アーユルヴェーダの名医の先生に脈診で診てもらった。
なんで脈だけであんなに分かるの?何も言わなくてもすべて身体の症状をあてられた。

「今から3年か5年前に、トラウマになるようなことがありましたか?」

ずっと、分からなかったこと。
わたしは一体何故しょっちゅう発熱するのだろう。
一体私のトラウマは何?
何か物凄く深く傷ついた経験があるのかと聞かれたことはあったけど
それが何か思いつかなさすぎた。ずっとの間。
なぜ私は鬱っぽい状態が続くのだろう。発熱するのだろうか。
体質だと思ってた。

でも、今、
乗り越えたと思ってた。
彼が死んだこと。不登校。自傷。
とか、今となってはどうでもいいように感じることが
吹き出してきた。

アーユルヴェーダでは、アーマというものが蓄積すると病気になる。
それは消化しきれなかったものの存在という意味。

食べ物だけじゃなくって、たぶん、何か起きた悲しいこと、傷や怪我、
後悔、なども、アーマとなって蓄積されれば、きっと身体に出てくるのだろう
ストレスだって、アーマとして蓄積されれば、不眠症や鬱などの状態になって
あなたの環境と状況に警笛をならしてくれる。

涙を我慢すること、だってきっとそう。
だからホピ族のヒトたちは泣くんだって。

いっぱい我慢してきたこと。排泄しきれなかったもの。
納得できなかったもの。後悔していること。
発散しなかったストレス。心苦しかったもの。
泣けなかったこと。謝りきれない過ち。
心の消化がいかなかったもの。

とかは、きっと少しずつからだの中に蓄積されて、現れてゆくんだ。
こころを消化させること。感情の消化。
って、食べ物を消化するみたいにきっと大事、なんだろう。

そして、私はあのひとの死を3年経った今
たくさんの人とあれから付き合っていたものの
まだ消化しきれなかったことに最近気づいた。
そろそろ、許して、心の中で、手放して、あげなきゃ、
宿便みたくおなかのなかに溜まってしまうのかもね。

アーマは胃が消化しきれなかったものだけじゃない。
心が、皮膚が、目が、脳が、耳が。。。消化できなかったものでもあるはず。

瞬間に生きていこっかな。引きずらずに。
すべてのことに対応しきってその場で消化していって
明日の朝には残らないような、胃もたれにならないような
そんな軽いからだとこころを作りたい、かも

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情報のあるアーユルヴェーダへの理解と関わりは少しずつ増えてってる、かも。
シッダ医学との関わりは自分ではじめからつくるしかないんだろうけど、やりたい。