森田療法のすごいところは、その根本というのがそれなのだけど
症状とか悩みそのものが一気に消失してしまうところにあると思う。
だから、「良くなったか?」とか、「症状は改善されたか?」とかきかれると
答えに困る感じがしてくる。
その、問題自体が消滅してしまったので、「改善」とか「良くなる」という言葉がぴったりに感じないのだ。
いったい自分は最初何でここまで悩んでいたのか?
いったい何に悩んでいたのか?分からなくなってくる。
第一日目では、
「下痢っぽくなった、生理がなんだかおかしい、
体が痙攣した・・・・」
と数え切れず覚えていないほどの症状を訴えていたわたしは、
第一期療法の6日目にはほとんどそれはなくなり、
とにかくどうやって勉強に取り組むかのみを考えていた。
体に現れる症状も、気づいたら消滅していた。
2~3年続いていた微熱も、週1で計る検温によると
ずっと37.2度ぐらいだったのが、
36.7~8度を保つようになっていた。
第二期の起床後以降は、
ずっと体が疲れて、動けず、遠くに遊びに行くとそれだけで疲れて遊べず、
何するにも休んだり、人ごみの中など歩けなかったのに、
あの、体の疲れが、消えている。
小学生のころからの頻尿も、気づいたら、
トイレに行く回数が減っていた。これには驚いた。
「治る」というより「消える」
気づいたら、消えている。
というか私にはもともと、「過敏性腸症候群」や「倦怠感」など
存在していたのだろうか?
ただ、そのときに、下痢が続いたという偶然や
疲れが続いたという偶然が折重なっていただけだったのではないのか?
別にそれに病名をつける必要性はなかったのではないのか?
なんだか、分からなくなってきてしまうほどに、
すべてが、消滅してしまった。
ただ、眠れず。
三聖病院の日々のほとんどで朝の4時ごろに起きてそれ以降寝なかったり
まったく寝なかったり。
・・・でもどうでもよくなってきてしまった。
症状とか悩みそのものが一気に消失してしまうところにあると思う。
だから、「良くなったか?」とか、「症状は改善されたか?」とかきかれると
答えに困る感じがしてくる。
その、問題自体が消滅してしまったので、「改善」とか「良くなる」という言葉がぴったりに感じないのだ。
いったい自分は最初何でここまで悩んでいたのか?
いったい何に悩んでいたのか?分からなくなってくる。
第一日目では、
「下痢っぽくなった、生理がなんだかおかしい、
体が痙攣した・・・・」
と数え切れず覚えていないほどの症状を訴えていたわたしは、
第一期療法の6日目にはほとんどそれはなくなり、
とにかくどうやって勉強に取り組むかのみを考えていた。
体に現れる症状も、気づいたら消滅していた。
2~3年続いていた微熱も、週1で計る検温によると
ずっと37.2度ぐらいだったのが、
36.7~8度を保つようになっていた。
第二期の起床後以降は、
ずっと体が疲れて、動けず、遠くに遊びに行くとそれだけで疲れて遊べず、
何するにも休んだり、人ごみの中など歩けなかったのに、
あの、体の疲れが、消えている。
小学生のころからの頻尿も、気づいたら、
トイレに行く回数が減っていた。これには驚いた。
「治る」というより「消える」
気づいたら、消えている。
というか私にはもともと、「過敏性腸症候群」や「倦怠感」など
存在していたのだろうか?
ただ、そのときに、下痢が続いたという偶然や
疲れが続いたという偶然が折重なっていただけだったのではないのか?
別にそれに病名をつける必要性はなかったのではないのか?
なんだか、分からなくなってきてしまうほどに、
すべてが、消滅してしまった。
ただ、眠れず。
三聖病院の日々のほとんどで朝の4時ごろに起きてそれ以降寝なかったり
まったく寝なかったり。
・・・でもどうでもよくなってきてしまった。
