旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 伝統医学を 西洋科学のメゾッドで ひとびとに ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) ブラウン大学公衆衛生大学院修士、 ワシントン大学疫学博士課程在学中・国際臨床研究センターにてPhylogeneticsによるHIV・コロナウイルス感染予防の研究助手 2019−2020年 WHO・インド伝統医学標準化のための国際会議にてのシッダ医学グループのWHO指定報告者(書記)担当 このブログは15年ぐらい前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ブラウンでの話 アメリカやインドの生き方 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

2013年07月

なんじゃこりゃ=憲法改悪!!!

憲法改悪の動きは10年以上前からある感じでしたが、まさかこんな進んでいたなんて・・・


インドでネットなし情報社会解脱生活長らくしていた者にとっては、
しょ、衝撃っていうか・・・冗談でしょ?
 ええ何コレ?!

 今まで知らなくて全然タイムリーじゃない話載せてごめん!!
でもマジで今知ってビビった。

 http://www.geocities.jp/le_grand_concierge2/_geo_contents_/JaakuAmerika2/Jiminkenpo2012list.htm#top



人権なんですが、
日本じゃ権利は当たり前だから気付かないかもしれませんが、

 インドじゃ、たとえばバスから人がこぼれおちそうになっても誰も気にも留めなかったり、
何か盗まれてももちろん誰も気にしないし訴えてもムダ、
 レイプなんて7歳がレイプされるとか、日常茶飯事すぎてニュースにもならない。

 生徒は先生に対して何か反論することなど許されず、
ちょっとでも何か校長に対して反することを言うと それが大学中の問題になって下手したら停学食らう。
 こっちが正しくてもね!?
先生が何も教えてくれないせいで生徒が試験書けない・・・のは生徒のせいにされる、大学の責任じゃなくて。
 生徒にはうんともすんとも言う権利ない・・・。

こういう世界に生きていると、権利ってどんなに大切か!!!!!
人権というものがどれだけ長年の苦労のもとに獲得されたものなのかを日々痛感させられざるを得ないのです。 本当に、権利・・・日本では当たり前のように思われていることって、
歴史をみれば一目瞭然のように、本当は当たり前ではないのです。

 こんなことが起きていたなんて・・・  スタジオジブリが色々やっているようで頑張ってほしい!!

日本の状況、ニュース、メディアなどがどれぐらいあらわにしているのかは分かりませんが、
みなさん、メディアに惑わされず、ちゃんと自分の頭で考えて、ちゃんと投票してほしいです。

恋と愛とソウルメイト(類魂)


ずっと愛と恋愛っておんなじだと思ってたからきっと私は失敗してたんだろう。

もちろん、もう、あれから9年になる…死んだあなたのことは
恋だったと思うし、本質的に愛していたと思う。
あなたの死のおかげで、愛は死の哀しみすらも越えることのできるほどに大きいものだと知ったからには、
あなたとの関わりは恋愛であり、愛であったといえると思う。






でもなんか最近、ほとんど外と関わりがないかわりに、
見えない世界との関わりがすごく増えてきてるところで、
本質的な愛っていうのは、
男女の”恋愛”が到底及ばない位置にあるのだと思わされる。
その愛の前では、恋愛など工場で大量生産されてるお菓子みたいなそんなものにすぎないような。


私には今、とってもとっても大切な人がいる。
出会ったのは、2年前だったのだけれども、彼を知ることになったのはここ半年。
今思い返すと出会った瞬間から彼をなぜか信じていて、
私の友人のコンディションについて医者であり先輩としての意見を出会ったその日に聞いた記憶がある。

私は、ぶっちゃけて、彼をとってもとっても愛している★

でもその愛っていうのは・・・
惚れたとか、キスしたいとか、抱きしめてほしいとか、手をつなぎたいとか守ってほしいとか、
そういうのと、何か一線を画している。
そういうのと、違う形の愛。

わたしは彼のことをとっても愛しているけれど、
抱かれたいとか抱きたいとか
二人っきりになりたいとか思うような形ではない。
そういう色気づいた情愛を超越してる感覚。

というか二人っきりだろうと、地球の向こう側にいようと、フィジカル的に何があろうと
あまり関係がないような気がする。


わたしは彼をとっても愛していると思うけど、
それはいったい
兄妹みたいな(ってかこっちが姉だけどっ)ものなのか、
それとも、友人としての親友なのか、
一体この”愛”と信頼は何なのか私は決めあぐねている。

ただ、彼の存在がとっても心強くて、彼のおかげで自分は救われて、
そして何か本質的なものを共有している。


たぶん、全ての人間関係を超越した魂の繋がりというのが
実際にたぶんあるんだなぁ、と思わされた。


ソウルメイトとは、魂の世界には本当に存在していて(類魂と呼ばれる)
似ている魂同士は親友のような形で結ばれていて、自分の人生経験をシェアしたりして、
その類魂たち自体がひとつのユニットみたいな形で機能するらしいんだけど、
その説明が一番、しっくりくる。

つまり私は彼とひとつのユニットな感じなのだ。
私の考えることは彼の考えることであり、彼が考えることはわたしが考えること。
わたしの理想は彼の理想で、彼の理想はわたしの理想。
そしてお互いに補い合っている。
男女関係という形ではないのに、男と女がそれぞれできることで補い合う。
信頼には理由が全くなく、底がない。


たぶん、彼は、わたしの類魂なんだろう。


そして、類魂というのは、いくつもあるから、
他にもわたしたちにはソウルメイトがいるはず。


わたしがまた類魂であるだろう夫と結婚したら、
なんだかそれはみんなでBIG FAMILYみたいになるね
と話していた。

それは単なる”仲間”とか、
”友情”とかでくくることのできない強さを持っている気がする。


わたしたちのいつも覚醒している”意識”ではなく
もっとずっと大きな“無意識”、
もっと本質的な魂の基盤のところで繋がっている友達。


そういう人間関係。


恋ばっかりしてきた10代、20代前半を通過したわたしにとって、
恋を超越した男女の友情…
友情という言葉を超越した信頼…
まるで自分と相手の境目があるようでないような間柄は
下手したら恋愛と取り違えるものだろうで、
すっごく不思議でもある。


性別とか、国だとか、育った文化だとか、環境とか、そういうのは
やっぱり魂の結びつきにはまったくもって関係がないんだということも。



類魂というのが、本当に存在していて、類魂同士がこの地球上で生まれた後に出会う、
ってこともあるんだなぁ。と思わされている最近なのでした。



類魂というのは、何か目的を持って生まれ、お互い出会うはずだから、
やっぱりわたしたちが今考えてるこれからの目的を果たすために引き合っているはず・・・?!


これからもきっと出会うだろうソウルメイトたち。
そういった出会いたちがこの世界に貢献できることを、
今の政治や国の変化よりもずっとずっと信じていきたいところです。
なぜならこれはきっと、政治など目に見える世界ではなくて
目に見えない、目に見える世界なんかよりもずっと広い世界での繋がりなのだから。

おひさです

めっちゃおひさです★

近況は…

手が筋肉痛ッス。


 筆記試験でトータル300ページ書いたせい…。
 2か月(もしくはそれ以上)にわたる卒業試験の真っ最中です。

今年1月から本格的に準備はじめてすでに6カ月…
 ってゆーか1月じゃなくてもこの学年始まった瞬間から1年半すでに猛勉強…
ってなこと言ったらこの大学入って5年間、勉強しかしてない…。

そんな生活がもうすぐ終わろうとしています!!!!
WOW!

 つまりは筆記試験終わりました!!!!

 形だけの実技と面接が残るばかりで、 あとはどっちかといったら体力保持メインな感じです。
卒業試験が終わろうとしています。

 終わったら形だけだけどインターン研修医。。。。

まともな医者になるためにはまたこれから長い道のりですが

好きなことが少しだけできる!!!


今まで5年間ずっと耐えしのんで、それでも守ってきた夢に少しだけ近付くことができる!!!!!
というのはとってもでかいです!

 それから日本にも帰れる!!!
 ・・・こことのギャップに苦しみそうですが。

インドと日本は真逆なので、どっちもの真っただ中にいるというのはきついです。
旅行ならいいんだけど、インド現地人と同じ条件で生きてる私にはきつすぎでしょう。
ってかインド人の風習がフツーになってしまったので、
わたしは日本ではダメ最低人間すぎると思います。

 とりあえず今までネットつなげてなかったけど書いてた記事ではないつぶやきアップしてみますぜ!!!!誰かみてるのかしらん・・・・?さみしいわ。

日常という世界史

日常って、なんてすごいんだろう。


1年半前の試験勉強のとき、
クラスの子と一緒に
ライブラリーで勉強したことがあった。

インドの若者たちがそろって、
インドの伝統医学を 一緒に勉強している姿は、
 なんだかとっても美しくて
それは、
ずっととっておきたい一場面だった。

 きっと、何千年も前から、
インドの若者たちは 今と同じ形ではなくても、
 みんなで一緒に伝統医学を学んできた。

それって、なんだかとっても素晴らしくて美しいことなんじゃないのか。

そして、何よりもすごいこと。

 そんな、彼らの国の歴史を刻む美しい場面の中に、
わたしは仲間に入れてもらえていたのだ。

 彼ら自身の国の伝統医学を、
この国の若者たちと、
 わたしは共に、
同じ立場で学ばせてもらっている。

 彼らの国の人間に教える立場の先生は、
 わたしのことを外人というよりも、
彼らと同じ生徒として扱ってくれている。

 そして同じに彼らと比べて、私の勉強の出来を誉めてくれてもいる。



 ずっと、 外人コースなら無駄な苦労がなかったとか、
誰も外人として扱ってくれないとか、
すげー自分の苦労を苦しみに変えてたけど、

 よく考えたら、私がやってきたことって
 世界史的に素敵すぎることなんじゃないのか?

 インドという、
コンサバティブな国の中で
伝統医学というコンサバティブな文化を
 インド人の生徒と一緒に学ばせてもらっていて
 生徒と先生に仲間として受け入れてもらえて
 校長にも実力から認めてもらえていて
 協力してくれるドクターや先輩たちが
常に変わるけれど常に誰かしらがいる。

 これって、誰にもできることでは絶対ないことなんだ

インドという古い国で、
古い伝統医学を、
 この国の若者と共に、
 彼らとまったく同じ立場で学んでいる・・・!!
 今この状況じゃ分からなかったけど、
相当美しいことな気がする。
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