示したい
先人の素晴らしい人たちが成し遂げたみたいに
もし 私が見つけられなくても大丈夫
シッダーたちがすでにそのメゾッドをすべて書き残してくれてるから
私は媒体になればいい

だけどその目的は

ひとびとが生命の大きな流れの中で
生命の力とともに生きていけるように
その流れから外れない道を

そういう道を
見つけること


収入や結婚や仕事の心配は当たり前。
「たとえ小さく打ちのめされても
くたばりはできねえ」
頭ではいっつも不安になってる
でもたぶんそんなことにはおかまいなしに
私の あゆみは 止まらないよ。


シッダドクターである以前に私は医者で
医者である以前に
私は人間として生きている



今まで必死の思いで得た土台を元手に、
一体それをどうやって見つけていくのか?
それは一体なんなのか。

私はいつか道を見つけるのだろうか?



「もっと大きく もっともっといこうぜ

探し続けようぜ
それが生きている証」(バトルイマ)

「世界のどこかで君を待っている人がいるんだ

one more time we celebrate
I found a place where I belong…

いつでも君の世界の見方の味方さ
続けておくれよ物語を…

…誰も知らないメロディを聴かせてよ」(シメントリー)


「どうかノーミスよりも濃密な人生を」


うん

これでいいんだ私。
このまんまでいいんだ。
就職 収入 結婚 雑音は心を乱すけど
でもわたしはわたしのいのちが求める道をゆく
「One more time we celebrate
We found a place where we belong
We are walking on this winding road...
Sing a song When rain drops
Everything is gonna be alright...

君のおかげで生きてる
だから
だんだん変わって少しずつだって最大限描けるよ」

量子振動

「ただ独り
荒野をゆく定めの旅人よ

しかしして
そなたの戦いは
そなた独りのものにあらず

....

肉体は滅び
精神は消えるとも
その命の発した量子振動は
永遠に宇宙に残響する 

そなたの戦いは
この者たちの戦いでもあるのだ 」

銃夢lastorder 

証明。。。と最近

この二週間でトータル10人。
日本人と現地人両方、私のつてみたいな感じで来た。
一人良くなると芋づる式にたぶん次から次へと来るっぽいからこれからももっと来るんだろうな。

私がなんとかかんとか自力で病院で得た技術で治療した日本人も二人。
日に日に良くなっている!とのレスポンスは本当にありがたかった。。。
病院で学んだことを即自力でやれる環境、そして良くなったという物理的結果に感謝。
何よりも短期間でここまで訓練してくれた先生に感謝。


この二週間でシッダ医学の整形外科は超低コスト、シンプル、場所も金も必要ない上に
めちゃくちゃ効果的だとよくわかった。
日に日に良くなる患者さんの輝きをみてれば一目瞭然だし、
施術直後に感涙する患者さんがいるほどだし。
この先生がたぶん凄すぎるんだろうけども。

興味なかったw整形外科の需要は、ほんとにめちゃくちゃ高い上に、
この医学の整形外科で、できることがたくさんあることを学ばされた二週間。

皮膚病系も、需要ありすぎるしこの医学にはやれることがあることを患者さんたちが証明してくれている



これからもたぶん、よくなった患者さんがどんどん他の人を連れてくるんじゃないかなと思う。
口コミで増えてきてる患者さんこそが証明。



よかった、私にはあと一ヶ月あって。
軌道も取り戻してきたし、一ヶ月はしっかり頑張りたいよう。


この技術で、今も苦しんでて解決法が分からないたくさんの人たちを助けられるのだと
証明してくれた患者さんたちとこの病院での経験。
この技術をできる限りまなんで、これから先、治る見込みがないと悩んでいる人たちを助けたい。

だからあと一ヶ月、しっかり学ぶのをサポートしてください、シッダーたちと神様!!!!



あと、「お前は世界的に考えてもシッダ医学のグルなんだから、
シッダを学びたい人たちをちゃんとガイドしないとダメじゃないか」と言ってくれた
かっこいい素敵な(しかも名医)先生の言葉が深いところで今いきはじめてる。
(でも、今、シッダの大学に行くことはマジでおすすめできませんので、あしからずですね。
私に今できることは既にやっている三日間の入門講習です)

もっとこのこと自覚しなきゃ。


世界で私だけが今外人としてこの技術と医学を知る機会をもっている事実と
これがあればたくさんの人が助かるという事実と

この医学は、世界に広まりたがっているという真実を。



。。。でも、やっぱり正直に大学は勧められませんが。
 

ゆだねなさい

神様には
なにか考えがあって
わたしを
ここに居させて
こういう体験をさせているのだろう

神様には
考えがあったから
わたしは
10代でエリート校を辞めて、世界を旅したのだろう

神様には
考えがあるから
だから私は
たまに奇跡的に知り合った人や、みたものたちから
間接的にアイディアを得て
それを蓄積しているんだろう

だけど
きっとそれには時間がかかる

だからわたしも
ゆっくり待とう

そして
神様には考えがあって
わたしは
今までの人生の経験すべてを体験しているのだと
信じてゆっくり待とう

ときがくるまで


フランクルは、日々の「態度」によっても人は人生に価値を見出せると言った
毎日の日々を
もし、無駄にだらだらしている日があったとしても、それは休息に必要だったということとして認めて
そしてインドの田舎で孤独に一人で誰も理解してくれる人も料理してくれる人も掃除してくれる人もいないし
友達もいないし支えてくれる人もおらず、全然文化と生きるペースが違う中やっていくのは
6年経ってる今でも厳しいのだから、仕方ないってことをちゃんと受け止めて

わたしの「今」を受け止めて
神様の考えを信じて
毎日の日々にきちんと向き合って
ゆっくり待とう

ときがくるまで

I"s 最終巻と実存分析





何この漫画~~
超泣いたんですけど、ラスト!!!!
めちゃくちゃいい話じゃん!!!!!!
何このラスト~~!!!


・・・でも私は男より夢を取るだろう派なので、伊織ちゃんがホントにこれでいいのか分かんないけど・・・
でもきっと、伊織ちゃんは芸能界とは違う形で演劇をやっていくとか
そんな風にきっとなるんだろうね★★


・・・ちなみに私としては、この漫画の中のカワイイ女の子の中では泉ちゃんがタイプです。



で、こんなこと書いたって仕方ないのでこのあらすじと、
ピュリッツアー賞受賞者の歴史に残る精神科医の実存分析についてちょっと考えてみます。


前にも書いたけど、
実存分析の目的は
「使命・責任を本人に気付かせる」
ということに尽きるようです!(ちょっと自信ないのはまだ勉強中だからです!)


そしてこの漫画「I”s」は、まさに、ラストでその真骨頂を描いている気がします。
私がこのラストに号泣したのは、ただ単に泣けたわけじゃなくって
何かこの話の中に真実が含まれてるからなんだろうなと分析した結果、
フランクルが言ってることを物語で表現してくれているっぽいことを発見したのです!!





この漫画の最後のほうで、
高根の花と思っていた伊織ちゃんと両想いになったものの、
芸能界デビューをし、商業舞台に出はじめ、
しかも雑誌やテレビにも出始める伊織ちゃんに
イチタカくんは、自分との距離だけでなく




「着々と夢を実現していく伊織ちゃん」と、
「何の目的も夢もない自分」




を比べてしまい、自分が本当に彼女にふさわしいのか、
せっかく、やっと、3年越しの恋が実ったのに・・・悩みます。(なんつー、人生のドラマが凝縮された漫画だー)
(他にも色々悩むことはあったのだけど、これにフォーカスしてみます)


思えば大学受験も、伊織ちゃんと同じ大学に行くためで、他に理由はなかったし、
「自分の夢」を見つけてみようと一人暮らしをしようとしたりしても見つからないし
着実に夢に向かって突き進んでいる伊織ちゃんと、どんどん距離が離れていく気がして落ち込みます。
しかも伊織ちゃんはどんどん雑誌やCMやらに出て有名になっていくし・・・
さらなる距離感と、自己嫌悪感に彼は悩まされます。



突然ですが、

フランクルの「実存分析入門」に何度も出てくる言葉にゲーテの言葉があるのですが
ゲーテは


「我々が人間を彼らがあるがままに受け取るならば
それはよい扱い方ではない。

我々が彼らを、彼らがそうあるべきであったかのように取り扱うならば、
われわれは彼らをその行くべき方向へと導くのである」



と言っています。


・・・漫画「I”s」では遠回しに、ゲーテの言っている言葉を超意訳してくれてます。


「人間を彼らがあるがままに受け取るならば、それはよい扱い方ではない」
→「夢がなくてプータローでダメなイチタカ」


・・・漫画「I”s」では、「夢があったって、私の元彼氏みたいな人だっているわけだし、そのままの瀬戸さんでいいと思います」という手紙をくれる子がいたり
「うちらだって何の目的もなく大学行ってるんだよ。寺谷なんて完全に合コン目的だし」
「プーだろうがなんだろうが肩書きなんて関係なくてお前はお前だろ!」
と大学合格組の同級生は言ったりします(なんていい人間に囲まれてるんだ彼は)

イチタカの本当の姿って、そんなんじゃないんだよ★ってこの漫画では繰り返し色んな形で導いてくれます



そして、ゲーテの次の言葉。

「彼らがそうあるべきであったかのように取り扱うならば、
われわれは彼らをその行くべき方向へと導くのである」



→「伊織ちゃんを大好きなイチタカ!!!!」
伊織ちゃんを守るために護身術を教えてもらおうとするイチタカに快く教える越苗くんや
伊織ちゃんを犯行声明犯から守ろうと張り込みをするときのイチタカが「輝いてるな」と嬉しそうな親友、寺谷。

また、プロダクションから圧力をかけられ、伊織ちゃんに別れを告げたイチタカに
「そんなんじゃ私たちが納得できないって!」と同級生や、親友、(私の大好きな)泉ちゃん★たちが
伊織ちゃんのラジオ収録の日に彼の家にまで駆けつけて、みんなは彼の在り方を応援します!!




そして、「彼らがそうあるべきであったかのように取り扱うならば、われわれは彼らはその行くべき方向へと導くのである」
というゲーテの言葉と、「実存分析とは、使命・責任をその人に気付かせることなのである
というこの二つのポイントの真骨頂が最終話に描かれています。



うーん、色々あって、主人公イチタカはこん睡状態の夢で、「自分の在るべき姿」を見ます。
自分には「何もない」と思っていたけれど、
「伊織ちゃんをずっと一生守る」という、確信できる自分の姿に気づくのです。

・・・これぞ、「使命・責任をその人に気付かせること」そのもの。


さらに「彼らがそうあるべきであったかのように取り扱うならば、われわれはその行くべき方向へと導」いてくれた
幼馴染で理解者のいつきからのビデオレター。

いつきが、「いっチャンと同じ”夢”を私も今持ってるんだ!!」という内容。


「夢なんかない」と悩んでたイチタカに彼が持っていた”夢”を教えてくれるいつき。




それは、好きな人に幸せでいてもらいたいと思うこと、
そして一緒に幸せになるということ★

「自分のことじゃなくて人のことも考える夢なんて
なかなかできないよ」


って言ってるいつき、マジで泣かしますぜ!!!




イチタカは「社会が欲している”夢”」が自分にはないし、”プータローである”という肩書き
(さらには、彼女になった伊織ちゃんがどんどん有名になっていくのをみて自分との差への焦り)
に悩んでいたわけだけど、

「イチタカが在るべき姿」というのは
そのまんまの、そうあるべきであったのかのような、「伊織ちゃんが好きで伊織ちゃんを守る」

ってことだったんだよね★


これに気付かせてくれる、しかもそれを、「自分の使命」とか「夢」とか大きく見える人生の目的とつなげてくれる
この漫画は、まさに私に、しつこいけど、


「われわれが人間を彼らがあるがままに取り扱ったならば、それはよい扱い方ではない

われわれが彼らを、彼らがそうあるべきであったかのように取り扱うならば、

われわれは彼らをその行くべき方向へと導くのである」


というこの言葉の真骨頂という快挙を成し遂げている作品だと思います。

しかもそれが、
仕事とか、俳優になるとか、私みたいにインドで医学をやって人類に貢献するぜ!とか、そんなたいそうな夢じゃなくて

「ただの恋」というところに超身近に感じるし、

そして、「うーん、私にはできない」(この漫画のラストでも、「なかなかできないことだよ」といつきは言ってくれる)

みたいな、”プータロー”で”夢もない”イチタカくんの
ありのままの姿のすばらしさ

みたいなのを感じるところに
フランクルの実存分析の真意が描かれている気がしてとっても感動しました★



青春って自分の在り方に悩むということで
それそのものが「自分の責任や使命について問う」ということで
それって、実存分析じゃん!

つまり、実存分析は、私たちが思いきり通り過ぎた青春そのもの★尾崎豊★(笑)
つまり、実存分析って、なんかたいそうな名前がついてるけど
「わたしたちがどうあるか」という、みんなが通り過ぎていく青春、つまり、誰にでもあることなんだあ!!
みんな人生の上ですでに実存分析やってるじゃん!(私もそうだったか)

背伸びしたり、無理したり、かっこつけたりするんじゃなくて
ありのままでいい、その良さがいい、ということを、イチタカくんの恋愛(誘惑もいっぱいあったとこがまたリアル★)を通して語ってくれてるこの漫画は

なんか今読んで格闘し気味のフランクルの実存分析について素晴らしい意見を与えてくれた気がします。



なんか数日めちゃへこんでたけど、生きるって、そうなんだよね・・・
自分がどう在るか見つけていってそれを実現していくことだよね。

その助けにいつか自分もなれればいいな★

漫画を通してでも、医療を通してでも、何を通してでも、それはできることなんだねー


ほんと、いい漫画だった!!





あんま青春映画とか青春ものとか恋愛ものとか触れないけど、他の恋愛漫画とか超薄っぺらく見えるほどにw(でも全然読んだことないから言えないけど)確実にアメリカのドラマやインドの恋愛はただの”偽装”に見えるw

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