旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 伝統医学を 西洋科学のメゾッドで ひとびとに ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) ブラウン大学公衆衛生大学院修士、 ワシントン大学疫学博士課程在学中・国際臨床研究センターにてPhylogeneticsによるHIV・コロナウイルス感染予防の研究助手 2019−2020年 WHO・インド伝統医学標準化のための国際会議にてのシッダ医学グループのWHO指定報告者(書記)担当 このブログは15年ぐらい前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ブラウンでの話 アメリカやインドの生き方 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2005年09月

ずっと見なかったゆめ

今日 
初めて
もう 
忘れちゃったんだけど
あなたと一緒にどこかに行ってる
ゆめをみた
ただ
つないだ手だけ
そしてあたたかさだけを
思い出せる
そんなゆめをみた

出てきたときは
いままでぜんぶ悪夢だったのに
はじめて
おだやかなあなたのゆめをみた

それと同時に
ここ数日、まだテリーが居なくなる前
テリーと一緒に散歩をしたり
テリーが元気になってくれた
そんなゆめもみた

きっとふたりは
むこうでであえたのかな

そんな気もして
そして
ふたりにありがとうと言いたくなった
テリーが導いてくれた気がしてしまう

そんなゆめをみた

20歳

17歳になったとき
16歳の年が一番輝いたときだと思っていた
学校をやめて、映画を観て、映画館の手伝いをさせてもらって、
好きなことをして。
リストカットもオーバードーズも知らないうちに収まって、ああ
こんなものがいやだったのね、すきだったのね、って
自分の心の声に素直になっていくときだった。
父はあいかわらずうつだけど

18歳になる前は
17歳が一番素晴らしいときだった。
初めて一人旅をした。日本でのあの17日間は、私の一生に影響し続けている。
ヨルダンに行き、東ティモールに行き、
そして、偶然とあるNGOと親しくなりそこで勉強をはじめた。
様々な世界が見え始めているときだった。

19歳になる前は
18歳が一番、一生懸命だったと思っていた。
まず、誕生日に受験に落ちた。そして同時に、最愛の人が祝ってくれた。
自分の力で稼いだお金、自分の力で見つけた旅行会社で
チベット難民キャンプにホームステイして、
初めて自分ひとりで海外を旅した。忘れられないような恋もした。
そして 少しずつ人間の関係が色んなところで築かれるのを感じていた
中華街でのアルバイトでであった人々や
旅行会社の人、NGOの人たちとのつながり。

だけど今、ふたたび
去年の一年間。
19歳の一年間が私にとって一番大切であったと言える。
19歳のほとんどは海外で過ごした。
そして、ほとんど、泣いてすごした気もする。
アメリカへの短期留学。一人旅。

私の全人生で一番大きいことであろう
恋人の突然の死。
そのショックで旅した、インドでの辛く苦しい日々。
その後の、世界の見え方の違うこと。
アメリカ大学への出願、合格、そして渡米。
メキシコ国境の大学で新しい生活を始めているつもりが
日本での飼い犬の急死。

なんでだろう、
ひとつも後悔してないよ

そしてあと数週間で訪れる
私の20歳の一年間も
19歳のときよりもきっとずっと
輝いているのだと、深く信じているの

あれ、不思議だなぁ。
そういえば大検もとったしTOEFLもとったしたくさん、実は大学受験のために
色々と努力したはずなのに
全然重みがないや

そんなことよりずっとずっと
人生を楽しんでこれたつもりだ

そして、彼の死のおかげで(?)
このブログもまめに更新されるようになり、
来客数も今では30倍ほど!(って前が居なさ過ぎたんだろ)
これからも気持ちを吐き出すと同時に
誰かの気持ちも動かしてゆきたい
そう、私たちは、感情でつながれるの

今、思い返して
よかった
間違ってはいないと思った
これから成長して
もっと辛いことをたくさん経験して
思い切り死んでゆきたいものです

昔の自分に

動物を
インドのひとたちを
見ていたら

死んでしまいたいなんて
どうしていえるのだろうか

ただ
逃げてゆきたいだけじゃない

居る 場所が
いやなだけじゃない

それとこれとを
取り違えないで

葬儀

そしてこの記事に泣いた
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050922-00000004-jij-soci

  従来型の葬儀をしたいとの回答は全体の32.0%。これに対し、オリジナルな式を希望した人は15.0%、しなくていいと答えた人は25.3%に上り、参列者を家族や親族、友人らに限りたいとの意見も目立った。

どれだけ 死ぬ こと が
そして 生きている という 実感が
日本の人々から離れているのだろうかということが
分かってきた気がして泣けてきた

でもだからよかった 
一番大切なものを教えてくれてありがとう
2005年
2つの身近な命が死んだ
そしてそれは確実に他の命と、
生へと繋がっている

不死身のはずの経済よ
いくつ 経てば気づけるの
どれだけ あと犠牲が必要なの

empty house

あの子は
私があの家に引っ越してきたときから
一緒にいた

あの子が居なくなるということは
私が引っ越してきてから
あの家で過ごした全てが
なくなってしまうということなのだろうか

私は
見なかった
あの子が
身体をいかに壊していくかを
立つ力すらなくなってゆくところを
見ることがなかった

引っ越してきてから
すごしてきた12年間の
家の中の一部だった
そして一人っ子の私の
弟のようだった
あの子が居なくなって

母は
どんな気持ちで今
家事をしているのだろうか
空っぽの家の中で
誰も迎えに来ない 玄関で

わたしは
なんて遠いところで好き勝手なことをしているの
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歩海@Seventh Jenm...

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