旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 伝統医学を 西洋科学のメゾッドで ひとびとに ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) ブラウン大学公衆衛生大学院修士、 ワシントン大学疫学博士課程在学中・国際臨床研究センターにてPhylogeneticsによるHIV・コロナウイルス感染予防の研究助手 2019−2020年 WHO・インド伝統医学標準化のための国際会議にてのシッダ医学グループのWHO指定報告者(書記)担当 このブログは15年ぐらい前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ブラウンでの話 アメリカやインドの生き方 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2012年10月

世界の人口の半分以上は米と豆で生きている

ずいぶん前に書きとめていた記事UP。
わたしの感性の話なので、知識としてはリサーチしてなしです。


昔、アメリカに居たころに、Hunger Banquetってのがあって、
世界の貧しい人は30時間に1度しか飯を食べられないってことから30時間断食ってのがあって
(参加すると " I am fasting, ask me why”ってTシャツくれた)
それをやったりしたことがあった。



Hunger Banquet(夕食会)では、
30時間の断食後に、
無料の夕食を食べるために、くじびきをひくわけだけど、


くじびきで当たったラッキーな人は(1割だっけ?)
コースディナー+デザート。

次の人は、お米と豆と水。(2割?)

ほとんどの人(7割?)は米と水。


がOfferされました。
・・・ちなみに私は米と水でしたわ。
そして友人はラッキーに豆つきのくじをひいたけど、わたしのために米と水コーナーへ・・・(笑?)


しかし、
30時間断食してた自分には米と水でも十分輝いて見えたしめちゃくちゃうまかった!!!
でも、床に座らされて手で米と水を食わされていた私たちには
のんきにパスタやサラダやデザート食ってるラッキーくじをひいた彼らが殺したいぐらいに憎かったのも事実。
こっちは30時間断食して米と水なのに
お前らサラダ悠長に残してんじゃねえよ!!!!とぶんなぐりたかったですね。w。







つまりはそのバンケットでは、

「世界のほとんどの人は米と水か、
米と豆で生きてるんですよ!!
あんたたちみたいに、デザート+サラダ+パスタなんて食べてる奴らなんて
世界の人口の中ではほんとにちんまりの超少数派なんだからね!!」
ってことを伝えたかったらしいのだけれども。





・・・・インドに暮らす今、

ケーララで普通に過ごせば、
今は世界の人口の多数派の食生活をすることになる。




うん。
・・・確かに米と豆だわ。


と思う毎日。




クラスの子に分けてもらうお弁当は、
大抵

ごはん+ココナッツでつくったチャンマンディ 

または、

ごはん + 大量にいためた野菜(1種類)

のみである。


それでもおいしく、わたしはしょっちゅう気前よくみんなから分けてもらってます。
それをあてに米だけを大学に持っていくこともあったりする最近。





クラスの子と大学の食堂へいくと、
1種類しかない昼ごはんは、

常に
ごはん+豆カレー2つ+サンバル(野菜カレー)

である。
ネパールや、バングラデシュのあたりもこんな感じだったし
メキシコも肉があるということを除くと基本は豆と米だったな。肉があるって豪華やん・・・・て感じだが。
東ティモールも豆とイモ、だったし。



私が仲よくしてる、観光地に働くネパール人たちも毎食豆スープに米。






米と豆か、
豆すら上等に感じることも多い今日この頃。
今日も、豆を食べるために、食堂へ行ったわたし。




豆も色んな種類があるし、色んな味付けの方法があるので、
米と豆というとちょっと語弊があるかもしれんなぁ、とも思うけどね。





ハウスオーナーの家ではいっつも
チキンカレーかマトンカレーのときは、私にもごちそうしてくれる★
チキンなんて贅沢だよね!!!!!!
魚はけっこう食べるけど、
マトンだなんて1年に何回食べられるかどうか・・・!!






ふつーに思えていたパスタやサラダや牛丼(?)の世界は
信じられないほどにリッチな人間のすることなんだなぁと
ここでふつーに暮らしてると思えてくる。




パスタとかピザとか食べたい場合、
うちのクラスの子じゃとてもじゃないけどお金払えないだろうと思うぐらい高い。
それにまずはここでは食えないから遠くの都会まで行かないといけないし。

安いピザ1枚分で、うちの食堂の昼飯10日分に相当するし、
そういうところで食事したら、
1回の食事が、うちの大学の寮の1カ月分の寮費に相当する。
(うちの母が「こんな部屋のためにお金払ってるの?」とコメントしたほど酷い寮だが)

まあ、こっちの国のものじゃないけど、そういうものを食べたいとなると高額だよね。





アメリカでは「世界のほとんどは貧しいんだなあ」ってその夕食会でみんな思ったと思うけど、
自分が今その「米と豆」のスタンダードに暮らして4年近くになる。


それを普通と思ってれば、まったく気付かないぐらいフツーで、
むしろアメリカにいたころ「普通」と思っていた食事が
めっちゃ信じられないぐらい豪華やん!
と気づく今日この頃。


むしろこっちの<質素な>食べ物がフツーで、
昔の日本もそんな感じだったし、

現代日本やアメリカでの”普通”が、
おかしいぐらい豪華なんだよな?
毎日がごちそうやん!!!!!!!!











 やっぱり、米と豆だよなぁ、そうだろうなぁ、
世界のほとんどの人は。



それが当たり前のように感じる最近。

裕福に育つってすごいことだなぁ。
日本のコンビニ弁当ってすげー贅沢だよね。肉も入ってるし!

こっちにいれば、カップラーメンがぜいたく品。
プラスチックのコップなど日本じゃ100均で売ってるようなものが
こっちだとデパートで売っていたりして実際、超おしゃれに見える。





裕福さを裕福と感じなかった日本やアメリカでの生活が
信じられなくなってくる最近なのでした。




***


恋の悩み。
おしゃれの悩み。
痩せたい悩み。
友人関係の悩み。

そんな悩みとは無縁に、ここの人たちは、
毎日朝から晩まで働いて、わずかなお金を得て、
そこまでおいしくないものを毎日同じように料理して食べている。

今までとこれからもずっと同じに大切にしていきたいもの。



すんません、自分の言葉じゃないんだけど
北山耕平さんの言葉から抜粋させていただきます。



今まで(10代のころから)も、これから先(30代以降になっても・・・)も
ずっと同じに大切にしていきたい一番の心のもとになっているもの。



「それがなにでれ、
あなたが自分のものだと思っているものはすべて、
ほんとうはあなたのものではない」


「だからあなたは自分が手にしたものを、
みんなと分けあわなければならない」




・・・わたしたちは、できるだけすみやかに、自然を相手にした戦争をやめなくてはなりません。




北山耕平「自然のレッスン」より。





前も書いたけれど

わたしが今ここで医学をやっている理由は、たぶんわたしだけの理由だろう(といいな)
(一番でかいのは成り行きだけどね)

人々が目覚める手伝いをしたい(こう書くとなんかスピ系ぽくて嫌なんだけど)
自然を取り戻したい
ほんとうの文明を取り戻したい

そんなところが一番根底にあります。


そっからはじまって

コストがかからない(西洋医学みたいに企業が生産した商品である薬に頼らず、ごみを出さず、機械を必要としない)医療がいいな。

医療は国境がないし身分も何も関係がないよ。

シッダ医学はよく考えたら解脱(目覚める)を目指しているじゃんっ。



というところで今に至ります。

27回目の誕生日

何度も毎年書いてきたと思うけど、

インドでは誕生日に

人からものをもらうんじゃなくて、

人にものをあげる。



でも こっちのが何千倍も素敵だと思う。

みんなにちっこいキャンディを1つずつあげるだけで
その全員から 笑顔で
「おめでとう!」って言ってもらって
みんなで幸せをわけることができて
みんなに自分の誕生日を知ってもらって祝ってもらえる。


「今日は私の誕生日なのに、誰もいわってくれない・・・ 誰もプレゼントくれない・・・」
とか堕ち込まなくていいし(笑)

むしろ、

あげることで実は自分がそれ以上に満たされてることに気づくはず。


私はこっちのほうが大好きなのです。




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