旅をする木

生きるという旅をすることは、人と人という繋がりの橋を渡り続けること。 そしてたまに眠りもう会わない人の夢をみて休むの。 伝統医学を 西洋科学のメゾッドで ひとびとに ケララ州トリバンドラムの小さな田舎に7年住み、 南インド伝統医学、外国人女性初のシッダドクター(首席卒業) ブラウン大学公衆衛生大学院修士、 ワシントン大学疫学博士課程在学中・国際臨床研究センターにてPhylogeneticsによるHIV・コロナウイルス感染予防の研究助手 2019−2020年 WHO・インド伝統医学標準化のための国際会議にてのシッダ医学グループのWHO指定報告者(書記)担当 このブログは15年ぐらい前から続けてる日記みたいなもので いわば個人記録みたいなものです。わたしが忘れないための。 三聖病院での森田療法体験記、 彼が死んだときに旅をした話 アメリカのときの話 インドの話 シッダの話 ブラウンでの話 アメリカやインドの生き方 ほかにもいろいろと ずっと書いてます。 きてくれて、ありがとう。

インド大学生活

テレビ局トラブル

はぁ~ ケララで有名なテレビに出ることになった。
というのは先週書いた。

そして、そのために、オフィサーとか校長とかに呼び出され、
インタビューの原稿を書いたりなんとかして、
「明日撮影だからね!」と言われて準備したら(ちょっとお洒落とか?)
それが「やっぱ明後日みたい」ってのが2回続いた。

もう超無駄なエネルギー消耗したー。



そして今日。
もうなんか最近体調がダメダメな私は、疲れすぎてて休みが必要なので
朝先生が来る前に出席のサインしにいって、休もうと決めて、用事を済ませた後
私は家に戻っていた・・・ら・・・

「ちょっとあんたどこにいるの!?テレビ局来たんだけど!!!!!」

と電話がかかってきたというお約束の展開が!!!!!

今日来るなんて知るかよ!!誰も知らなかったよ!!!
しかも、今日はめちゃくそ疲れて死にそうだから、休もうと思ってたのに、
病院にいることすら無理なのに、インタビューに出るなんて超無理だよ!!!


そしてソッコーでしかたないので病院行ったら、
「お前、出席のサインだけして病院にいないなんてどういうことだ!!!」
ってソッコーで怒鳴られた。

めっちゃ怒られたし、
しかも、出席のサインだけして逃げたということが、校長とか、すべての先生に知れ渡った…。

私に怒ってきた先生は私よりも年下だし~、なんか嫌いな人なので(涙)
私も素で反抗して、それがさらに彼を苛立たせ、「どういうことだよ!」と無駄に怒られる。
「先生の電話番号知らないから連絡もできませんでしたけど」って言ってみると
インド人お約束の「That is not my problem」って返ってくるし、
出席のサインをわざわざ消して、(しかも私が贈呈した修正テープで)「欠席」にされたし!!!


もともと疲れて、孤独に耐えられなく、気持ちも沈んでるのに、マジ何なの~
泣きそう。


しかもその上撮影???

もう超逃げたい。
早く家で寝たいのに、何時に帰れるかわかんないじゃん!!!!サイアク!!






と思ってたら、







「あ、なんか撮影、シッダ医学じゃなくてアーユルヴェーダについてで、
別に君のインタビューとか要らないみたい」





だとさ。




なんか、学校側は、シッダ医学特集だと思い込んでいたけれど
テレビ局は、今はカルカダカ月(パンチャカルマなどの病気予防・アンチエイジングをやると良い月)なので
それの特集をしたかったそうです。

急きょ私じゃなくてスタイルのいい女子がシロダーラの撮影の犠牲になり、

製薬ユニットの友人は、「俺だって今日1日かけて色々準備したのに、
やつらは”そんなの要らん!”って言って
”カルカダカガンニ(この月に毎日摂取するとパンチャカルマに相当する薬用粥)はどこだ!
なんでお前準備してないんだ!バカ者!早く準備しろ!”とかボロクソ怒られてサイテーだよ!!!」
って愚痴ってるし。




はぁ。

超~インドだった今日。
そういえばインドってこんなんだよね。
もう超疲れたー




って!!!!!!
まだ続きが!!!!!!!!!!



実は、パンチャカルマについてのテレビ撮影は一部で、
テレビ局は病院とかも撮影したいらしく、シッダも撮影したいらしく・・・・



今、先生に「明日キツイんで休みます」って電話したら

「明日は君のインタビューだよ~~~!!!!!どうするの??!」


って言われた・・・・



何なのもうコレ!!!!!

インターン4日目

1日目は手続きとかで手こずって、2日目はクラスメイトの結婚式だったので
実質上2日目。

いちおう情報としても書いておきますが、
インターンは365日間をきっかり終わらせないといけません。
その間休みをとったらその分延長です。トータル365日。
そのうちの7か月(6か月?)は自分の大学病院、
2か月は田舎の診療所の勤務、
1か月は西洋医学病院(産婦人科)
1か月・1か月で政府病院の勤務です。

うちの病院は全然患者もこないし、ドクターは授業と診療を掛け持ちしているので病院にいないことも多く
インターン生は放ったらかしの場合が多いです。。。
みんなどっかに行ってて、時間になったら戻ってくるのですが、「どこ行ってたの?」って聞くと
「寝てたー」とかいってる子もいっぱいいます・・・。
何なのコレー超意味ないー

でも、逆にいえば、

めっちゃ自由

ってことです。

私はこれを察していたため、日本から超大量の医学書(最先端技術医学系)を持参してきました。
あとタミル語とマレアラム語も勉強したいしー!!!

今日は堂々とパソコンを持ち込んで、プレゼンとか作ってました。




もし自分がやりたければ、入院患者さんと話し込みまくることも可能です。



次の記事にかきまーす。

恋愛結婚式

今日はなんと、恋愛結婚のクラスメイトの結婚式に行ってきました。
親が選んだ人と無理やり結婚するのがふつうのこの世界では
恋愛結婚なんて憧れ中の憧れです。
恋愛で、しかも、親も了解して、さらに、グルもOKしたという
なんとも恵まれた結婚でした。
羨ましいー!!


私的に一番羨ましいのは、
「愛は永遠★」と信じてる、恋愛結婚のカップルですが(笑)
いろいろ経験しすぎた私には無理な芸当です。
ゲーテも「愛も命もいつか終わる」って言ってるし。

正直、クラスメイトが結婚していく中、みんな親に決められて無理やり結婚するわけなので、
「おめでとう」って素直に言っていいのかいけないのかよくわからないんだけど・・・
でもこの結婚は、まっすぐに「おめでとう!!幸せにね!」って言える、すごーく羨ましい結婚。

いいなあ、恵まれてるなあ★羨ましいなあ★
素敵だなあ。

そして、生演奏の音楽(太鼓、サックス)とプージャの素敵な結婚式は
今までみてきたインドの結婚式でベストだったかも。
大理石の美しいホールで行われたしね。




友人たちは、「なんでパエサム(お祝い時に出る、ミルクと砂糖で米や炭水化物を煮た甘いもの)がないわけ!?」ってキレてたけど。

ふぅー。

みんなだんだん卒業が近づくたびに結婚していってくなあ、インドは。

なんか見つけた去年書いてあった記事

あげておきます。
色んな意味で参考になるかなと思うしね。

去年はこんな苦しかったなぁ・・・
日本にいるなんて考えもしなかっただろうな・・・
***



こんな状況で勉強している。
(どんなってもう言葉にすることもできないほどの酷い、
理想の正反対の勉強環境である大学…)

学校苦手で不登校で中退までしたのに!!!!!!

5年間も、まるで中学か小学校みたいなところに
5歳年下の子供たちと通うことに…

しかも規律とか(?)むちゃ厳しくて
自由を愛する私の正反対の環境。
校長をちょっと悪く言ったらそれが大問題になって処分されそうになったところだったこともある。
クラスの子が男の子とダンスしたらそれも大学中の大問題になって授業つぶれた。


そんな中でなりふり構わず勉強しないといけない。


しかもその勉強も今までやってたのと正反対。
文系なのに理系やらされた。
今でも覚えてる。
「pituitaryって何ですか?」「secretory glandだよ」
secretery って何。
glandって何。

まずは単語を一語一語知って…
さらには日本語で一番簡単な生理学の本とか色々読んで・・
それでも 全然分からんから
分かるようになるまで繰り返して… だった1年目。

そして1年目で習うタミル語は、東大博士課程在学中タミル語専門家に
「東大の学部でタミル語4年やって、
さらに院で専門でタミル語1年目修了したときのレベルだね」
とコメントをいただいたことがあるほどに厳しかった…

6科目医学科目にプラスしてそんなレベルのタミル語無理です。
っていうかその前に、タミル語をマレアラム語で教えてる時点で
私着いてけないの当然ですよね。

なので一生懸命私はタミル語の詩を覚えられるだけ暗記して
それを試験に書いて通していただきましたw
でも、ティルックラルとか覚えたし、
詩かなり暗記したので一応勉強して通ったんですよね。

丸暗記大嫌いな私はアメリカで自由に表現できる勉強をしていたのに!
なぜ、丸暗記オンリーの世界。
理系嫌いな私はアメリカで理系科目を避けていたのに!!!!
1年目理系オンリーでした・・・
しかも理系だけじゃダメで、哲学的感性も必要な訳で・・・


科目だけできついのに、それに比例してくれないひどすぎる勉強環境。
先生が教えてくれない。
自分で教科書読んで…って大学行く必要ないじゃん!!!


2年目も、「petioleって何?」
みたいだった、1文がまるまる謎の暗号だった植物学。
そしてタミル語で授業をする先生しかいなかった2年目。

まじで、独学で勉強したようなもんですね。本当に。
先輩がつくった英語のノートがあったからよかったものの、
なかったらタミル語の教科書100%で翻訳本なくて
授業もタミル語・・・・

ありえなかった。

さらに言えば、

6カ月ぐらい病気で授業出れなかったし
その上奨学金止められそうになったし
男は私を棄てるし
猫死んじゃったし

・・・・もー よく生き延びたよな・・・マジで。

ホメオパシー(の先生)と劇的な出逢いをして、
ホメオとホメオの先生のおかげで復帰。

見えない力に救われまくった日々。


助けてくれる先生の有難さをすごく感じつつ、
最初はムスッとしてた先生も、「君は本当に優秀だ!」と最後にはいっぱいサポートしてくれて、
どんな状況でも、真っすぐ目的に向かえば、それだけを見つければ、必ず道は開けるのだと教えられた第二学年目。



そんなんでも学年2番とれたからすごいよな…
自分で言うけどほんと私の努力と忍耐レベルって
すごすぎると思う…。


でもそれ以上にわたしを支えている見えない力の強さってすさまじいと思う。


家も私のために建ったし。
ホメオの先生は師匠みたいに思える存在となり、
周りの偏見に惑わされないスタンス、本物を信じるスタンス、
医者としての心得など、大学で教わらないけど非常に大切なことを教わりました。


見えない力のおかげです!!!



そしてこの最終学年。

ファイナルです。

一番の敵は自分とよく言ったもんです。
色んな、残虐な環境に慣れたあとは、自分が敵。
ぐうたら、なまけたい、こいつ嫌い、エゴがいっぱい出てきた気がする。


友達もいなくて、
先生も助けてくれなくて、
一言で言うなら、孤独と戦う日々でした。




とりあえずいえるのは


早い話が、
ふつうなら必要ない苦労いっぱいしたと思います。


今でも苦労してるけど、でも周りの、お金や家族に関する苦労話とかきくと
自分はなんて恵まれてるんだろうなと思う。
特に、インド人の女に産まれなかった私はなんて幸せなんだと
やっぱりクラスメイトが次々に結婚させられていくのをみると思ってしまう。


アメリカの大学に行って、苦労して恥かいて成長したい!
と思った19歳のときがとってもかわいらしく感じられます…

・・・アメリカなんて、
日本とほぼ同じじゃん!!!!!
(ってかアメリカのほうが日本よりいいじゃん!!!!笑)
アメリカではなぜか英語にもスペイン語にも困らなかった私は
今、言語に苦労してます。
アメリカの大学なんてほんと朝飯前だな…。

同じ人間なのにこんなにも違うんですね。
人類学やってた私としては、人類に共通するものを見つけたかったけど
ないんじゃねえの?って思えてくるほどに違うんだな、と思わされる日々でした。
アフリカとかサウジアラビアとかもっとすごい差らしいんで、何も言えませんが。


もう、何もかもたぶんそんな難しくない気がする…。
何が起きてもやっていける気がする。
どんな困難があっても、インド人みたくあんまり気にしないでやっていけるし

どんな難しい科目でも、独学で学ぶ方法を
アメリカとインドの両方で身に付けたから、
これから先どんな厳しいリサーチでもできると思うな…
学者様がたにかいかぶりとか言われてもホントにそうだと思うもん。
そしてどんな状況でも勉強できるぞ。環境関係ないね。
自分の身さえあれば学べるのさっ。


だから、わたしがもってる夢とかも、
みんなが「不可能」って思ったとしても、
わたしは、どんな困難でも忍耐強く耐えれば、必ず自分の番はまわってくることを
ここで学んだので、絶対にあきらめないと思います。


そして、
それらを助けてくれた全ての見えない力。
この5年間、見えない力の支えなしには…
奇跡と偶然の重なりなしでは、
どうやってもこの大学のコースを全うすることは絶対に不可能でした。
だからこそきっとここに運の強い私が招かれたのだと思います。
わたしを絶対に見捨てず、常に24時間365日助け続けてくれた
見えない力への確信はゆるぎないものになり、
これからも見えない力の支えを見える力に変換して生きていこうと思います。


こういうのを基盤にしてこれから生きたいぞ!!!


とりあえず、こんな酷い世界で、ほんとに価値あるのかも分からないまま
5年間もしがみついていたけれど、
そしてこの大学で苦しまされたせいで


自分の寿命は5年縮んだ気がするんですが…


とりあえずこれが私の20代におけるベストの選択だったと、
たぶん言えると思います。

22歳で決断したときの情熱っていうのは、今でも変わらず私の胸の奥底に変わらずある。
そして、そのとき信じたものは、現実にこの医学を学んだ後、変わらずに大切。


とりあえず、医者という、世界でどう考えてもこれ以上最高の職業はないという職業に、
インド国内だけですが、なれるというのは本当に幸せです!!!

人がスムースに生きることを助けることができる。
健康を助けることができる。
他人の命のために、
めっちゃ努力して、めっちゃ勉強して、睡眠時間も削って、食事もろくにとらず、
何もかも捧げる…素晴らしすぎます。


何より医者のすごいところは、
すべての知識は、他人を助けるためにある、
知識を重ねるのが目的じゃなくて実践が目的!
実力で頑張らないといけない!
人を助けるために何もかも捧げる!!

神父や僧侶は、話したり祈ってるだけですが…

(だけ、とか言ったら怒られるけど
ってゆーか私的に僧侶とか宗教の時代って終わったと思う…これからは宗教のない時代になると思う。
宗教=私たちと化して境目がなくなるの。)

我々医者は現実的に人の病を治すことから、
霊性をプロモートできるんです!!!

素晴らしい。


私の何かで、誰かが助かる。
それを考えると、どんな苦労や犠牲もどうでもよくなってしまいます。

私にとって、誰かを助けることほどの歓びはこの世に存在しません。
そのための5年間だったし、それを考えると5年なんてちょろすぎて足りないぐらいです。
実際に足りないです…。医学は永遠に続きます。


長いですね話。


早い話が、

”この5年間、かなり厳しい環境で生き抜いて、そのおかげで自分は鍛えられたし、
強くなったし、見えない力を信じるようになった。
めちゃくちゃつらかったし孤独な闘いであったけど、
つらい中でしか得られないものが確かにあって、
そんなことを世界で唯一、
外人として私のみが今現在持つことのできて一生使える”知識”と”資格”と共に学べた!
ラッキーじゃん。

でもそんな苦労も、生活苦にあえぐ貧しい人たちの苦しみと比べると
取るに足りないものであるし、
この世界の誰かの役に立つことがほんの少しでもできるなら、
苦労や犠牲など全く大したことではなかった。

そして日本で一生懸命生きているみなさんの苦労と私の苦労に大して差はないし
さらに言えば世界の偉人・賢人の苦労なんかに比べたらそれらの一滴にも及んでない”


ということでした。





***

1年生の時はタミル語のハンデがあり4位。
2年生のときは図を書きそびれて2位。
でも、卒業試験は首席。

こんな状況でこれだけの成果を出したのは、そうとう頑張ったんだろうけど
それ以上にやっぱり、見えない力のサポートがあってのことだったと思う。

家建ったりとか、普通ないだろうし。
道で偶然ホメオパシーの先生に出会っていきなし劇的回復とかもあんまないし。

共時性と見えない力、
シッダーたち★
に支えられたと思う。

ぶっちゃけ、首席になったのもたぶん、
私がヴィパサナ瞑想センターで瞑想して一生懸命祈った結果だと思う。
まあ、私が首席になるのは、どの先生も、どの生徒も納得するぐらい、
努力家だったってこともあるだろうけど。


見えない力ともっともっと、共に生きられるようになるといいな。

卒業試験サバイバル記~1~

卒業試験ということもあり、実技(臨床)試験で求められていることは、
「実際に患者を診察して診断して薬を出す」
という内容。

しかも、それ全部をやりながらペーパーに書いて与えられてるのは1時間!!!
マジで厳しい。。。

そして私の最大のネックは、言語。
マレアラム語がつたない私は、一人でこれをこなすのは、ちょっと厳しい。



外科の先生は、試験前に私を呼び出して言いました。

「なるべく、英語話す患者があたるようにするけど、ダメな場合は通訳してくれる生徒用意するから。
でも、通訳となると時間がその分かかるから、試験前にうちの大学入院してる患者になるべく接して、
どの患者がどんなケースかっていうのを把握しておくこと」
とガイダンスをくれました。

な、なるほど~!!

周りが言ってた、「試験前に患者のケースをとる」ってこのことか。


ここで私には問題があります。

外科の先生はこういってくれたけど、他の科目はどうなんだろう?

とりあえずSIRAPPU(Special Medicine)に於いては、講師の先生がヘルプしてくれると言ってくれました。
婦人科の先生も助けてくれるはず。

でも、不安なのが、内科。
講師の先生もぼんやりしてるし、内科の先生はまったくもって生徒に興味がない。

なので、直談判しにいくしかない。

先生がひとりになったすきを見計らって、直談判。

「私マレアラム語自信ないので、試験は英語話せる患者か、それがダメなら通訳つけてください」


先生は「分かった、分かった。」とにこにこしながら言った。

「通訳は、インターンじゃなくて、生徒の誰かを用意するよ。
大丈夫、私がすべて責任とるから、心配しなくて大丈夫だよ」


という。




その後、私は2~3回先生に念をおしにいって、
そのたびに先生は「大丈夫、私が責任とって全部ケアするから」と言っていた。














そして、内科試験当日。
私の予測通り



英語話せる患者を用意してもらえず、
通訳もいなかった。





という事態が発生しました。



時間ない私は先生に「早く誰か英語とマレアラム語話せる人呼んで!!!」と叫び患者のもとへ走り、
つたないマレアラム語でできる限りのケースシートの項目を埋め始め、その約数分後、
先輩にあたるインターン生がやってきて、
「この患者はThandaga Vathamのケースだからね!」と自ら患者のケースを説明してくれたり、血圧測ってくれたり、「それ違うよっ」って教えてくれたり、「薬は○○と●●ねこの場合!」とこと細やかに助けてくれました(笑)

インターン生だとこうなるから、生徒を準備するつってたくせに・・・。

けがの功名ってやつかしら・・・

と思いつつもなんとかかんとか内科の試験を切り抜けた(涙)私でした。
(でも、面接試験で超バカな答え連発した私でした涙))
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