バトルイマ
うわーん
ありがとう、バクホン!!!
ほんとうはこういう葛藤的な悩み話は
「先生」になる人が普通に載せてて、
それってアリなのかしら?
って思うんだけど、このブログはずっと10年以上
感じたこと 思ったこと をそのまま書き連ねているので
そのまんまでいきますよん。
医者であり先生である前に一人の人間である私なのだから。
THE BACKHORNは14年以上私のフェバリットバンドなのです。
彼らは私が音楽を通じるのならやっているだろうことをすべて体現してくれています。
この人生のなかで、このバンドの歌に何度励まされてきたか。何度初心を取り戻したか。
いちばんじぶんにもどりたいとき
わたしはいつも 彼らの歌を聴く
いちばん大切なものをとりもどしたいとき
わたしはいつも 彼らの歌を聴く
それがたとえその曲を聴く瞬間だけであっても
いつも なくしたうたは こころにある
まっすぐにいのちをみつめることを
彼らは知っている
「人気もんも嫌われもんもみんな仲良く壊れもんさ
おこりんぼう さみしんぼう あまえんぼう きかんぼうに あばれんぼう
いい善人 悪い善人 いい悪人 悪い悪人もみんな愛しきコワレモノさ」
こんな風に すっと見つめてくれるんだ
わたしの いま を
バトルイマ。
わたしは正直最近不安だった。
ここを出てそれからどうするのか。
頭の中でぼんやり描く人生地図はあるけれど
現実にそれが起きてくれるのかはわからない
それとともに迫る年齢。
この歳になって、貯金なし。すねかじり。
今のところ見当たりそうな仕事は…????
現金が見込める仕事(講師など)よりも本当は臨床をやりたいし。
インドの田舎で外国人1人で
命をかけて、
おしゃれもおいしいものも食べずに
学問に身を投じた
努力した 苦労した 命を削った
その苦労に見合う結果は訪れるのかなあとか
世界にだけでなくインドですら知られてない医学を。
アーユルヴェーダ大学に行ってれば
ホメオパシーに行ってれば…
世界に広まりつつある医学の最高の教育であることが確かな上に
探せば就職先だってあまたあるんだろうと思う
本当にこんなことを終えて
しかも、首席をとるぐらいに猛勉強をして
身を投じて、
収入はあるんだろうか。
結婚はできるんだろうか。
たまに想いを馳せる
私は、医学のフィールドに入らずとも、
フォトグラファーになってジャーナリストになってメディアの世界で活き活きとしてたんじゃないのかなあって
それか人類学者としてネイティブアメリカンたちと一緒に生きてたらそれなりに幸せなんじゃないのかなって
どんなに考えても私の位置は変わらないので
意味ないんだけれども
そんな風に思うのも
当たり前だと思う。
そんな風にほうけてしまう私に
バクホンは叱咤激励をくれるんだ
いつも。いつもいつも。
「たとえ小さく打ちのめされても
くたばりはできねえ
…
誰も教えちゃくれない
掴み取れ
…
魂に迫り来る闇の奴隷にはなるなよ」
「君はまだ知らない
それでも世界は素晴らしいことを
…
君はまだ知らない
いつかは飛べる日が来ることを
君はまだ知らない
たくさんの喜びが待っていることを」(サナギ)
私は
飛びたい
自分で見つけ出した
そして自分自身で掴み取った翼で
この世界に収まりたい
シッダ医学であることも
医者であるのを選んだのも
それが本質的な理由
わたしは
知りたい
この宇宙にある命の秘密を
整体界の天才の野口先生みたいに
シッダーたちみたいに
ブッダみたいに
キリストみたいに
わたしは
そこに届きたいから
生命と本当に向き合って語り合える道を見つけて
人類に道を示したい
先人の素晴らしい人たちが成し遂げたみたいに
もし 私が見つけられなくても大丈夫
シッダーたちがすでにそのメゾッドをすべて書き残してくれてるから
私は媒体になればいい
だけどその目的は
ひとびとが生命の大きな流れの中で
生命の力とともに生きていけるように
その流れから外れない道を
そういう道を
見つけること
収入や結婚や仕事の心配は当たり前。
「たとえ小さく打ちのめされても
くたばりはできねえ」
頭ではいっつも不安になってる
でもたぶんそんなことにはおかまいなしに
私の あゆみは 止まらないよ。
シッダドクターである以前に私は医者で
医者である以前に
私は人間として生きている
今まで必死の思いで得た土台を元手に、
一体それをどうやって見つけていくのか?
それは一体なんなのか。
私はいつか道を見つけるのだろうか?
「もっと大きく もっともっといこうぜ
探し続けようぜ
それが生きている証」(バトルイマ)
「世界のどこかで君を待っている人がいるんだ
…
one more time we celebrate
I found a place where I belong…
いつでも君の世界の見方の味方さ
続けておくれよ物語を…
…誰も知らないメロディを聴かせてよ」(シメントリー)
「どうかノーミスよりも濃密な人生を」
うん
これでいいんだ私。
このまんまでいいんだ。
就職 収入 結婚 雑音は心を乱すけど
でもわたしはわたしのいのちが求める道をゆく
「One more time we celebrate
We found a place where we belong
We are walking on this winding road...
Sing a song When rain drops
Everything is gonna be alright...
君のおかげで生きてる
だから
だんだん変わって少しずつだって最大限描けるよ」
うわーん
ありがとう、バクホン!!!
ほんとうはこういう葛藤的な悩み話は
「先生」になる人が普通に載せてて、
それってアリなのかしら?
って思うんだけど、このブログはずっと10年以上
感じたこと 思ったこと をそのまま書き連ねているので
そのまんまでいきますよん。
医者であり先生である前に一人の人間である私なのだから。
THE BACKHORNは14年以上私のフェバリットバンドなのです。
彼らは私が音楽を通じるのならやっているだろうことをすべて体現してくれています。
この人生のなかで、このバンドの歌に何度励まされてきたか。何度初心を取り戻したか。
いちばんじぶんにもどりたいとき
わたしはいつも 彼らの歌を聴く
いちばん大切なものをとりもどしたいとき
わたしはいつも 彼らの歌を聴く
それがたとえその曲を聴く瞬間だけであっても
いつも なくしたうたは こころにある
まっすぐにいのちをみつめることを
彼らは知っている
「人気もんも嫌われもんもみんな仲良く壊れもんさ
おこりんぼう さみしんぼう あまえんぼう きかんぼうに あばれんぼう
いい善人 悪い善人 いい悪人 悪い悪人もみんな愛しきコワレモノさ」
こんな風に すっと見つめてくれるんだ
わたしの いま を
バトルイマ。
わたしは正直最近不安だった。
ここを出てそれからどうするのか。
頭の中でぼんやり描く人生地図はあるけれど
現実にそれが起きてくれるのかはわからない
それとともに迫る年齢。
この歳になって、貯金なし。すねかじり。
今のところ見当たりそうな仕事は…????
現金が見込める仕事(講師など)よりも本当は臨床をやりたいし。
インドの田舎で外国人1人で
命をかけて、
おしゃれもおいしいものも食べずに
学問に身を投じた
努力した 苦労した 命を削った
その苦労に見合う結果は訪れるのかなあとか
世界にだけでなくインドですら知られてない医学を。
アーユルヴェーダ大学に行ってれば
ホメオパシーに行ってれば…
世界に広まりつつある医学の最高の教育であることが確かな上に
探せば就職先だってあまたあるんだろうと思う
本当にこんなことを終えて
しかも、首席をとるぐらいに猛勉強をして
身を投じて、
収入はあるんだろうか。
結婚はできるんだろうか。
たまに想いを馳せる
私は、医学のフィールドに入らずとも、
フォトグラファーになってジャーナリストになってメディアの世界で活き活きとしてたんじゃないのかなあって
それか人類学者としてネイティブアメリカンたちと一緒に生きてたらそれなりに幸せなんじゃないのかなって
どんなに考えても私の位置は変わらないので
意味ないんだけれども
そんな風に思うのも
当たり前だと思う。
そんな風にほうけてしまう私に
バクホンは叱咤激励をくれるんだ
いつも。いつもいつも。
「たとえ小さく打ちのめされても
くたばりはできねえ
…
誰も教えちゃくれない
掴み取れ
…
魂に迫り来る闇の奴隷にはなるなよ」
「君はまだ知らない
それでも世界は素晴らしいことを
…
君はまだ知らない
いつかは飛べる日が来ることを
君はまだ知らない
たくさんの喜びが待っていることを」(サナギ)
私は
飛びたい
自分で見つけ出した
そして自分自身で掴み取った翼で
この世界に収まりたい
シッダ医学であることも
医者であるのを選んだのも
それが本質的な理由
わたしは
知りたい
この宇宙にある命の秘密を
整体界の天才の野口先生みたいに
シッダーたちみたいに
ブッダみたいに
キリストみたいに
わたしは
そこに届きたいから
生命と本当に向き合って語り合える道を見つけて
人類に道を示したい
先人の素晴らしい人たちが成し遂げたみたいに
もし 私が見つけられなくても大丈夫
シッダーたちがすでにそのメゾッドをすべて書き残してくれてるから
私は媒体になればいい
だけどその目的は
ひとびとが生命の大きな流れの中で
生命の力とともに生きていけるように
その流れから外れない道を
そういう道を
見つけること
収入や結婚や仕事の心配は当たり前。
「たとえ小さく打ちのめされても
くたばりはできねえ」
頭ではいっつも不安になってる
でもたぶんそんなことにはおかまいなしに
私の あゆみは 止まらないよ。
シッダドクターである以前に私は医者で
医者である以前に
私は人間として生きている
今まで必死の思いで得た土台を元手に、
一体それをどうやって見つけていくのか?
それは一体なんなのか。
私はいつか道を見つけるのだろうか?
「もっと大きく もっともっといこうぜ
探し続けようぜ
それが生きている証」(バトルイマ)
「世界のどこかで君を待っている人がいるんだ
…
one more time we celebrate
I found a place where I belong…
いつでも君の世界の見方の味方さ
続けておくれよ物語を…
…誰も知らないメロディを聴かせてよ」(シメントリー)
「どうかノーミスよりも濃密な人生を」
うん
これでいいんだ私。
このまんまでいいんだ。
就職 収入 結婚 雑音は心を乱すけど
でもわたしはわたしのいのちが求める道をゆく
「One more time we celebrate
We found a place where we belong
We are walking on this winding road...
Sing a song When rain drops
Everything is gonna be alright...
君のおかげで生きてる
だから
だんだん変わって少しずつだって最大限描けるよ」
