今話してて、
アダルトチルドレンって分かってよかったね、って言われた。

「非常に理解のある親ですね」
「良い両親ですね」

と言われ続け、
心の底では「?」と思いながらも、

「ありがたく思わないといけない」という”義理”を感じてきた。


やりたいようにやらせてもらっているのになぜか束縛されていた。


でも何でか、何がどういう風にだなんて、思い出せない。
すっかり記憶が抜ケテイル。
そこが、すっかり、判らない。


こういう枠の型にじぶんを当てはめると、確かに、
はっきりしなかった問題がはっきりしてきて、楽だ。


どうもいっこうに解決しないじぶんの問題は、
やはり家庭にあったのだ、
ということが、完全にはっきりしたのだから。


だけど、だからどうやって立ち直ればいいんだろう?
目の前のやるべきこともたくさんあるし、
自覚したのはいいケド、じゃあ、どうすればいいんだろう?


そーれーがーわかんなーい。

自由に、生きたい、
魂の追い求めることを、したい、

だけどわたしの肉体の側面はそれを否定している
自分がダメって言っている
学歴なきゃダメ
何か意味あることしてなきゃダメ
親に、誰かに、認めてもらわなきゃダメ

ああ、だからこそ、
こころの赴くままにうごいて
それがとっても認められていたアメリカでは
わたしは、楽だったのね。
すっごく、楽だったのね。

我慢しないで、認めてもらえる
両側面をカヴァーできていたのね。

心の思うままに、
誰にも認められなくて知られないような医学を学ぶような
おもむくままの側面と、

不完全な家庭で育った家庭に生まれた家庭で育ったために
認められないと生きていけないというそんな側面が、

相いれず、葛藤しているのでしょう。


じゃあ、どうしようっかなあ~。


ぴったり、合わさる方法ってないのかな。


最近みんなに言われること。
「自分を認める・愛すると、楽」
なぜか、いろんなひとに、いわれます。