三聖病院に居て、思い出した映画が2つ。
1つはブータンの映画で、
「アメリカに行きたい」と言っている若者が、
自分の村から出るバス停まで行くだけでお話が終わる。
最後に「アメリカに行かずとも、この旅の過程がよかったなあ」みたいな感想とともに。
・・・っていうか、まだ始まってもいないぞ?バス停行っただけだぞ?
そんなうちに、映画は終わる。
もう1つはチベットの映画で、
「物を掴まずに、物を手でもっていられる方法があるよ。
わざわざ指を使って掴まなくても、
ひょい、と手の平に載せれば
物は自然とあなたの手の中にあるよ」
と、おじいさんが孫に教えていた。
うごかさなくても
つかまなくても
達成しなくても
在るがままが、映画になるほどの、物語。
1つはブータンの映画で、
「アメリカに行きたい」と言っている若者が、
自分の村から出るバス停まで行くだけでお話が終わる。
最後に「アメリカに行かずとも、この旅の過程がよかったなあ」みたいな感想とともに。
・・・っていうか、まだ始まってもいないぞ?バス停行っただけだぞ?
そんなうちに、映画は終わる。
もう1つはチベットの映画で、
「物を掴まずに、物を手でもっていられる方法があるよ。
わざわざ指を使って掴まなくても、
ひょい、と手の平に載せれば
物は自然とあなたの手の中にあるよ」
と、おじいさんが孫に教えていた。
うごかさなくても
つかまなくても
達成しなくても
在るがままが、映画になるほどの、物語。
