足がありレーシックで矯正した目もあり…
わたしには からだが まだ 与えられている
昔 彼が死んだときも おなじことを想った
わたしは、わたし自身を
今度は認めてあげなくてはならない。
一匹の猫は、
世界で、
この全宇宙でたった一人、
私だけを
私だけを愛していた。
そんなに認められていた 私 が
私を認めなくてはどうするのだろう。
そして
「君は俺たちのファミリーだから。しっかり勉強するんだぞ」と言うハウスオーナーの息子。
友情だけから、24時間、計10日間、しっかり付き添ってくれた友人。
友情と責任だけから、私を助けてくれたお医者さん。
H1N1の病室で出会い、わたしのことを気に入ってくれ、
病院でバナナの葉を用意してまで食事を用意してくれたり、
お寺でお祈りを捧げてくれていた彼女。
みんな、私が具合悪いと聞いて泣いている。
チロのために泣いている。
今も、私が1日3食食べるように取り計らってくれる友人兼ホテルオーナー、
ハートのごはんを作ってくれた彼だって、私のためだけにそうしているのだ。
わたしには 組織的な 力はなくても
わたしという人間の魅力が、というのは言いすぎるけれど
ひとびとが、居るのだ。きっとそうなのだ。
チロ、ありがとう。
チロが私に向けてくれた愛によって、
私は人を愛せるのだと、そして愛されているのだと、
やっと自分自身を認めることができるよ。
これからたくさん勉強して、今までの経験値にかなうぐらい勉強するんだ。
病気で3カ月試験前に勉強できなかったという
凄まじいハンデがあったのに
一年目の科目は全学年4位、
アメリカでだって完全オールA、GPA4.0
わたしには勉強する才能も備わっている、
”波乱万丈”と言われる生き方にかなう分の勉強できる能力が私にはあり、
私の魅力だけで人は私を助けてくれていた。組織の力などひとつも使わず。
チロ、がんばって、って言ってくれてたんだね。
私の姿を認めてあげて、って言ってくれてたんだね。
私は、生きている。
